神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 226

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お祭り騒ぎと闘技場編

226 謎の球体

 シュピレンのナワバリ祭りは渡ノ月に開催される。
 その事実を知ったとき、私だけが一瞬あわてた。
 なぜそんな特殊な日程で開催するのかと言いたくなったが、よく考えたら渡ノ月は毎月あるので別に特殊な訳でもなかった。ただ単に、我々が向いてないと言うだけで。
 すぐにメガネがこの街で渡ノ月をすごしてもへーきへーきと言ったので、この心配はほんの短い時間のことだ。我々のへーきへーきは全然平気ではないと判明したばかりだか、今度は本当だと信じたい。
 その大丈夫な理由としては街の下にはなにも埋まっていないから、と言うことがある。
 我々が渡ノ月をやりすごす場所を選ぶのは、地面の下に悪魔的なものに汚染された巨大魔獣が埋まった場所で天の加護が弱くなる渡ノ月を迎えてしまうと、その魔獣が地中から目覚めて周辺に災害のような被害を出してしまう。そんなバグをかかえているためだ。
 だから街の下になにもないならそれで充分助かるのだが、このシュピレンに限ってはなにも埋まっていない代わりに謎の地下空間があるらしい。
「なにそれ詳しく。謎の地下空間とかあれでしょ多分。謎の遺跡や財宝とかがあるんでしょ。ざっくざくなんでしょ」
 そんな感じで思わずわくわく食い付くと、その正体は街より巨大な農地とのことだ。
 たもっちゃんがしれっとガン見したところ、シュピレンの下に隠されている空間は地上の街より広かった。
 それも下に向かって二階層になっていて、不思議と明るく温度も一定。水が豊富にわき出す泉がいくつも点在し、作物や家畜を育てられる環境がこれでもかと整っている。
 砂漠の街でありながら市場に行けば新鮮な作物が安定的に流通していると言う謎は、この辺に秘密がありそうな気がする。金属バットみたいなおイモおいしいよ。
 ただしその農業空間は、街の住人だけの秘密と厳しく定められていた。
 地下の農地も水源も、住人たちの生活を支える重要な基盤だ。外部の人間に荒らされたら困るし、水については地下からくみ上げ売り歩く専門の商売もある。
 そこはかとない利権の香りを感じもするが、住人たちの大半は「なんか知らんが昔からあるし、超便利」くらいの感じで地下資源を活用しているようだ。
「まぁ、一階二階にモンスター出ないってだけで、実際はダンジョンの一部みたいなんだけどね」
 じゃなきゃあんな不可思議空間できないよねと、たもっちゃんは街の人さえ知らない事実を食材を仕込む片手間に明かした。
「何かー、地下二階の泉の底に隠し通路が埋もれててー。そっから下は普通にダンジョンなんだけど、それ誰も知らなくてダンジョンだって気付かれてないだけみたい。まぁ逆に、上の二階層だけモンスター出ないのがそもそも変わり種ではあるんだけどね」
 たもっちゃんは恐らく、誰も入ったことのない前人未到のダンジョンの話をしているはずだ。少なくとも隠し通路の先については。
 しかしそのテンションはなんだかすごく落ち着いて、俺がそのダンジョンの全貌を暴いてやるぜって感じもしない。
 半分に割った恐怖の実の殻をボウル代わりに小麦粉と水、ダシや塩など調味料をぶち込んで、がしゃがしゃまぜるメガネの姿を私は信じがたく見た。
「たもっちゃん、どうしたの。ファンタジー要素を求めてやたらとダンジョンにもぐりたがるお前はもうどこにもいないとでも言うの」
「いや、ここの農地に入れるの地元の人だけだから。それだって許可制で、どっかの一家に認可してもらわないといけないみたい。俺は多分無理なんだよね。それにさ、下にダンジョンあるって解ったら冒険者ギルドも出てきちゃうだろうし。そうなったらどうしてもこれまで通りって訳には行かなくなるでしょ。お百姓さんに迷惑掛けるのは駄目よぉ」
「突然の包容力」
 時刻は明けがた、日の出前。
 場所はブーゼ一家の屋敷の庭で、巨大なセロリみたいな赤い野菜を取り出しながらメガネは良識のありそうなことを言う。
 ジャンボセロリはほとんど人の背丈ほどもあり、茎は内側へ湾曲していて根元の辺りを輪切りにすると三日月のような形になった。
 真っ直ぐ長いその茎は先へ行くほど細くなり、先端にはわしゃわしゃと細かく縮れた赤っぽい葉っぱを着けている。色はともかく形としては、完全なるセロリだ。
