神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 211

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回収続行シュピレンの街編

211 もうダメ
(※子供の人身売買について描写があります。ご注意ください。)

 最初、彼はあまり話をしない子供だった。
 痩せた体は三つか四つに思えたが、たもっちゃんがよく見たところでは六歳だそうだ。そうだとしたら、やはり幼い。
 話さないだけなら人買いのバイソンもそれは同じだ。しかしあちらは特に話す必要がないか、億劫がっているだけって気がする。
 対して、この子の場合はそもそも知っている言葉が少ないように思われた。そして自分の感情に、どの言葉をあてはめればいいのか解らず途方に暮れていた。
 その証拠にと言う訳ではないが、たもっちゃんがガン見を駆使して言葉と気持ちを一つ一つ線でつなげて教えて行くと、彼は「うれしい」や「ありがとう」でこと足りるありきたりな気持ちをはにかむように大切そうに伝えてくれるようになる。尊い。
 その彼は、けれど――だからこそ、別れには聡いようだった。
 そう言えばそうだったねと、この子供が売り物だったのを我々が思い出したのと。むりやりにサイズを詰めた大人のシャツに身を包む、小さな子供がトロールの体を不器用に伝っておりたのはほとんど同じ頃のことだった。
 子供は少し金ちゃんを見上げて、一度、ぎゅっとその足に抱き着いて離した。それからテオのそばに行き、やはり同じように足に抱き着きすぐに離れる。
「きれいにしてくれて、ありがと」
 これはレイニーの前で。
「おくすりと、おやつ、ありがと」
 これは私の前で。
「ふくと、ごはん、いっぱいありがと」
 これは最後に、たもっちゃんの前で。
 彼はそれぞれ挨拶を済ませると、この頃では自分で歩いてなかった布を巻いたままの小さな足でちょこちょこと人買いのほうへと近付いて行く。
 そしてこちらを振り返り、これで自分の人生の幸福の全ては終わりだと。まるで、そう知っているかのように。そして、それを受け入れたように。
 ほのかに笑って手を振った。
「ばいばい」
 こんなのもうダメ。
 たもっちゃんと私はブーゼ一家の本部の庭で、ほぼほぼ倒れ込むような勢いで子供の両手それぞれにすがり付いてわめいた。
「やぁーだぁー! 行かないで! ずっとうちの子でいればいいじゃん!」
「私のごはん半分あげるからー! やだやだやだ! 帰ってきて! やだー!」
 このまま行かせてしまったら、この子はどうなってしまうのか。私でも解る。きっとろくなことにはならないだろう。
 それを思うと人間をお金で買うとかどうよと言ってる余裕がなかったし、それによく考えてみたら去年の夏に何人も奴隷買ったことあったわ。選民の街の関連で。
 いやそんなわめかなくても普通に買うって言えばいいんじゃないのかと、ドン引きの人買いに粛々と金貨を数枚渡して我々は正式に子供を買った。子供買うて。字面がやばい。しかも事実。最高にやばい。
 人買いの主な仕事は買い付けた「商品」を奴隷商などに納品することだそうだが、今回はすがり付く我々に免じて直接の取り引きとなった。一回人手に渡らないの助かる。
 ただし個人からの依頼を受けて特別に商品を調達することもあるようだから、その辺は報酬次第で柔軟に対応しているのかも知れない。ブーゼ一家の剣奴調達の依頼とか。
 ちなみにこの人買いへの代価はシュピではなくて外部通貨の金貨で払った。これは向こうの希望あってのことだ。
 なんでかなー、と思ったら、受け取った金貨を数えながらに女は結構大事なことを淡々と言った。
「外からきた商人でシュピレンの金を受け取る馬鹿はいないさね。外の金に換えるのに、手数料で粗方半分取られちまうんだからね」
「待って」
 シュピからの換金には現金はもちろん、ギルドの口座を介しても手数料を引かれるそうだ。だから外からきた商人は、外部の通貨か宝飾品などで取り引きをする。魔石や素材などでも構わない。とにかく、シュピレンのお金でさえなければなんでも。
 我々は、思わず昨日借り受けたシュピレンのキャッシュレス魔道具を取り出して見詰めた。
 メガネとレイニーと私が各自、それぞれ持った魔道具の中にはシュピの単位で百ずつ分けた魔獣の代価が入っているはずだ。
「……騙されたのでは?」
 値切られた上にこの仕打ち。たもっちゃんと私がとても口には出せなかった言葉を、レイニーがぼそりと呟いた。
 それな。
 外部の通貨で払ってもらえばまるまる利益になったのに、シュピだと実質半分だと言うのか。謎の手数料とかで。なんだそのシステムは。
 人買いの女もラスと我々の取り引きを見てて、バカだなーとは思ったそうだ。が、なりゆきとは言え大きな取り引きをする奴が、そんなことも知らないのが悪いと放置した。お金に関する商人が厳しい。
 だが、今回の我々はともかく、避けようのないシュピもある。この街の産業であるギャンブルなどで勝ったお金は、どうあってもシュピで支払われるそうだ。
 ではそう言う時にはどうするかと言うと、やはり宝飾品や美術品、それか値の張る素材などに換えて行く。それを外で売り払ってしまえば、ずっと損が少なくて済むからだ。見る目が確かならと条件が付くが。
 しかしまあ、そんな涙ぐましい裏技を使っても全てはシュピレンの手の平の上だ。
 なぜならその宝飾品や美術品を買うのも、結局はシュピレンの店と言うことになる。商人は当然仕入れ値に利益を乗せて販売するので、どうあがいてもこの街にお金を吸い取られるようにできていた。つよい。

