神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 21

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クマの村編

21 領主の城

 てってれー!
 タモツは鉄壁のメガネを手に入れた! どの程度の鉄壁なのかは攻撃を受けてみるまで解らない!
 リコは眠りの茨を手に入れた! 名前で大体のネタバレしてる感じはあるが、発動条件はヤベエ危機に陥ること! この能力が見れるのは私が死にそうになった時!

 あっ、これはあれや。あかんやつや。
 そう思ったのを最後に、我々は深い眠りの中にいた。失神かも知れない。
 翌朝は、普通に目が覚めた。たもっちゃんと私は床の上に転がって、レイニーだけがベッドの上で眠っていたが。
 そして神から新しい装備とスキルが下賜されたと、レイニーに感謝を強要された。
 たもっちゃんの顔に掛かる全く新鮮味のない黒縁メガネと、私の確かめようのないなにかを自動発動する能力である。
 本当は二種類ずつの選択肢があって、たもっちゃんによる不測の質問がなければ自分で選べるはずだったそうだ。
 私の場合は眠りの茨スキルと、高く売れる草がもりもり見付かることだけに特化したラック。その内どちらかが選べたと言う。
 たもっちゃんが余計な質問さえしなければ、草刈りババアには最強の幸運が手に入っていたはずだったのだ。
 私は、失意の中にあったのである。
 恐らくは、そのせいだろう。領主の城からやってきた文官相手にケンカを売ってしまったのは、事故のようなものだ。
 しかし、普段から割とケンカっぱやいじゃん。と、たもっちゃんは言う。
 なにか誤解があるのだと思う。
「だから、なんでそっちが利益持って行くんだって聞いてんの」
「ですから、それは慣例で……」
「お役所か!」
 お役所である。私が言い合いをしている相手は、領主に仕えるまだ若い文官だ。汚れ一つないお仕着せの制服に身を包み、書類を見ながらごにょごにょと理屈をこねている。
 私たちが話しているのは、あの黒い怪物についてのことだ。巨大な怪物は、当然死骸も巨大である。広範囲にわたって地表をおおう、あのぶよぶよをどうするかが問題だった。
 死骸の下には畑がある。埋まった野菜はもうダメだろうが、撤去しないことには次の作物も作れない。人手もいるし、大量の死骸を廃棄する場所も必要だ。
 この面倒な問題は、しかし村に文官が現れてすぐに解決した。彼の仕事は、あの黒いぶよぶよを売却することだったからだ。
 フィンスターニスと呼ばれる怪物は、結構いい値段で売れるらしい。あれが討伐された土地は肥沃になり、明らかに豊作に恵まれる。そのために死骸も、痩せた土地をかかえる農家や地主たちが買い求めるそうだ。
 それはいい。正直助かる。
 解らないのは、利益が全てローバストの領主のものになると言うところだ。文官の説明によると、理由は「いつもそう」だから。
 いやいや、おかしいだろ。理不尽にはがんばって戦っちゃうぞ、私は。
 草で一山当てる異世界ドリームを失って、金の話には敏感になっているのである。
「売るにしても、経費が掛かるのは解るよ。それは取ればいい。でも利益全部持って行くのは、どう考えてもおかしいでしょ」
「フィンスターニスの素材は、領主様の信任を受けた者が売り払うと決まっているので……今回も……」
「それは、いつもは討伐するのが領主の騎士だったからでしょ? 今回もそうなら、まあ解るよ。でも違うじゃん。あんたら、終わってからきたじゃん」
「そんなの……運がよかっただけじゃないですか。僕には関係ないです」
 文官の男は、これ以上は話したくないと言うようにぷいっと顔をそむけてしまった。眉間に深くシワがより、機嫌を損ねているのだと解る。解るけども。
 関係ない訳ねーだろクソガキャー。
「あっ、リコ。待って。落ち着いて」
 本気で人を殴ったことはないが、こいつなら殴れる。そう思いながら立ち上がったところで、たもっちゃんに止められた。
「えーっとね。この人ちょっと怒っちゃってるんで、俺が話変わりますね。リコ、ちょっと外出てて」
 そして話になんなくてジャマだから、とテントからぽいっと放り出された。なぜなの。
 話し合いは、私を追い出してすぐに再開されたようだ。文官のテントから、彼らの声がぼそぼそと聞こえる。疎外感がすごい。
