神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 156

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力業で人助け編

156 指名依頼

「ルムもさぁ、まだ若いし。プレッシャー酷かったと思うんだよね」
 たもっちゃんは街の中を歩きながらに、しみじみと言った。
「若いっていくつよ」
「ルムは二十三。レミは二十六」
 たもっちゃんのガン見によって勝手に知った年齢は、思っていたよりだいぶん若い。ただしレミはルムと変わらないようにも見えるので、もうなにも解らない。
 ヴィエル村から謎馬を走らせ一日程度。ローバスト領主の住む街で、冒険者ギルドへ向かう途中の道である。
 大森林のエルフの里へ、めいっぱいに入り浸りたい。欲望のままにメガネがそんなことを言い、だったら一回草でも売ってノルマの日数を最大限に稼ごうぜと言う話になった。
 その道すがら話題にのぼるのは、たもっちゃんの薄い言葉にやたらと感じ入っていたチョロすぎるルムのことである。
 エレと、レミと、彼自身。
 恐らく彼は、三人ぶんの命運を一人で背負い込んでいた。
 エレは彼らの主君の娘で、本物のお姫様なのだ。
 その身を守るのはルムとレミの二人だけだが、レミは戦闘要員ではないだろう。もしかしたら魔法が得意って可能性もあるが、少なくとも小屋を焼かれたあの夜は病もあって戦えなかった。ものすごい覚悟は見せ付けていたが。
 だからきっと、ルムはほっとしたのだと思う。
 自分たちのほかに、エレのことを気に掛ける人間がいることに。不幸にしてはいけないと、少なからずの手助けをする人間と出会ったことに。
 故郷を離れ、味方のいない状況で、それはどれほど心にしみたか解らない。
 ではその結果どうなったかと言うと、ルムは胸襟を開いてすっかりデレた。
 嘘だ。
 いや、嘘って言うか、デレたのはデレた。
 ただ事情が事情であるだけに、身の上を全て明かす訳には行かないのだろう。心を開くのはほんのちょっとだけにして、顔を見ればよってくるけど気安くは触らせてくれない犬のような親しみを示した。
「どうせだったら人族よりもエルフにモテたい……」
 たもっちゃんはどこか悲しげに言葉をこぼし、冒険者ギルドの扉を開く。
 ローバストの領主の城がある街は、ローバスト領の中心である。
 ホントに真ん中にあるのかどうかは知らないが、県庁所在地みたいなものじゃないかと思う。だからこの石やレンガや漆喰で整備された領主の街は、そこそこの規模を持つ古い都市と言うおもむきがあった。
 街はどこも似ているものらしく、大通りから道を一本奥へ入ると途端に道幅がせまくなる。路地と言うほどではないが、小さな馬車がどうにか一台走れる程度。冒険者ギルドの玄関は、そんな裏通りにあった。
 建物に入るとすぐに長い窓口カウンターがあり、窓口ごとにギルドの職員が常駐している。少々薄暗いほかは銀行か郵便局みたいな感じだが、ギルドは大体こう言うつくりだ。
 その、腰よりも少し高い位置にあるカウンターの前で、もしくは足元で。たもっちゃんは床に崩れ落ちていた。
 こちらへどうぞ! と呼ばれて行った窓口で、にこにこと女性職員に言われたからだ。
「指名依頼がきてますね!」
 弾むようなその声が、メガネ的には大森林が遠のく音に聞こえたらしい。たもっちゃんは古びてささくれた床を見詰めて、カタコトでうめくようにぶつぶつと呟く。
「ダイシンリン……イツニナッタラ……」
「Dランクパーティで指名依頼がくるなんて、滅多にないですよ! 凄いですね!」
「はあ、ありがとうございます」
 カウンターの陰になり、床に手を突くメガネの姿が見えないためか。職員は、うれしそうによろこんでくれた。
 彼女は親切な職員だ。このギルドを何度か利用する内に顔見知りになったが、そもそも最初の印象も深かった。
 その時はテオが一緒じゃなくて、押し売りされたアイテム袋の代金を返そうと彼の居場所を探している時のことだった。規則で居場所は教えてもらえなかったが、彼女はムリのない範囲でヒントをくれたのだ。
 あの、最初の頃の、高ランク冒険者のムチャ振りに疲れて目とか死んじゃってた感じ。なかなか忘れがたいものがある。
