神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 19

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クマの村編

19 ヤジス

(災害について想起させる表現があります。ご注意ください)


 持つべきは、すごい美人の、守護天使。
 思わず一句できてしまった。
 したたるような青い瞳に、くるくる弾む金の巻き毛。彼女は全身のどこをとっても、ふんわり優しい曲線だけでできている。
 レイニーの美貌は罪深い。
 そのことを、我々は改めて認識した。そして、思いっ切りニヤついている。
「えー、なんなの? あの隊長さん、そんなモテないの?」
「隊長は、何も悪くない……! ただ、運が悪くてらっしゃるだけだ……」
 十人ほどの騎士たちは、一様に苦悶の表情を浮かべて自分たちの上司をそう評した。
 最初、騎士たちは我々三人にかなり敵意を持っていた。しかし、急激に軟化した。
 騎士の隊長であるセルジオ・カプランが、レイニーを悩ましく熱っぽい目で見詰めることに気付いたからだ。
 セルジオが心配になるくらいチョロいのか、レイニーのポテンシャルが高すぎるのかは解らない。しかしこのことで、私たちには余裕が生まれた。
 ちょっといかついが有能で人望もある騎士隊長が、美人の前ではポンコツになるのだ。我々がニヤニヤするのも仕方ないと思うの。
 セルジオは今、被害状況の視察と称して村の中を散策をしている。その隣を歩くのはレイニーだ。なんでわたくしがとしぶるのを、いいから行けと強引に送り出した。
 だって、おもしろそうだったから。
 このことによって、騎士たちには感謝された。そして態度がさらに軟化した。今は一緒に物陰に隠れて、二人の様子を見守るほどの距離感である。
 いいのかよ。仕事とか。
 しかし、隠れているのは我々だけではなかった。ニヤつく私のすぐ近くには、もっさりとした大きな体を丸っこく屈めた集団がいる。
「あん騎士様はよォ、人族にしちゃあいい男だ」
「そうだな。オレらが無事でよかったってよ。そんなん言う貴族なんざ、いやしねェ」
「うまく行くといいなァ」
 ひそひそと心配そうにささやき合うのは、ベーア族の村人たちだ。
 クマが言うのを騎士たちが聞き付け、解ってくれるか! とばかりに激しくうなずく。種族を越えて、すごく響き合っている。
 セルジオを気に掛けるのはベーア族の中でも、あの夜に村から逃げた人たちだ。彼らはそのたくましい足で、人族の領主が治めるローバストの街へと駆け込んだ。
 激しい雨の降るあの夜の中、着の身着のまま村から逃げて故郷がどうなっているかも解らない。しかも、逃げ込んだのは人族の街だ。それはきっと、心細かっただろうと思う。
 そんな時、種族が違うと軽くあしらうこともなくきっちり話を聞いたのがあの騎士隊長だったそうだ。不安でいっぱいのクマたちに、セルジオの誠実さはしみただろう。
 同時に、ローバストの街に取ってはこれがことの起こりとなった。
 逃げ込んできたベーア族の訴えを聞き、城主の城は騒然とした。
 夜よりも黒いその姿から、闇の使いとも称される巨大な怪物。ぶよぶよと取り留めのないあの生き物を、この世界の人たちはフィンスターニスと呼んで恐れる。
 その存在は、厄災に近い。
 もたらされた情報が事実なら、及ぶ被害は甚大だ。フィンスターニスの足は遅いが、ベーア族の村の次には人族に被害が出るだろう。
 この怪物を倒すには、騎士が百人必要になる。城ではすぐに、騎士部隊の派遣を決めた。
 一刻を争いあわただしく出撃の準備を整える間に、急ぎ走らせた偵察兵から続報が入る。
 いわく、フィンスターニスはすでに討伐されている。村には巨大な死骸が確認できて、情報が誤りだった訳ではない。訳が解らない。
 若干のパニックを感じさせる偵察兵の報告に、城主の城は別の意味で騒ぎになった。
 詳しく聞けば、討伐に当たったのは三人の冒険者パーティだと言う。これに、そんなはずはない。と、ガチギレしたのはローバストを守る騎士団長だ。
 騎士が百人で討伐に当たるものを、冒険者ごときになにができる。必ずなにか、裏があるのだ。不正を暴くのも、正道を行く騎士の務め。
 みたいな感じで義憤に燃えて、セルジオとその配下十名をヴィエル村に送り込んだ。
 だから、まあ。あれかね。騎士の面目みたいなものを潰しちゃったのかね、我々は。
