神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 198
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テオ捜索回収編
198 岩盤の台地
ツヴィッシェンの国土を取り囲む台地は、言わばエアーズロックが壁のように延々と連続して存在するようなものだ。
と、私は思っていたのだがエアーズロックは巨大だが思うほど垂直の岩ではないらしい。
たもっちゃんの解説によると、南米のギアナ高地に近いのではないかとのことだ。切り落としたようにストンとした見た目がそっくりだそうだ。こだわりが細かい。
とにかく、ツヴィッシェンとその周囲。いくつかの国や遠慮なく広がる砂漠との間には、高く固くむき出した岩盤の台地が天然の防壁のように存在していた。
これは外部からの侵攻を防いだが、同時に旅人や商人の足も阻害する。
ぶ厚い台地に切れ目が入り谷となり、旅人が通り抜けられるムルデ砦が例外なのだ。
だとしたら、それ以外の場所ではどうするか。そんなのは、どこまでも続く岩石の壁が切れるまで地道にぐるりと遠回りするしかないだろう。
――と、思い込んだ私はどうやらとんだ素人らしい。
では、プロの現地人がどうするか。
むりやり壁を越えるのだ。
「人間ってもしかして不可能なくない?」
私は思わす呟いた。
ツヴィッシェンの台地は高い。
多分だが、特撮映画の怪獣でさえも踏み台なしではきっとよじ登れないに違いない。
そんな巨大な高層ビルのような岩盤に、異世界の人々は倦まず挑んだ。太い丸太を熱意と執念でがっちり組んで、大掛かりな橋をかけたのだ。
つづら折りとでも言うべきか。
坂になった木の橋が、巨大な台地の上に向かってあちらこちらで何度もぐねぐね折れ曲がりながら伸びている。
「これ何てプロジェクト」
「これなんてプロフェッショナル」
地上で輝く星をたたえて歌えばいいのか。
切り落としたように垂直で、ちょっとした山のように台地は高い。誰だ。ここを登ろうとか最初に考えたやつ。
およそ選ばれしアスリートでも困難なこの道を、人間は技術を凝らした巨大建造物で攻略したのだ。
たもっちゃんと私はその壮大さに口を開け、語彙を失いふええと見上げた。
「どこの田舎者だいアンタ達。順番がきたよ」
タテ方向に伸びて行くでっかい橋に圧倒されて、足が止まっていたようだ。
人買いの女があきれたようにそう言って、首をほとんど真上に向けたメガネや私を歩かせる。背中をばしばし叩く感じが完全に出荷。
でも違う。我々がドナドナと並ばされ、橋のたもとへ向かって進むこの列は出国手続きのものだった。台地の向こうは国外なので、ここで一回手続きを取るとのことだった。
危ないところだった。
ムルデ砦を岩盤詰めにする時に、ちょっと好奇心が出て砦の中を覗くついでに世間話と入国手続きをしていなかったら入国してない我々が先に出国してしまうところだ。
ただ、それが問題になったかどうかは解らない。入国も出国も、我々の場合は提示したギルド証の情報を兵士が紙を束ねたなにかのリストに控えるだけだ。
しかもこの大きな橋のふもとでは、兵の詰め所に古いリストが山積みにされているのが見えた。色々と粗い。もしかしたらなにか問題でもない限り、リストの名前を照らし合わせて確認することはないのかも知れない。
税関仕事してねえなと言う気持ちになるが、橋のふもとの検閲は人買いの二人が大体対応していたために我々に関してはゆるかった。商品だと思われていたような気もする。
また、数日前についでに通った砦の場合は我々がほとんど手ぶらでいたことで、調べることがそんなになかったのだと思われる。
荷物狙われたらやだなと思ってアイテムボックスにしまい込んでいただけだったが、あまりに装備が脆弱なのでそんなんで大丈夫かと砦の兵士に心配されてしまったくらいだ。
なぜなのか。
その、人を気づかう心を持っていながらに、なぜ盗賊と手を組み卑劣な略奪行為に加担するのか。複雑な思いをいだかざるを得ない。
また、考えてみると、陸路で、正式に。ちゃんと国を出入りするのは、地味にこれが初めてだった。
前に空から密航的なことならしたが、あれは……こう、不可抗力だったのだ。多分。
とにかく都合二度目になってもこれが異世界スタンダードなのかこの国だけなのか解らない雑な税関のチェックを終えて、我々は人買いの馬車に乗り込んだ。
