神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 32

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荒野の再会編

32 砂糖と天使

 反省はしていると、たもっちゃんは語った。
 ドロップアイテムに白い砂糖を定着させるため、我々はせっせとダンジョンに通った。引率はテオと、チーム隠れ甘党だ。
 相変わらず真夜中にしか動けない日陰の身ではあるのだが、ドロップアイテムやむしった草はもらっていいことになっていた。
 それならこちらにも損はなく、普通にダンジョンを探索するのと変わりない。ただ昼間、めちゃくちゃ眠いだけである。
 たもっちゃんとレイニーも特に文句はないようで、むしろやる気に満ちていた。モンスター相手に容赦なく攻撃魔法を撃ち込む姿が、心底楽しげでなかなかエグい。
 私はそんな二人を見守りながら、古びたような通路の隅でもさもさ生えた草を刈る。
 草の茎から真横に伸びた枝先は丸く、ビー玉くらいの球体である。球体部分をぷちぷちしぼると、水あめのように粘度の高い甘い液体が採取できた。
 砂糖とは違うが、これはこれでよい。割り箸の先でぐりぐりと、白くなるまで練って食べるのが好きなんだ私は。
「リコ、これお願い」
 ダンジョンモンスターとの闘いに区切りを付けて、うちのメガネが駆けよってきた。カバンがいっぱいになったのだろう。
 たもっちゃんがぽいぽいよこすアイテムを、私はアイテム袋に放り込みつつほとんどをアイテムボックスの中に納めた。女優なので。
 シュラム荒野のダンジョンは、まだ安定していない。しかしどうやら、ドロップアイテムは甘味料が多くなりそうだ。
 大きな葉っぱにくるまれた黒糖のかたまりに、ハチミツの詰まった六角柱の筒。この筒は蜜蝋でできていて、サイズは缶コーヒーくらいだろうか。
 問題は、白い砂糖だ。ドロップ率は低めだが、順調に定着しそうではあった。
 しかし、どうだろう。
 白い砂糖をドロップするのは、天使の姿のモンスターだ。レイニーの上司ではない。石や石膏の彫像にあるような、裸の子供に羽が生えたタイプのやつだ。
 銀の天使だと五体、金の天使なら一体である。それらを倒すと、手のひらサイズの宝箱がドロップされるシステムのやつだ。
 私、なんかこう言うカンヅメ的なものを知ってる気がする。
「なぜなの」
「いやぁ……レイニーの上司がさ、白砂糖ドロップしてったじゃん? 何かあれで、砂糖と天使を関連付けちゃったみたいでさ」
 それで、なんか気付いたらこうなっていた。正直ごめん。
 たもっちゃんは悩ましげに首を振りながら、白砂糖の小箱を次々と私のカバンに突っ込んだ。自重はしないスタイルらしい。
 夜中にダンジョンを徘徊し、夜明け頃から昼まで眠る。午後は食堂でホットケーキを焼くなどし、また夜中になったら砂糖を求めてダンジョンに入る。
 そんな生活サイクルで数日すごしたある日のことだ。私たちがテントの中で寝ていると、グードルンが血相を変えてやってきた。
 ダンジョン近くに冒険者ギルドの出張所があり、テントはそこで貸し出していている。三人用を三人で使うとぎゅうぎゅうで、彼が飛び込んできたのはその中だ。
 余程あわてていたのだろう。ずぶぬれと言うほどではなかったが、その赤っぽい金髪や丈の長い上着から雨粒がぽろぽろとテントの中にこぼれて落ちた。
「王都から知らせがきたんだけど! 君達、指名手配されてるんだけど! 何やったの! ねぇ、一体何をやらかしたの!」
 グードルンは頭の後ろで結んだ髪を振り乱し、ぐるぐるした目で私たちに迫った。その膝の下で潰されて、うちのメガネが寝起きのかすれた声で呟く。
「これがホントの寝耳に水……」
 たもっちゃん、誰が上手いこと言えと。