 たもっちゃんは、自分なら冷静かつ有益な話ができるかのような口ぶりだった。あの文官は、話す相手が話の解りそうな男に変わってちょっと安心したかも知れない。
 だが、残念だったな。それは気のせいだ。
 あいつは円滑な長期的人間関係を築くのは絶望的に下手くそながら、理想値に全振りした机上の正論で相手を追い詰めることに関しては天才的なメガネである。
 ある意味、私より厄介だ。
「ローバストに行く事になったから」
 黒いぶよぶよをクワで崩し、畑から撤去する地道な作業。を、クマにまざってえっちらおっちら手伝っていると、たもっちゃんがやってきて言った。
 その手にはビーチボールより一回り小さい、しかし魔石としてはかなり大きな青い石がある。うっすらと、見覚えがあった。黒い怪物の本体がタコの頭にかかえていた魔石だ。
「どうすんの?」
「あの人だと話になんないし、権限もないみたいだから。上司の人に会ってもらう」
 そうして、ローバストの街まで騎士たちに送られることになった。
 文官や騎士たちのテントは、森に面した村の入り口に設営されている。その近くには物資を運んできた荷馬車や、文官の乗ってきた馬車も見られた。
 私たちが乗せられたのは、文官の馬車だ。
 座席はせまいが、詰めれば四人乗れなくもない。たもっちゃんと、レイニーと、私と、文官が乗り込む。馬車の外にはセルジオと数名の部下が馬を駆って並走し、村を出た。
 ぎゅっと押し込まれた馬車の空気は最悪で、その中で過ごすのはなかなかの苦行だった。しかも、ローバストに着いたのは数時間後のことである。
「なるほど、道理ではあるな」
 そう言ってうなずく文官のまとめ役は、少し神経質そうな男だった。
 私たちが通されたのは、ローバストの街にある領主の城の中だ。会議室のようなものだろう。大きな机と、いくつものイスがあるだけのシンプルな部屋だ。
 男は私たちの前に座って、机の下でトントンと硬い音を鳴らしていた。考える時のクセなのだろうか。革靴の先を少し浮かせて、一定のリズムで床と靴裏をぶつけている。
「今回のフィンスターニス討伐は、通例とは何もかもが違う。交渉方法を間違えたな。こちらの不手際だが、どうか、もう一度交渉の機会を与えてはくれないか」
「そんな!」
 非を認める男の言葉に、村に派遣された若い文官がさっと顔色を変えた。
「わたしは、慣例通りの事を」
「通例とは違うと言っている。慣例では通らない。討伐したのは冒険者なら、冒険者に所有権がある。領主と言えど、個人が所有するものを勝手に売り払う事はできない」
 普通なら、フィンスターニスを討伐するのは騎士でしかあり得ない。だから、その素材を領主の権限で売り払うことに問題はない。それが慣例。
「そこで、改めて要請する。フィンスターニスの素材を全てこちらに渡して欲しい」
 会議室の中には数人の文官が控えており、上司の合図ですっと書類を差し出した。たもっちゃんはその紙に目を落とし、「そっかぁ」とひとりごとのように呟いた。
「素材と引き換えに、報奨金を支払う。と」
「その通り。慣例も馬鹿にはできないものだ。フィンスターニスの素材は、領主の権限で扱う。内情はどうあれ、この形は維持したい」
 だから、「買い上げる」とは言えない。例え結果は同じでも、代金とは言わず報奨金と言い換える。
 これは、前例を作らないためだった。
 今回はかなり特殊な例だが、特殊すぎるために、事情が全て正しく伝わるとは限らない。
 怪物の素材に、領主が代金が支払う。
 この部分だけ切り取られたら、どんなふうにこじれてしまうか解らない。この仕事のできそうな事務長は、それを警戒しているのだ。
「今後、騎士団が討伐したものまでも民から買い取れと言われては堪らないからな。どうか、この形で手を打って欲しい」
「すいません、一つだけ。素材の収益は村の支援に使われると聞きました。俺達に報奨金を支払う事で、何か影響はありますか?」
「えっ、そうなの?」
 支援あるのか。あの文官、私には素材は領主のものになるってことしか言わなかったぞ。
「問題ない。今回は騎士を出さなかったからな。この経費をそちらに回そう」
「解りました。俺達はそれで構いません」
 私とレイニーも、座ったままうなずく。
 それを見て、男の神経質な雰囲気が少しだけほっとゆるんだ気がする。そんな時だ。
「どう言うつもりだ、ハインリヒ! 手柄を買うなど、騎士の誇りを汚すつもりか!」
 会議室の扉を乱暴に開き、いきなり怒鳴った男の声で部屋の空気がビリビリと震えた。

つづく