神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 233

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お祭り騒ぎと闘技場編

233 闘技場

 たもっちゃんがしたためた各所への無難な返信を健康的であるはずの浅黒い肌が憂鬱そうな土色になった冒険者ギルド長に預けて、レイニーと私は闘技場へと文字通り飛んだ。
 闘技場は一言で言うと、巨大なすり鉢状のコロシアムだ。
 そもそも闘技場とコロシアムはなんか言いかたが違うってだけで、大体同じ意味だったような気もする。
 まあ、それはいい。そんな疑問をいだいたところで、私の中に正解がない。
 とにかく、この巨大で野蛮な娯楽施設は街の中でも人でにぎわう場所にある。
 闘技場の真ん中にあるのはきめの細かい砂漠の砂を敷き詰めた、丸く平らなグラウンド。そのグラウンドを中心にぐるりと人の背丈の倍ほどの高くぶ厚い壁があり、壁のさらに外側を後ろに行くほど高く作った客席が階段状に取り囲む。
 テオの試合は午後の予定だと聞いたから、まだ始まってもないはずだ。それでも上空から見ただけで、闘技場が人であふれているのが解る。
 適当な所で地上へ下りて、メガネやおっさんやトロールや子供が待つはずの屋台を出した場所へ行く。
 アイテムボックスの新着チャットで詳しい位置を聞きながら、円形の闘技場をぐるっと回って通路を入り二、三段の階段を上がったり下りたり上がったり上がったりしながら奥へ行き、最終的に薄暗く天井の低いトンネルに着いた。
「あっ、きたきた。ねー、リコ。アルットゥとかもきてくれたよー」
 たもっちゃんは胸の所に「ナッシングおとなげ」と黒字の日本語ででっかく書いたTシャツを着て、私たちに気が付くとぶんぶん無邪気に手を振った。
 作ったのもメガネなら着るのもメガネのこのTシャツは、本当にメガネのためだけに生まれてきたTシャツだとしみじみ思う。異様なほどにめちゃくちゃ似合うし、柄の意味を理解するのが私だけと言うのが残念でならない。
 そのメガネの近くには異世界タコ焼きの屋台があった。
 昨日と同じくタコ焼き柄のTシャツを強引に着せられたヨアヒムが、タコ焼き用の鉄板でせっせと球体を転がして香ばしいにおいを振りまいている。
 ただし、お客はいなかった。
 屋台を開く場所として、ここはあまりよくないらしい。
 外の日差しは強いのにトンネルの中は妙に暗いし、端まで四角い天井はぎりぎり屋台は収まるが金ちゃんが立っていられないほどだ。
 対して幅は結構あって、片側を屋台でふさいでも余裕で人が通ることができる。いいところはそれくらいだろう。
 ただ、その唯一の利点も今はほとんど死んでいた。天井の低いトンネルの中には、黒衣の集団がわらわらとたむろしていたからだ。
 彼らは褐色の肌に孔雀緑の目、はっきりとした顔立ちのハイスヴュステの男らだ。
 見分けが付くのはアルットゥとニーロくらいだが、昨日は五人ほどだったのにざっと見ても倍はいる。
「多くない? なんか、増えてない?」
「別の村の者達だ。闘技会を見て行くと言うので、ここまで共にな」
 そう答えるアルットゥによると、一見すると同じに見える彼らの服は少しずつデザインが違うのだそうだ。見る人が見れば、それで所属する村まで知ることができる。
 ニーロが自分の服と別の村の男の服を指さして、ほら! こことか! と教えてくれるが、正直なにも解らない。
 私に今できるのは、でっかい虫をとってきて自慢してくる小学生の孫を見るおばあちゃんのように、すごいねえと優しくほほ笑むことくらいだ。虫のエサにキュウリ切ってあげようねえ。
 まあ当然と言うほかにないが、そんなのでごまかせるはずもない。
 キュウリがないのでなんか水っぽい野菜と思ってアイテムボックスから謎の野菜を二つ三つ選び、差し出そうとする私に対してニーロはどこか悲しげに「解れよ」とキレた。若者はすぐキレるのだ。
 ハイスヴュステの仲間たちがニーロをなだめ、なんかごめんとアルットゥから謝罪され、彼らはヨアヒムが焼いたタコ焼きをそれぞれ買ってまたなと去った。
 アルットゥやニーロたちには昨日タコ焼きを差し入れていたが、別の村の男らもちょっと食べてみたかったらしい。
 これから闘技会を適当に見て行くとのことなので、終わったらまた合流する約束をした。