 グードルンに引きずられ、我々は司令官用の大きなテントに連れて行かれた。
 そこにはアレクサンドルとテオ兄弟。そして甘党地味メンの、ヴェルナーが待ち構えていた。なんかあきれたみたいな顔で。
「お前達に、王都から捕縛命令が出ている」
 今度は一体なにをした?
 お兄さんの声には、そんな響きがあったと思う。彼はテーブルの上を滑らせて、紙を一枚こちらに向かって押し出した。
「ルディ=ケビンを知っているな? あれが、人の研究を盗んだとして捕まった。その知的所有権を申請する書類に、お前達の名前があったと。まぁ、共犯の疑いだ」
「えっ」
 たもっちゃんは信じられないと言う顔で、よろよろとテーブルの端にすがり付く。
「それ……それって……圧縮木材の件ですか? それとも酵母菌のことですか? 盗んだって何ですか? 誤解ですよ。誤解です。ルディは大丈夫なんですか? 酷い事されたりしてませんか? だってエルフなんだもの。同人誌みたいに! 同人誌みたいに!」
「たもっちゃん、落ち着いて」
 薄い本の好みがばれちゃう。
「訴えたのは錬金術師のミオドラグ・フォン・マロリーだ。本人は男爵家の三男に過ぎないが、父親がズユスグロブ侯爵の一派らしい」
「それ、研究がホントにかぶっちゃったってことあります?」
「ないな。ミオドラグは錬金術師の籍を金で買ったと言う噂で、事実だろう。実績もなく、研究らしい研究を発表した事もない」
 それが、いきなり。革新的かつ有益な技術を、完成形で提示できるはずがない。お兄さんは紺青の瞳に侮蔑を浮かべ、言い切った。
 どうしよう。ものすごく言い難い。そもそも、正気を疑われそうで言えないが。
 圧縮木材も、酵母菌も。やわらかいパンも、ふわふわのホットケーキも。我々、異世界の知識を模倣しただけです。正直ごめん。
「問題は、背後にいるズユスグロブ侯爵だ。厄介だからな、あのくそ親父は」
 ズユスグロブ侯爵こと、ナセル・フォン・ワゴナー。彼は選民意識どっぷりの、貴族主義者たちの筆頭だった。
 平民に地位や権力を与えるべきではないと強く主張し、結構な規模の一大派閥を築き上げている。結束した貴族は厄介なもので、王もうかつには手が出せないらしい。
「なにそれめんどい」
「私が騎士爵を賜った時も、ねちねちと嫌味を言ってくれたぞ。あの侯爵は」
 アレクサンドルとテオの実家は元々貴族の家系だったが、ずいぶん前に没落し爵位を失っているそうだ。母も祖母も平民で、それが侯爵のお気に召さないようだった。
「エルフは優秀だが、人族の中では移民扱いになるからな。錬金術師として名を上げるのが目障りだったのやも知れん」
 錬金術師の肩書きがあっても気に入らないなら、単なる冒険者はもっと気に入らないに違いない。なにしろこちらは、ど平民の上に異世界からの移民だ。
 我々に嫌疑が掛けられたのは、恐らく侯爵一派の差し金だろう。ほんとめんどい。
 お兄さんの口ぶりでは折り合い悪いみたいだし、うまいこと助けてくれたりしないかな。
 などとほのかに期待してたら、なんか全然そんなことなはなかった。
「命令は王から下されているからな。背けない。悪いな」
「えー、やだー。あとのことはいいから逃げろとか言ってくださいよ」
「何言ってんだ、リコ。ルディが捕まってるんだぞ。助けに行くに決まってるだろ」
「まぁ。自分達が捕まっても助けられるものですか?」
 レイニーはティーカップを手に持って、巻き毛を揺らして頭をわずかに傾けた。確かにそうだ。我々も一緒に捕まっちゃうと、助けるって言うかそれはただの脱獄だ。
 うちの天使の横に立ち、深刻そうな顔をしてヴェルナーがティーポットを傾ける。
「下手に逆らわぬ事だ。王命に背けば、反逆罪に問われたとて文句は言えぬ」
「あら、良い香りですね」
「解るか。これは大森林でしか採集できない貴重な茶葉で――」
 取って置きのお茶だったらしい。ヴェルナーはうれしげに茶葉について解説し、レイニーはそそがれたお茶をいただきながらその熱弁に相づちを打った。仲よしか。仲よしだよ。
 レイニーがダンジョンのモンスター上司を見事に倒し、山のような白い砂糖を得て以来ヴェルナーの態度はふにゃふにゃである。なんなのあいつ。私にも優しくして欲しい。
 しかし、まあ。寝起きの私の頭でも、逃げるのがムリと言うことはさすがに解った。
 シュラム荒野の人員に指名手配と捕縛命令が下されたのは、偶然ではない。
 私たちは食堂でおやつを出す件で、アレクサンドルからの依頼を受けた。そのために、軍やギルドに居場所が筒抜け状態なのだ。
 そりゃーもう、指名手配もはかどるよね。
「精々、道中に気を付ける事だ」
 お兄さんはそう言って、私たちを送り出した。解るけど。仕事なんだろうけども。もっとこう、もうちょっとなんかさあ。
 ダンジョンも安定し始めて、金銀のエンゼルは日夜を問わず出現した。精鋭調査隊ともエンカウントしているそうで、倒せばちゃんと純白砂糖の小箱を残す。
 あとはもう、放っておいてもドロップアイテムとして定着するのは時間の問題との話だ。
 つまり、我々はもはや用なしである。
 諸行無常の響きがすごい。

つづく