馬車はすぐに走り出し、幾重にも折れ曲がる巨大な橋をぐいぐい進んでどんどんのぼる。異世界のウシの足腰がお強い。
徒歩か、のんびりとした謎馬の足だと、普通はこの橋を上までのぼるのに一日くらい掛かるとのことだ。のぼってる間に夜になってしまった時には、橋の途中に何ヶ所か平らに広く作られた場所で休めるようになっている。
人買いの、むきむきとした二頭のウシに引かれた馬車の場合には、昼近くからのぼり始めて日暮れ前には台地の上に着いていた。異世界のウシは足腰が強いだけでなく、割と俊敏なようだった。頼もしい。
馬車は橋を渡り終えると、台地に上がってほどなく止まった。御者台から人がおり、足音がぐるりと後ろへ回り込む。
「今夜はこの辺りで野宿だよ」
格子のはまった荷台の扉を外から開き、人買いの女がそう告げた。
体をばきぼき伸ばしながらに荷台からおりると、なにもない、ほとんど平らな台地の地面が向こうの端まで見通せそうに視界いっぱいに広がった。
もちろん、多少はぼこぼこ波打っているし、ところどころで地面の岩がひび割れて深い溝が縦横に走る。
このままならさぞや歩き難いのだろうが、それは橋から続く遊歩道のような木の道で問題なくカバーされていた。この道にそって進んで行くと、二日か三日で台地を横断できるとのことだ。結構掛かる。
バイソンの男はウシを休ませるために馬車から外し、袋から出した干し草と水を与えようとしていた。たもっちゃんはその辺でいそいそと料理の準備を始め、テオはそれを手伝うようだ。
振り返ってみると、馬車のとまっている場所は台地の端にほど近い。台地の地面は少し先でなくなって、そこからは遥か下まで落ちくぼみ崖のようになっている。
ここより高い位置にはなにもなく、夕日の色がまざり始めた空だけがあった。眼下には目の眩むような高さの崖に囲まれた、窪地の森が遠く霞んで沈んで見える。
おどろくほどに風景が深い。
ぶわーって。いやほんと、ぶわーって。
「絶景かよ」
またも私は圧倒されて、ふええとなって景色を眺めた。
「えっ。あの橋、使用料いんの?」
それを知ったのは夕食の時だ。
奴隷となったテオと合流二日目にして、食事はすっかりメガネの担当となっていた。
人買いたちが干し肉とめためたに硬い試練パンで質素に食事を済ませる横で、自分たちだけできたてほこほこの食事を取るのは気が引ける。みたいな気持ちも当然あったし、食事でごりごり恩を着せてたらテオ売ってくんないかなとの下心もあった。
食事のたびに交渉は一応しているが、今のところは「先約があってねぇ」と軽くかわされ手応えはない。そもそも彼女らが妙に先を急いでいるのも、その「先約」の意向あってのことらしい。
我々も普通にテオを買おうとしてるのが感覚狂ってきてる感じはするが、変な所に売られるよりはマシではないのかと言う思い。ただ、食事のたびに売ってくれよと交渉するのをテオはいつでも微妙な顔で聞いていた。
この台地にのぼってくるためのあの巨大な橋の使用料については、そんな話のついでに出てきた。
たもっちゃんは一体いつから知っていたのか、ねーねーいくらだった? とか聞いて、私もやっとそのことに気付いた。
これは私がうっかりしすぎた。
そりゃそうだ。こんな巨大建造物を維持するだけでも大変なはずだ。高速道路みたいなものだ。利用料も発生するわ。
人数に応じて発生するそれを、今回払ってくれていたのは私たちの同行をしぶしぶ許した人買いたちだ。
ウエスタンとアクセサリーで武装した女とうちのメガネが返す返さないで軽くもめ、最終的には「ま、食事代とでも思えばいいさね」と女が言って話が終わった。
確かに食事は勝手に作ってふるまっているシステムで、代金などはもらっていない。
正直なところ食事代よりテオを返してくれると助かるが、あちらとしてはそうも行かないようだった。利用料の支払いは、せめてもの気づかいか借りを作らないためらしい。
今日の夕食はふわとろ謎卵のオムレツをケチャップライスの上に乗っけたオムライス。それと謎野菜たっぷりのスープだ。スープはテオが魔女のようにまぜていた。
たき火を囲んで夕食の席に着くのは人買い二人に、調理主任のメガネとその助手のテオ。キリッとした顔でオムライスを見詰めるレイニーと私。そして反抗期を終えた金ちゃんと、金ちゃんの膝にちょこんと座った小さめの子供だ。なんか、いつの間にか増えてた。
つづく