 三百万シュピをこの街で使い切ると言う我々小市民にはきつい使命と、金ちゃんの肩に戻されてその頭にぎゅうぎゅうとしがみ付く子供を残して人買いたちは今度こそ去った。
 メガネも私も色んな衝撃から立ち直れておらず、あ、うん。じゃあね。みたいな、かなりあっさりした別れとなった。
 それから、私たちはとりあえずシュピレンの街の冒険者ギルドへと向かう。
 一応ちゃんと覚えているのだ。我々は、またもやギルドのノルマをぶっちぎっていると。
 テオはブーゼ一家で留守番。さすがに街を連れ歩くのは現在の主が許さなかった。
 剣奴としてテオを放り込む予定の、シュピレンを支配する三つの一家のナワバリ争いコロシアムはまだ開催が先らしい。それまでは大事にしておくと、一応ラスは言っていた。
 ちなみに当のテオからは、さっさと行けとめんどくさげに送り出された。
 やだなあやだなあと重たい足を引きずって、みんなで歩いたシュピレンの街は夜とはまた違った雰囲気だった。と言うか、まず人の姿が屋外にない。理由は簡単。暑いのだ。
 きつく熱い太陽光が肌や頭のてっぺんに容赦なく降りそそぎ、自分たちの足元や建物の奥に妙にくっきり影を落とした。強い光と濃い影のコントラストで目が眩む。
 人のいない広い通りは時間が止まっているかのように、どこか非現実めいていた。
 街は全体的に建物も道も土魔法で固めてあるか石っぽい建材でできていて、砂漠と同じく色褪せたざらついたベージュ色の街並みが強い日差しにじりじりと焼ける。
 表通りに並んだ店も開いてはいたが、戸外に商品は見られない。店先にぶ厚いテントを低く張り、熱風や光をさえぎった奥に開け放った扉があるだけだ。
 気温が高く、雨季のせいか湿度も高い。
 砂漠に囲まれているはずがまるで猛暑の日本のようで、そら誰も家の外に出んわと身をもって深く理解する。
 我々は、割とすぐに音を上げた。
「レイニー先生、ここはどうか一つ。クーラー魔法などを使っては頂けないかと……」
「お昼は奮発しますんで、一つ強めに。屋外ではエアコン魔法の効率も悪いかとは思いますが、そこをどうにか……」
 炎天下、私とメガネは背中を丸めて揉み手して、レイニーにぺこぺことへつらった。猛暑の前にプライドなどない。
 そのかいあって、レイニーは我々の周りを障壁で包むとその中をひんやりとした空気で満たした。最高だ。歓喜する我々にレイニーからはなんかちょっとかわいそうな顔をされたが、涼しければもうなんだっていい。
 この障壁は船を飛ばす時みたいな感じで、我々が歩くと一緒に移動してくるようになっていた。これは固定式よりも魔法としての難易度が高いとのことで、レイニーからは強い感謝を要求された。
 よっしゃ、お肉食べような。昨日の宴会で出てきたお肉。
 噛むたびに肉汁のスープがじゅわじゅわ出てくるあの肉は、シュピレンの街の名物らしい。ここに滞在する間、可能な限りたらふく食べたい。金はあるんや。シュピの単位で。
 こうして気温は局地的にどうにかしたが、日光はそのままノーガードだった。ふと金ちゃんを見上げると、金ちゃんに肩車された子供がモロに直射日光を浴びていた。溶けそう。
 これはいかんと表通りに立ち並ぶやる気のない店を次々覗き、ギルドの建物に着いた頃にはそれぞれが帽子と日傘と日よけのマントを好き勝手に装備して暑さと紫外線対策に特化した謎のクソダサ集団になり果てていた。

つづく