 シュピレンで最も大きいと言われるこの闘技場があるのは、まさに今日、向こう二年の支配者が決まろうとしている四つ目の区画だ。
 今はどの一家も正式には管理していないので、金銭的な運営はこのお祭り騒ぎの間だけ商人ギルドが取り仕切っているそうだ。
 だから闘技場の一角にタコ焼きの屋台をねじ込むために、たもっちゃんが参加費用を納めた先も商人ギルドと言うことになる。
 それで割り当てられたのがこのトンネルの中だったと言うが、どうやら場所的にはハズレのようだ。思い付くのも申し込むのも遅すぎたので、仕方ないことではあるらしい。
 たもっちゃんが屋台を開いたトンネルは、外から闘技場の真ん中のグラウンドに出るための通路に当たる。
 と言っても、直接グラウンドにおりてしまう訳ではなかった。それはもっと下の階層に、また別の専用通路があると言う。
 だからトンネルの先にあるのはグラウンドに面した観客席の、一番前のいい場所にぐるりと広くテラス席のように作られた富裕層向けのスペースにつながる。
 席に着いたえらい人やお金持ちたちはくつろいで、もう自分で動くことはあまりない。使用人が忙しく走り回っていたりはするが、忙しいので買い食いする余裕もなさそうだ。
 通るだけなら一般客もテラスにおりてトンネルを使えなくもないのだが、料金の安い上のほうの席用にまた別の通路があるので大体の客はそちらを使う。
 また、安い席は一試合ごとに客を入れ替えるシステムだそうだ。
 今日はテオたちの試合だけなのかなと思っていたら、前哨戦のような感じで小さな試合がいくつも予定されているらしい。
 客の入れ替えには結構時間が取られるが、客が全部入れ替わるまで次の試合は始めない。料金以上の観戦は絶対にさせないと言う、商人ギルドの強い意思を感じる。
 一般客は試合が終わると外に出て、改めて料金を払ってもう一度会場に入る。それも人が多いので、すぐに入れるとは限らない。
 どの試合が見れるかはほとんど運になってしまうが、意外に文句は出ないとのことだ。この日この場所で同じ時間をすごすと言うのが肝心なことなのかも知れない。
 それに、シュピレンは今日も暑かった。雨季と言うのに日差しはきつく、一般席には日除けすらもない。安全面ではある程度、強制的に客を入れ替えるくらいでいいのかも。
 そしてそのあとも万事抜かりなく、汗だくで闘技場から吐き出されてくる一般客を商人ギルドに見込まれた精鋭の屋台たちが会場の外で待ち構えていた。
 飲み物や軽食を用意して、興奮と喉の乾きに財布のヒモが緩むのを狙うのだ。世の中よくできている。世の中と言うか商売的に。
 それに比べて我々ときたら。
 割り当てられたのは人目に付かないトンネルの、一般客がより付かない場所だ。なんなの。親のかたきのようなこのハンデ。
 これで売れる訳がない。こんな場所ではじめじめとカビを生やすのがせいぜいだ。いや、まだカビは生えてない。まだ。
 トンネルを抜けた会場からは、わあわあと盛り上がったりぶうぶうと不満にわめく観客の声がここまで届く。
 ハイスヴュステのお客が去ると、我々はヒマで仕方ない。お客もないのに次々焼き上がるタコ焼きを、悲しい気持ちで自分で買ってもりもり食べつつどうしたものかと話し合う。
「まぁ、テオの付き添いが目的だから儲からなくてもいいんだけどさ。でもどうせだったらお客さんもきて欲しいよね。こう言う時に新規客とか開拓しないと、ヨアヒムに屋台任せたあとも売り上げ厳しいと思うんだよね」
「たもっちゃん、商売に関してだけはなんかリアルなこと言うのはなんなの? やっぱさ、宣伝じゃない? 野球場のビール売りみたいにタコ焼き持って客席回る?」
「屋台から離れて商売するの駄目なんだって。屋台と全然関係ない転売トラブル多過ぎて」
 マジかよ最低だな転売屋。
 じゃーもーダメじゃんとトンネルの隅でしゃがみ込み、実りのない会話をしていた時だ。
 そんな我々のすぐ横を、誰かが通りすぎようとした。でもなぜか、「あっ」と小さく声を上げ、足を止めてあとずさる。
 どうしたのかと思ったら、そこにいたのは爬虫類めいた外見の若そうな男。
「あっ、ゼルマの所のリザードマンの人だ!」
「あっ、ほんとだ! たもっちゃんにうろこ触らせてって迫られてめっちゃ嫌そうにしてたリザードマンの人だ!」
 獣族の、特にリザードマンの見分けは正直付かない。それでも、前にゼルマと一緒にいたでしょと。我々はすぐさま断定できた。
 なんと言うか、あまり動かないはずの爬虫類めいた顔面が、感情豊かにめっちゃくちゃ嫌そうなので多分絶対そうだろうなって。

つづく