 さすがに持ち運びに困るので市場でも適当に切って売っているものを、たもっちゃんが変な野菜だとテンションを上げてそのまま買ってきたものだ。
 根元の輪切りは大きめのメロンをくし切りにしたような大きさで、これをさらに細かく刻んで先ほどの生地にまぜて行く。色が色だけにその様は、もう紅ショウガ的ななにかにしか見えない。
 しかも異世界の小麦粉は、味は地球と変わらないのに色合いだけがミントブルーのトリッキーさを秘めていた。秘めていると言うか、見たまんまだけども。
 ミントの生地に紅ショウガがまざったようなその光景は、地球生まれの私にするともうなにも解らない。頭では大丈夫だと解っているが、心が受け入れを拒否してしまう。
 そうする間に空は夜の色から朝の色に変わり行き、薄く広がる雲の部分に不思議にピンクの朝日の光が映り込む。
 まだ地上は薄暗く、屋敷と壁に区切られた四角い庭もまた暗い。
 そんな中、先日買った丈夫なランタンの明かりを頼りに忙しそうに進めているのは今日から始める屋台の準備だ。
 アイテムボックスからテーブルを出し、三つほど並べて料理の仕込みをするそばに改修済みの屋台があった。傷んだ板を引きはがし、ぐらぐらとする柱の部分も取り換えたのでもはや改造と言うべきって気もする。
 板壁の中に隠された棚をかねた作業台も補強され、シュピレンの街の屋台用に作られたコンロが設置されている。ただし今回採用したのは業務用と言う感じではなく、丸い五徳が二つ並んだ普通のコンロっぽいものだ。
 その五徳の上にはもうすでに、たもっちゃんが街の鍛冶屋に特注で急いで作ってもらおうとしたけどイメージがあまり伝わらなくて断られるか時間が掛かるとしぶられてそんなの待ってられっかと自分で再び砂漠まで行って砂を魔法で造形しつつぐいぐい固めて鋳物の型を用意して鍛冶屋の工房まで戻り「お前マジか」みたいな顔のおっさんに溶かした鉄を流し入れてもらって、やっと作り上げた鉄板があった。
 なんか長いのでまとめると、鍛冶屋との意思疎通に失敗しカッとなったメガネが自分で型を用意してなんだかんだで完成した特注の鉄板がここにある。
 ちなみにこの猛暑の中を一人で行動し一人でぶっ倒れることを心配したメガネに連れ出され、我々も砂漠まで行くことになる。ヒマだった。昼間の砂漠は太陽熱を蓄積し、棒倒しもままならぬ。
 そうしてできた特注と言うか、ほとんどメガネが作った鉄板は確かに奇妙な形状だった。
 燃料コンロの形に合わせて鉄板は丸く、フライパンの形に近い。ただしフライパンと違うのは、その一面にぽこぽこと半球状のくぼみがいくつも付いていることだ。
 ハニカム構造みたいな感じで互い違いに最大数を配置した、丸いくぼみに適量の生地と適度な大きさの具を入れてぐるぐる回しながらに焼いて行く。
 タコ焼きである。
 しかし中身はタコではないので、謎の球体焼きである。
 たもっちゃんは屋台をのちのち素人のおっさんに任せることを考えて、できるだけシンプルな商品をと考えた。
 だが同時に商売として成立させるには、長く売れ続けなくてはならぬ。
 それを踏まえて最終的に、たもっちゃんは日本ではありがちなタコ焼きの屋台に行き着いたらしい。
 その主な理由としては、材料は容易に手に入る食材ばかりでありながらあの球体を作るには特殊な鉄板が必要になりこの異世界の家庭ではなかなかまねができないためにおもしろがって買ってくれるかも知れない。そんな底の浅いマーケティング戦略があった。
 いや、私は底が浅いと思うんだけど、もうなにも解らない。
 前にこの話をしていたら、俺の必死のアイデアを底が浅いってなんなのと。涙を浮かべた繊細メガネがショックに崩れ落ちたことがある。屋台の仕事が成功するか失敗するか、プレッシャーにやられていたのかも知れない。
 そのあまりに情緒不安定な様子に、出荷間近でもはや人に構っている場合ではないはずのテオが、メガネの背中をさすってやりつつ人でなしを見るような視線で責めてきた。
 ちょっとメガネ泣いちゃってんじゃん謝ってよね。みたいな空気が出てきたところでレイニーが、「見ているだけで何もしていない人が文句ばかり言うのは良くないと思います」などと言い出し完璧な学級会が始まった。
 なんだこれはと思ったが、始まってしまった学級会から逃れるすべなどはない。あと、こうなるとさすがに私が悪かった気もする。
 ぽかんとした子供と試作品の球体焼きを延々と食べ続ける金ちゃんの、ピュアな視線を受けながら私はごめんなさいもうしませんとエア教室の真ん中で反省と謝罪を強いられた。

つづく