神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 129

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罰則ノルマとリクルート編

129 お前もか
(※水難事故と遺体についての描写があります。ご注意下さい。)

 二つ目の罰則ノルマをどうにか終えて、たまたまお仕事しただけなのに遺族たちからなんかすごい過分に感謝され、そんなありがたがられると逆にごめんみたいな気持ちになってから数日が経った。
 朝と言うには時間が遅いが、お昼と呼ぶにはまだ早い。そんな時刻のことだった。
 その日、街の人からカニの家と呼ばれているらしい孤児院の、元倉庫の扉が叩かれた。
 扉を開くとそこにいたのは、まだ子供らしさをおもかげに残す少女だ。
 その明るい鶸色の瞳は、不安そうに揺れていた。けれども彼女はそれに押し潰されないように、必死な様子で思い切るように言う。
「ここで働かせてください!」
 はっとして、たもっちゃんが呟く。
「何か俺、前にこう言うの見た事あるわ」
「じゃあ私、湯屋のごうつくババアの役やるね」
 そのアニメなら私も知ってる。
 うっかりブラック企業に迷い込んだ少女から名前を奪って働かせよう。
 今日からお前の名前は馬車馬メイド二号だよ! などと私が言う前に、間に入ったのはユーディットだった。
「働く気があるのなら、歓迎しましょう。ですが、事情くらいは聞かせてくれるのでしょうね? 家出人を雇う事はできませんもの」
 そうか、それが正しい雇用主のリアクションなのか。
 確かに少女をよく見ると、家出を疑うのも当然だった。
 首の後ろで一つにまとめた赤橙のくせっ毛や、そばかすの散ったふんわりと丸い顔。愛嬌のある容姿に反してその表情にはどこかよる辺ないような、息の詰まるような心細さを感じさせるなにかがあった。
 しかも、とにかくなにもかも詰め込んだみたいな使い込んだ布の袋を背負った姿だ。
 なるほどなーと思いながら、私は大事なことに気が付いた。
 少女の隣にはもう一人、もっと小さな人影があるのだ。
 うちの年長組であるハインやエルンより幼く見えるが、幼児と言うほど小さくはない。
 それは幼い少年だった。
 風呂敷っぽく包んだ荷物を小さくちょこんと斜めに背負い、胸の前で結び合わせた布の部分をぎゅうぎゅうとにぎりしめている。
「キミはどうしたの?」
 少年の前に屈んで問うと、彼は緊張した顔で答えた。
「ぼくをここにおいてほしいっす!」
 私の心にはお前もかと言うような気持ちと、その話しかたは完全に隠密関係の人だよねと言うのが同時にいっぺんに押しよせてきた。

