神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 50

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王都脱出編

50 渡ノ月

 どうして草刈り鎌なんか持ってるのかと思ったら、ダンジョン産のアイテムらしい。
 なぜなの? 初期の探索に農民でも参加していたの? 本当にありがとうございます。
 勇者とその一行は、ミスリルの草刈り鎌と引き換えに食事の権利を手に入れた。
 これから大森林に行くことだし、装備を整えるのは大事だと思うの。ニ十センチほどの刃が付いた片手鎌をにぎりしめ、私はキリリと主張した。
 たもっちゃんがものすごく軽蔑するような目をしていたが、そんなのは些末な問題だ。
 ミスリルってあれでしょ。なんかいいやつなんでしょ。よく解んないけど。
 いそいそと敷き物を用意する彼らの横で、私は料理や食器をぽいぽいと出した。アイテム袋から取り出すと見せ掛けてアイテムボックスをごまかす、久しぶりかつ完璧な女優。
 雑木林はいい感じに強い日差しをさえぎって、乾いた風が吹き抜けた。気温は高いが、なかなかすごしやすそうだ。
 近くにとめた馬車のそばでは、ハーネスを外したドラゴンが休む。ピンクの体で草の上にぺたりと寝そべり、大きな口であくびなどしてた。愛嬌があって割とかわいい。
 熱いまま保存した鍋をおぼんサイズの板に置き、たもっちゃんが作り置きした嘆きのシチューをつぎ分ける。地面に敷いた大きな布に料理や皿を並べると、ピクニック感がすごかった。そののどかさに、はっとする。
 ああ、そうだった。野外でごはん食べるのって、レジャーなんだ。場合にもよるけど。野営とか野宿とは限らないんだな。
 忘れてる自分にびっくりしながら、たもっちゃんが焼いた酵母パンを取り出して並べる。それに「あっ!」と幼い声を上げたのは、勇者のところの審議中幼女だ。
「それ! それ! ふわふわのパン! 食べたい! 食べさせろ!」
「言い方」
 口の悪さにあきれながらも、たもっちゃんはまんざらでもなさそうだ。パンの載ったお皿を渡すと、幼女の顔がぱっと輝く。
 その様子に、気持ちは解るとうなずくのは勇者だ。ほほ笑ましげに幼女の頭に手を置いて、それから意外なことを口にした。
「うまいよな、柔らかいパン。ローバスト以外で見るの、初めてだな」
「ローバスト?」
「少し前に行ってたんだ。滞在したのは領主の城がある街じゃなくて、近くの村だけどな。すごかったぞ! ベーア族の村なのに、人族も普通に混ざって生活してて……なにより食事がうまかった!」
「へぇ」
 ここはまだ、王都に近い。ローバストまで、やはり一ヶ月ほどの道のりだろう。ずいぶんアグレッシブに旅をしてると、たもっちゃんが感心するような顔をした。
 次の言葉を聞くまでは。
「なんでも、たった三人でフィンスターニスを倒したパーティがいるらしくてな!」
「……ほう……?」
「残念ながら、旅立ったあとで会えなかったけどね」
「柔らかいパンは、その方達が考えたのでしょう?」
「ヤジスのフライも!」
「新しい木の加工法もそうだったんじゃないか?」
「ゼッタイなんかインチキだって! 死体に魔法の痕跡もないなんてあり得ないもん!」
「フィンスターニスの素材は残ってたから、デマじゃないと思うんだよなー」
「魔法なしで戦うのは無謀。勝つのは凄く難しい」
「いいよな! 剣一本で倒すとか!」
「領主様が村の近くに木工所を作って、人族だけじゃなくて獣族も雇うんですって!」
「ローバストは優秀な騎士を育てますが、これと言って産業がありませんものね」
 ばくばくとシチューやパンを食べながら、勇者と美少女たちが盛り上がる。そんな中、さりげなさを装いつつも不自然さのぬぐえない質問をまぎれ込ませたのはうちのメガネだ。
「それで……勇者さんはそいつらに会ってどうするんですかね……?」
「手合わせするんだよ! 決まってるだろ? 強いやつと戦いたいんだ、オレ!」
 意思と言うか圧の強い目を輝かせ、勇者はもりもりとごはんを食べながら叫んだ。
 あー、そうですかー。ですよねー。などとテキトーに相づちを打ちながら、我々はしゅわしゅわと存在感と気配を消した。
 さすがに気付く。
 勇者たちが言ってるのってどう考えても私たちのことだが、それがバレたらめんどくさい予感しかしないと。