 そう考えると、ジャンニが嘘だと騒いで荒れていたのも解らなくはない。あの態度はないけどな。武器も持ってない相手に剣抜こうすんのはダメだと、レイニー様の威光を借りて軽く腹パンとかしちゃうよね。
 ローバストにいた村人たちは、このヴィエル村に向かう騎士たちと一緒に帰った。ベーア族は巨体に似合わず俊足で、謎馬を駆る騎士に付いて全員で走って戻ったと言う。
 強靭って、こう言うことだよね。クマとケンカするのだけは避けようと思う。
 この村へきたばかりの騎士たちは、ものすごく感じが悪かった。それは多分、彼らが我々を信用ならないものと見ていたからだろう。
 場合によっては尋問し、ペテンを暴くつもりだったかも知れない。今こんなにのんびりしていられるのは、騎士たちが隊長の恋を応援するのに全力をそそいでいるからだ。
 いやほんと、レイニー美人でありがとう。
 このまま逃げ切るまでがんばって欲しい。
 物陰に身を隠しつつ、接待デート中のうちのビジュアル担当に感謝の念をそっと送った。
「それで、どうなの? 手くらいはにぎったの?」
 たもっちゃんが私の服を引っ張りながら、わくわくした顔で聞いてくる。見りゃ解んだろと思ったが、そう言えばこの男はメガネをなくしたままだった。
 見えてないのか。不便だなあ。
「なんかさー、全然ダメ。隊長さんガチガチだし、隣歩くのもすごい距離開いてる」
 たまにぽつぽつ話しているのは見られるが、声が聞こえなくても確信が持てる。絶対に大したことは話していない。
 たもっちゃんのわくわくに首を振って答えると、周囲にいるおっさんたちも口々に残念な感想を述べた。
「話もよォ、地面の穴ぼこがどうのとか色気のない話ばっかしてっしよ」
「あん怪物が水吸ってでっかくなるとかよォ、興味ねェだろ。あのネーちゃん」
「えっ、話聞こえる?」
 騎士であるセルジオに尾行を気付かれないように、私たちは結構離れた上で隠れている。
 どうがんばっても私には二人の声なんて聞こえないが、クマたちは余裕で聞こえると得意げに丸い耳をぴこぴこさせた。クマめ。かわいい。おっさんなのに。
 そしてやっぱり、恋愛的に大したことは話してなかった。
「隊長は……純情でらっしゃるのだ。手を握るなどと破廉恥な事は……無理だ」
「臆病になるのも仕方あるまい……冬の時代が長過ぎた」
「よォ、元気出しなよ。いいお人なのは知ってっからよ。解ってくれる女もいるさね」
 うな垂れる騎士たちの背中を、クマの大きなもふもふした手がそっと叩いた。
 なんなんだ、この空間は。
「おばちゃん」
 クマのおっさんになぐさめられる騎士たちを見ていると、背中をもふもふとつつかれた。振り返ると、私の半分くらいしかない小さなクマがそこにいる。
 小グマは、小さな両手に青いボールを持っていた。しかしそれはボールにしてはゴツゴツしていて硬そうで、三角のツノが全体にいくつも付いている。
「あげる。あのね」
 こげ茶色の小さなクマはボールを私に押し付けて、もじもじとうつむいた。自分の両手をぎゅうぎゅうとにぎりしめ、恥ずかしがっているようだ。
 その背中を、とんとんと叩く者がいる。ティモだ。それで勇気が出たのだろうか。小グマは再び顔を上げて言った。
「おばちゃん、たすけてくれてありがと」
 私は、戸惑った。
 なんだ、このかわいさは。ボールをもらう時、軽く触った肉球がすごくやわらかかったのは心の宝箱にしまっておこう。
 聞けば、この子はティモの弟だそうだ。もしかすると、あの夜に瓦礫の下にいた子かも知れない。なら、守っていたのは父親だろうか。
「お父さんは? ケガとかしてない?」
「元気だよ。すぐに家直すつってよ、今は木ィ切りに行ってんだ」
 答えるティモの手からもう一つの青いボールを受け取って、子グマがたもっちゃんにも同じように礼を言って渡した。
「俺にもくれるの? ありがとうね。で、これって何なの?」
「ヤジス。おいしいよ」
「え、待って。虫なの? これ」
 おどろいた。ヤジスなのか。虫って言うから、もっとエグい見た目かと。真っ青なのは違和感があるが、外殻の感じは虫って言うよりちょっと変わった甲殻類みたいだ。
「これなら私、全然いけるわ」
 虫と言う事実は忘れよう。やったぜとよろこんでいると、周囲の騎士たちが引いていた。
 虫を好むのは獣族の文化で、そこは特に人族と相容れない部分だそうだ。つまり普通の人族は、虫は食べない。
 薄々とだが、そんな気はしてた。

つづく