 聞けば、家出のような風体で孤児院を訪ねてきた少女、赤橙のくせっ毛に鶸色の瞳を持った彼女は先日我々が引き上げた貨物船の関係者だった。
「ルーと言います。父さんが船に乗っていたんです。事故があっても、信じられなくて。いつか帰ってくるんじゃないかって。それで、今までは父さんの知り合いが家においてくれてたんです。でも」
「あの中にいたの?」
「はい。たぶん」
 たもっちゃんがあの中と言うのは、海から引き上げたいくつかの骨のことだろう。
 娘のルーでもさすがに骨の見分けは付かなかったが、わずかに残った服やお守り代わりのアクセサリーに見覚えがあったとのことだ。
「母さんはわたしが小さい時に死んだし、父さんも帰ってこないならこれ以上おじさんの店で――あ、パン屋なんですけど。お世話になるわけにもいかないと思って。でももう十四になるし、孤児院に入る年でもないから」
「そうなの?」
 私は普通におどろいてしまったが、考えてみたらそれっぽい話は聞いていた。
 うちにいるのも十歳前後の男の子たちが最年長で、もっと大きくなると街で働き始めることになる。そうして与えられるのが、まともな仕事かどうかは別にして。
 だから神殿なんかでも、面倒を見る孤児たちは大体十二歳くらいまでになるらしい。
 ついでに、孤児の中に女の子が極端に少ないのは小さい内に売ったり買ったりさらわれたりするからだと言う話も聞いた。
 なんとなく気に入らねえなーと思いはしたが、誰の庇護下にもない孤児たちに取っては飢えないための道の一つではあるらしい。
 もちろん自分で納得の上のことならと条件が付くし、どう扱われるかは主人によって変わるので結局は運次第と言うことにはなる。
 生き抜くためと言われたらそう言うもんかと思いもするが、なんかね。やだよね。
 かと言って、じゃあなんかできるかっつったら特になんにも思い付かないし、今までに買われて行った子供らを全部買い戻すにはさすがにお金が足りないだろう。
 全部じゃなくて一部なら行けるかも知れないが、じゃあその一部の区切りをどうやって決めればいいのか解らない。
 世界の全部を救えるとは思ってないが、目の届く範囲での偽善もなかなかに難しい。
 私が顔面をぐにゃぐにゃさせてムダに悩んでいる間にも、孤児院の広間ではさくさく話が進んでいたようだ。
「リコ、リコ。行くよ」
 たもっちゃんに肩を叩かれ顔を上げると、テオやレイニーも席を立ちこちらを見下ろし待っていた。
「どこへ?」
「ルーがさ、世話になってたおじさんにちゃんと言わずに出てきたっつうからさ。うちで雇いますって挨拶に」
「ああ、それは大事なやつだね」
 未成年をお預かりするには保護者の許可をどうたらこうたらしないといけないような気がする。
 相変わらずクレブリはどこもよく滑るので、我々はほどほどに浮かせた船に乗りなんだあれと指さされながら街の中へと出掛けて行った。
 この時、たもっちゃんの空飛ぶ咸臨丸にはルーと同時にうちにきた小さめの少年が乗っていた。
 彼はおっかなびっくりに両手で船のフチにかじり付き、空飛ぶ船からの風景にすごいっすとばかりに興奮で頬を紅潮させた。
 まあ解る。空飛ぶ変な乗り物に乗って、子供のテンションが上がるのは仕方ない。
 ただ彼のテンションは、すぐに地面にめり込むことになる。情け容赦ないメガネによって、普通に親元へ帰されたからだ。
 なぜならば、ほぼ確実に間違いがなかった。
 あの体育会系を思わせる口調は、我々日本からの転生組に大サービスで搭載された異世界の言葉全部自動的に翻訳してやる能力により、なんか知らんけど雑に差別化されてしまった隠密の人たちの話しかたである。
 理由はよく解らなかったが、どうやらあの少年は我々の孤児院を偵察するために送り込まれたらしいのだ。
「どうしてもって言うなら預かってもいいですけど、でも親がいるならそっちと暮らしたほうがいいのかなって。代わりにって言うか、どうせだったら大人をよこしてもらえると助かるんですけど」
 たもっちゃんは街中のアパートっぽい建物の前で船を止め、私と少年だけを連れずんずんと迷いなく二階にある一室を訪ねた。
 そしてさも全部バレてるよと言わんばかりに、子供を返しつつ好き勝手な要求をした。
「できれば子供に勉強教えられる人とか、大量に料理作れる人とか。あ、でも俺らそろそろ別の所行くんで、いなくなっちゃいますけど。それでも長く勤めてもらえる人とかいたら、きてもらえると嬉しいって言うか」
 部屋からは三十前後の男が出てきてドアを開いた格好で固まり、黒目の部分をぐらんぐらんと泳がせながらに我々を見ていた。めちゃくちゃ動揺しているのが解る。
 多分、少なくともこんなに早く、バレるとは思ってなかったのだろう。ごめんな。我々、話すだけで解っちゃう体質で。
 もしかすると送り込まれた少年に取っては、これが初仕事だったのかも知れない。役目を果たせず絶望したのか、もうダメだみたいな感じで肩を落としてしょげている。
「ごめんなー。でもキミのせいじゃないからね。きたのが多分大人でも、普通に解っちゃったと思うんだ。元気出しな」
 少年の頭をぐりぐりなでてなぐさめて、ついでにおやつをぽいぽい渡すと我々は船に戻ってルーのおじさんに挨拶に行った。
 孤児院の玄関先に、荷物をかかえた一組の男女が現れたのは翌日のことだ。
「こちらで雇ってもらえると聞いたっす。自分は、読み書きと計算なら中等塾くらいまで教えられるっす」
「あたしは料理人っす。設備があれば、一度に大人三十人くらいまで一人で食事を用意できるっす」
 二人は緊張していながらに、同時にめらめらと闘志に燃えている様子でもあった。
 それを見て、思い出す。
 我々は前に大森林で薬売りに会った時、話しかたで正体が解るとにおわせて面倒な事になり掛けたのだ。
 あの時は強引に逃げ切ってなんとなくうやむやにしていたが、そう言えばあれ、なにもごまかせてないままだった。
 正直すっかり忘れていたが、偵察にもそりゃくるわ。
 なるほどなあと納得しながら我々は、人手不足の孤児院にまんまと転がり込んできた人材をとりあえずしっかり確保した。

つづく