 なぜこうなったのだろうかと、勇者に目を付けられたきっかけなどを振り返る。
 我々が初めてあの黒い怪物を見たのは、ベーア族の集落。ヴィエル村でのことだった。
 今思えば、あれは恐らく月と月にはさまれた渡ノ月のことだったのだろう。
 三日間ある渡ノ月の、特にその中ノ日は空から月がなくなってしまう。すると天の加護が弱まって、悪魔やそれに従うものが活発になる。みたいな話を、天使から聞いた。
 それに、災害レベルの魔獣には悪魔に汚染されたものがいた。村に出てきたフィンスターニスもその中の一つで、これは我々の体質にも原因があった。神の気配と言うやつだ。
 だから多分これからも、天の加護が薄い時期、それらが眠る場所の近くに我々がいると目覚めさせてしまうのだ。悪魔の手先の怪物たちを。
「じゃ、あれかね」
 我々は渡ノ月がくるたびに、戦々恐々とすごすことになるのかね。今いる土地に悪魔の手先的なものがいませんように、と祈ったりしながら。
 私は目の前に座った幼馴染の顔を見ながら、しかし遠い目をしていたと思う。あれさ、我々だけならまだいいけどさ。結構周りに被害出すじゃん? 忍びないじゃん? 困る。
「いや、それは大丈夫」
 なんかもうヤダなって気持ちでいっぱいの私に、たもっちゃんが首を振る。
 渡ノ月には看破スキルでガン見して、安全な土地で過ごせばいい。とか言って、たもっちゃんは黒ぶちメガネのすぐ横でピースサインを両手に作った。
「看破スキル大勝利」
「試合に勝って勝負に負けてない?」
 逃亡者みたいになってんじゃねえか。
「えー、しょうがないじゃん。悪魔とぶつかるのは神に近しい者の宿命らしいよ。よく知らないけど。同じ場所にずっといたら、居場所バレて向こうからくるしさー」
「だから大事な話は先に言えとあれほど」
「だって解んなかったんだもん。今もよく解んないけど。二か月くらいは大丈夫だと思ったんだもん」
 ちょうど公爵家の襲撃が、居場所がバレたパターンらしい。しかし公爵家に滞在したのは、渡ノ月を前後に含め八ノ月の約一ヶ月。
「何でだろうね。これまでも、そのくらいはじっとしてた事あったのにね」
 たもっちゃんは「わっかんないね」と、まるでひとごとのようなテンションで言った。
 しかし、これはあれや。お手上げ感が強すぎて、本当にどうしようもない時のやつや。
 とりあえず、なにも安心できない。
 我々が話しているのは、爆走する馬車の中だった。引いているのはドラゴンなので、竜車とでも言うべきかも知れないが。
 ごはんおいしかったし、しばらく付いて行っちゃおうかなー。などとチラチラ見てくる勇者たちを振り切って、謎馬の引く乗り合い馬車には追随を許さぬドラゴン速度で距離を稼いでいるところでもある。
 ヴァルター卿が用意したのは、貴族仕様の馬車だった。尻の肉にダメージも少なく、窓に付いた板戸を閉めれば走行音も会話に支障がない程度。そこそこの遮音性もある。
 ノラがすぐ外の御者席にいたが、我々が割と秘密めの話を平気でしてるのはそのためだ。
 夏の日中に閉め切った車内は、しかし涼しく快適な温度だ。ヒマに飽かせて天使が極めた空調魔法が効いていた。
 板戸を閉めた車内は暗いが、真っ暗と言うこともない。窓と天井の間には、透明な板が付いた小さな明かり取りがある。季節を忘れそうにひんやりと薄暗い、その中で。
「渡ノ月を二回です」
 つんと澄ましてレイニーが言った。
「ん?」
「同じ土地で渡ノ月を二回過ごせば、悪魔に居場所を嗅ぎ付けられます」
 密閉された空間の中には、ガラガラと回る車輪の音がくぐもって響いた。
「……んん?」
 我々はちょっと飲み込めず、レイニーのほうへ前のめりに体を傾ける。
「ですから渡ノ月を……」
「違う。そうじゃない」
「なんでそれ知ってんの?」
「あら……」
 くるくると繊細な金の巻き毛を持った天使は、我々の疑問に青い瞳をすっと細める。
「お聞きになりたいの? お二人が新しいスキルを手に入れて浮かれている間に、わたくしが上司からどんな嫌味を言われたか。本当に、お聞きになりたいのかしら?」
 そう言ってほほ笑むレイニーは、それはそれは美しかった。たもっちゃんと私は、即座に、しかしゆっくり慎重に。前のめりになった体をそっと引いて座席に戻す。
 手負いの獣を深追いしてはいけない。

つづく