 のちにテオと一緒に立ちよった時には、ちゃんと会えたんですね! とほっとしたように言って「テオさんなら別に大丈夫って書いてますから!」などと、我々のデータをまとめた書類を見せて教えてくれたりもした。
 心温まる交流である。
 指名依頼は比較的割のいい仕事なのだそうだ。つまり、嫌がる冒険者はほとんどいない。
 だから指名依頼がきていることを、彼女は多分本当によろこんでくれている。ただ、メガネ的にはタイミングが悪いってだけで。
 女性職員はほほ笑んで、メガネに代わり雑に相づちを打つだけの私に書類を差し出す。
「詳しい依頼内容はこちらの依頼書をご覧ください。それと、これは高ランク冒険者のみなさんにお願いしているんですが……もし不都合がないなら、商隊の護衛をお願いできないでしょうか」
 高ランク冒険者だと、うちにはテオの一人しかいない。お願いの部分を伝える職員の申し訳なさそうな顔に、彼は片手で自分のあごを触りながら問い返す。
「一応聞くが、強制依頼か?」
「いえ、そう言う訳ではないんです。ただ、最近できたほかの支部から応援要請がきていて。商人グループが幾つか集まってシュラム荒野を抜けたいらしいんですね。護衛としてCランクまでならそれなりの人数が集まったとの事ですが、できれば冒険者のまとめ役が欲しいと」
「シュラム荒野を? 抜けてどうする」
 あんななにもない場所を、とテオの口ぶりにはにじむものがあった。
「あそこにもダンジョンができましたからね。産出品を運ぶ場所によっては、あちらに抜けた方が都合の良い事もある様です」
「成程。だが、あの辺りに手強い魔獣がいるとは聞かないが……」
「いえ、それが。ムルデ砦の周辺に盗賊が出るとのことで。はっきりとはしないんですが、結構大きな集団との報告もあって」
「護衛もそれなりの規模でないと、か」
 テオは難しい顔でうなずいて、盗賊征伐に兵は動いてないのかと問う。しかしムルデ砦と言う場所は別の国に位置するらしい。距離が離れていることもあり、正確な状況は正直よく解らないそうだ。
 そんな不確かな状況で冒険者を送り込むのは忍びない。でも依頼は依頼だし、ちゃんと戦力を整えないとかえって危険が増すことになる。
 申し訳ないです。
 いや、そちらも大変だな。
 みたいな感じでカウンター越しに話す二人をそのままに、私は依頼書を手にして床の上に屈んだ。そして妖怪ダイシンリンイツニナッタラと化したメガネにその紙を見せた。
「たもっちゃん、そろそろ人間界に復帰して。大丈夫だから。どっちにしても大森林は行くことになるから」
「あ、ほんとだ」
 依頼の内容を文字で見て、妖怪メガネは瞬間的に人間に戻った。
 私に追加実装されたテキスト翻訳が確かなら、依頼は大森林での素材採集。具体的には、保湿クリームのもとになる木の実をこれでもかと集めて王都へ届けることだった。
 ただし、依頼主の名前は某ヴァルター卿の関係者であるマダム・フレイヤになっている。多分だが、お歳暮の代わりに渡してその後追加注文を受けた例のクリームが底を突いてきたのに違いない。
 だとしたら素材そのままではなくて、保湿クリームに加工して届けることになりそうな気がする。ではなぜ遠回しに、素材採集として依頼してきたのか。
 それについては大体の感じで、たもっちゃんが察した。
「化粧品に加工してって依頼にしちゃうと、ほかのギルドがうるさいのかも知れないねぇ」
「あー、そう言う。住み分けの話?」
 この世界ではそれぞれの分野に特化して、様々なギルドが存在するのだ。
 冒険者相手に素材の採集だけならともかく、保湿クリームの製造まで依頼してしまうとどう言う了見だと殴り込みとかがあるのかも知れない。コスメ関連のギルドから。
 あれでしょ? 筋骨隆々とした美容家とかが高級化粧水のビンで襲ってきたりするんでしょ? みたいなテキトー極まりない話をメガネと二人でしていると、テオとギルド職員のほうも話がまとまったようだった。
 その結果、テオは大森林へは一緒に行かずここで一旦別行動すると言うことになった。
「Aランクを頂く冒険者として、頼られたなら応えねば」
「義によって助太刀する感じなの?」
 私には大変な仕事をていねいに押し付けられたようにしか見えないが、高ランク冒険者とはその辺も含めて責任の伴うものらしい。
 そうか、じゃあ元気でな。と我々があっさり手を振ると、テオはものすごく不安そうな顔をした。そして、絶対あとで迎えにこいと割と必死に念を押された。

つづく