神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 360

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過去を訪ねてラーメンの旅路編

360 深い水底

 結局、テオからガン見のスキルについて苦言や指摘を受けることはなかった。
 今さら言っても我々の卑劣さが変わることはないのだとあきらめられてしまっているのかも知れないし、必要悪と言う言葉について深い思考の海に飛び込んでしまいなにもかも面倒になっているのかも知れない。
 まあ、それはそれとして。
 色々とかかえ込み考えすぎていてガン見でプライベートを侵害してもなにも解らないレミは、食堂の仕事が落ち着くと我々のほうへやってきて言った。
「それで、なにかご用でしたか?」
 ばれとる。
 こっそり様子をうかがって、あわよくば情報を抜き取ろうとしていた我々の行動がなにもかも。
 男性にしては線が細く優しくて、どことなく品のある顔面を薄く笑ませて向けてくるレミに、私は反射的にそんなことを思った。
 だが、そんなはずはない。
 たもっちゃんと私には、鑑定スキルが効かないらしい。一回死んで、どうやら神の御力で作り直されているためだろう。
 だからメガネのガン見についてもこちらが自分で申告するか、ぼろぼろと情報をこぼしすぎて怪しまれるまではバレようがないのだ。
 恐らく彼は単純に、昨日からずっとなにか言いたげにちらちら見てくる我々にしびれを切らせただけだったのだろう。
 なんだかレミのほほ笑みが底知れないように思われたがゆえの、完全に被害妄想だった。
 しかし、それはあとから冷静になって思えばの話だ。
 この時は「やべっ、バレた!」とすっかりあわて、いや違うの変なことは考えてないのそんなには。と、十割の言い訳で取り急ぎガン見とガン見で解ったこと以外。彼らの故郷に行く計画について、ほぼほぼ全部するっと吐いてしまった。
 墓穴を掘るとは恐らくこんな感じだとは思うが、人間、自分がまあまあロクでもないと自覚があってその上うっかり動揺すると判断力などなにもないのだ。
 こうして我々に秘められし魂胆を大体全部知ることになって、レミは頭が痛いと言うふうに手にしたトレイで顔を隠した。
「そんな悪乗りで何と言う無茶を……」
「あっ、辛辣だ」
 レミレミやっぱ慇懃な正論で人をぶん殴るタイプなんだなと、たもっちゃんと私は変に深い納得でうなずく。
 すると、レミは少し遅れてはっとして、ゆるく束ねた長髪を揺らしてきょろきょろと食堂の中を見回した。
 クマのジョナスが経営しているこの店は、元々酒場と宿屋をかねていた。そして近年行政と言うか事務長により、増築された一階部分の食堂だけが平たく広くなっている。
 その入り口辺りにはジョナスが変な気を使い設けたフィンスタ殺しの祭壇があり、フィンスターニスの討伐で破損した私の初心者ナイフや魔獣の水分でべろべろにふやけたブーツ、そしてその件とは全く関係ないながら私が作ったと言うだけの理由で見る者にどうしようもなく不安を抱かせるエキセントリックなステンドグラスがまだ飾られているのだが、それはとりあえず今はいい。
 まだ午前中であり、お昼には間がある時分のことで食堂にも客の姿はあまりなかった。
 大型オーブンの件でわざわざきたらしい事務長も、忙しそうに帰ったあとだ。
 この国の冬は、徴税の季節だと聞いている。
 ならばきっと事務長が、誰よりも輝く季節なのだろう。忙しいのもムリはない。
 事務長が帰る前にはローバストにいるのなら領主ご夫妻に新年の挨拶をしにこいとついでに言われ、二ノ月ですけど大丈夫ですかと問い返したら新年の挨拶は二ノ月のものだとあきれられてしまった。
 新年は一ノ月から始まるが、一ノ月は秋であり狩猟や収穫で立て込んでいるので全部二ノ月以降に持ち越すことになっているらしい。
 これもいつか聞いたような気もするが、なにもかも記憶の闇の中である。
 とにかく。そうして大型オーブン搬入部隊が早々に仕事を終えて解散したために、食堂の中にはほとんど我々だけだった。
 けれども、ほかに全く人がいないと言う訳ではない。
 カウンター席の奥にある厨房ではジョナスがこれは聞いていい話なのかと困り切って耳をびこびこ伏せてるし、増築と共に作られた新しいほうの厨房の中では修行中のパン職人が入ったばかりのオーブンでパンを大量に試し焼きしている。
 しかし、レミが気にしていたのはエレだ。
 レミとルムが大切に守る主君と呼ぶべき少女の耳に、この話が届いてしまうのをまるで恐れているかのように。
 エレもレミと一緒に働いているが、今は食堂の中に姿はなかった。
 金ちゃんとじゅげむが表で村の子供たちと遊んでて、子供たちのためにと顔をキリッさせたレイニーが自分のぶんも含めたおやつを私から巻き上げて持って行くのにくっ付いて、飲み物を運んでくれている。
 それからまだ戻っていないので、多分一緒に食べてるか子供の相手をしているのだろう。
 食堂の中を見回してそのことを思い出したのか、レミは明らかにほっとした。
 そして、我々を困ったように見る。
 このタイミングでジョナスがぶ厚い左右の前足を手を打つようにぼふんと合わせ、「ちょっとオーブン見せてもらってくらァ」と、大きな体でのしのしと厨房を出て席を外した。
 レミは完全に気を使わせた緑のチョッキをちんまり着けたクマの背中に頭を下げて、我々を厨房の中へと手振りで誘う。
「おれも良いのか?」
 これから込み入った話が始まると察し、厨房に入るのをためらうテオにレミは薄く笑んで片眉を上げる。
「この人達を止めるとしたら、貴方の他にはいないのでしょう?」
 なるほどと言うほかにない説得力がある。

 ジョナスの厨房とカウンター席の境には、閉店後の目隠しのためかカーテンめいた布が設置されていた。
 レミはこれを一時的に垂らして、外の視線をさえぎってから「大した話ではないのですが」と断りながら我々を防音の障壁で囲う。
 なんとなくレミには魔法を使うイメージがなくて少しおどろいてしまったが、貴人のそばに仕える身には防音などの魔法は必須の素養なのかも知れない。
 レミは厨房の丸椅子を我々に勧め、自分は調理台にもたれて腕を組む。そして「この寄る辺ない身の上に薄々察しておられるでしょうが」と前置きの上で語り始めた。
「私達は国を追われてきたのです。もう、戻る事は叶わないでしょう。国の情勢も、どうなっているのか。離れていますからね、ここは。……離れる様に、努めてきました」
 ふ、と静かにレミが息を吐き、それでやっと私にもなにか張り詰めたものがあったのだと解った。
 しかし彼はまるでなにかを打ち捨てるように、奇妙なほどにあっさりと続ける。
「ですから、あの国で私達は恐らく裏切者です。あの時、選択の余地はありませんでした。けれど、国を捨てたのは事実です。そう言う者を、民は決して忘れない。どうしても行くと言うのなら、私達と少しでも関わりがあるのだと不用意に知られてはなりません」
「でも、それだとレミの知り合いとかにも会えなくない? 無事を知らせたりさー、もしきたい人がいたらさ、連れてきたいじゃん」
「簡単に言ってくれますね」
 レミは優しい顔を苦くゆがめてメガネを見るが、そのメガネはあっけらかんと「だって簡単なんだもん」と座った丸椅子に手を突いてガコガコ揺らしながらに答える。
「知ってんでしょ。ドアのスキル。レミも前に使った事あったでしょ。俺は、あれがあるから人とかすぐに運べるよ。条件はあるけど、割とどこにでも行けるし、人だって運べる。まぁ、うん。自重は、ほら。したいなって思ってはいるけど、でももしレミが信用できる人がいて、その人もレミ達の所へきたいって言うなら、全然普通に呼べるんだからね」
 だから、遠慮とか、危険とか、レミが思うよりずっと少ないはずなんだ。
 ヒマで仕方ない休み時間の小学生みたいに、たもっちゃんは無意味にイスをガコガコさせてそんなことをつらつらと告げた。
 レミは、たもっちゃんのそんな言動に虚を突かれたようだった。
 息をするのも忘れた様子でじっとメガネの顔を見て、ある時やっと深い水底から浮き上がり水面に顔を出したみたいな感じで大きく息を吸って吐く。
 そんなふうに息を詰め、レミがなにを思っていたのかは私たちには解らない。
 たもっちゃんから軽率に出てきた力業の提案に、レミは返事らしい返事をしなかったからだ。
 その代わり、メモ用紙くらいの葉っぱの紙にペンとインクでさらさらと、おすすめの食事処や宿屋の名前を書き出してくれた。
 とめはねはらいのしっかりとした優美なタテ書きのその文字は、漢字に似ていながらに全く見たことのない異世界の言語だ。
「この宿ならば格式もあるし、融通も利くはず。店の者にこの紙を見せれば、食事処への道案内もしてくれるでしょう」
 そう言って、にっこり笑うレミに押されて我々があざっすとメモを受け取ると、この話はなんだかそれでおしまいになった。

つづく