神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 346

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

346 野生の魔獣

 野生の魔獣であるネコに求められるまま肉を焼くだけの彼らは、飼い主と言うより下僕とでも呼ぶのが適当かも知れない。
「なにそれすごくネコっぽい……」
 逆に嫉妬の感情が芽生えた私の呟きは、特に誰にも拾われることなく川の流れる音にまぎれた。
 エルフたちに連行された二人組の薬売りをまじえ、我々は川原に起こしたたき火を囲む。さすがにまだ立ち直っていないので、場所はできるだけ水から離れた森に近い辺りだ。
 ミオドラグはすでに痩せぎすの従者――この男をクンツと言うが、彼によってきりきりとびしょぬれの衣服を身ぐるみはがされ、そして彼が背負った荷物から魔法のように現れた新しい服を着せられていた。
 魔法って言うか恐らくただのアイテム袋だが、従者はさらにフェルトみたいな硬めの毛布を取り出して主人の丸い体をぐるぐるに巻いた。荒ぶる過保護の気配を感じる。
 その上でたき火の近くに置かれているので、ミオドラグはちょっと暑そうなくらいだ。
 その顔に巻き付いていた覆面はもうない。
 我々が水から助け上げた段階で、ぬれた布を顔に巻くのは危ないだろと引きはがしてしまった。
 こちらもなるべく見ないようにはしていたのだが、ミオドラグの素顔を見ても特に騒ぐでもない我々に覆面がなくてもセーフだと彼らは判断したようだ。美しい誤解。
 火の周りにはテオやエルフもぐるりと円になるように座り、我々はミオドラグをあたためると同時に反省を込めて事件事故両面からことの概要を整理しているところだ。
 そうして全員で車座になって現場に居合わせた目撃者の証言をまとめると、実際に起こったことはシンプルだった。
 ぬるりと出てきたネコの魔獣にミオドラグがおどろき、こけて、うっかり川へ落ちたのが全てだ。
 つまり、ネコはなにもしていない。
 ちょっと急に現れただけ。
「ネコチャン悪くない……ネコチャンはなにも悪くない……」
 ミオドラグの川流れは見てるだけでも恐ろしかったがそれとこれとは話が別と、私はとりあえず全力でネコ様をかばった。
 それにちょっとうんざりと、たもっちゃんが首を振る。
「リコはちょっと黙ってなさいよ」
「なんで」
 なんの権利があって私を話の輪から外そうと言うのか。ネコ様を闇雲にかばいすぎるからか。そうだとしたらぐうの音も出ない。
 そこへ、別に飼い主ではないのだが無関係でもないネコ様の下僕、薬売りが深刻さの足りない感じで口をはさんだ。
「まぁ、魔獣っすからね。肉食の。驚かれるのも解るんすけど、でもあいつ、生肉食わないっすよ」
「えっ……野生とは……」
 野生動物は殺したての獲物をごりごりそのまま行くものではないのか。いや。それがいいとか悪いとかの話ではなくて、なんかそう言うものではないのか。
 思わずおどろく私の声に、もう一人の薬売りがうなずくようにしながら答える。
「狩りはするんっすけど、その肉を持ってきて焼かせようとするんすね」
 その薬売りは背負った商売道具の木箱の横へ、大きくもなく小さくもない半端なサイズのフライパンをからんころんと吊るしてあった。もしやこれがネコ様用の……。
「えっと……焼いたたんぱく質はよいものだから……」
「だからリコは黙ってなさいって」
 どうにかネコ様をフォローせんとする私の肩に、やはりメガネが手を掛けてそっと後ろへ押しやった。どうしても話のジャマらしい。
 仕方がないので引き下がり、私は最初から話に参加していないレイニーや金ちゃんやじゅげむの所へすごすごとまざった。
 そして密かにおやつを配り、じわじわとネコ派の味方に引き込もうとくわだてる。
 だが、この画策は失敗に終わった。
 主に密かにと言う点で。
 なぜか渦中のミオドラグまでも取り込むことに成功してしまい、結果、ネコ様の姿におどろいてざぶざぶ流れる大河にダイブし流された件は不幸が重なった事故として葬られることになる。
 そんなつもりは決してなかったが、しっかり買収した格好だ。おやつで。
 なんと言うか、ミオドラグは自分と自分の安全を安く売りすぎではないかと思う。
 しかし備蓄のおやつを勝手に配り始めた私に気付き、なにを思ったのかメガネはここのところ連日取り組んでいた冷たいお料理シリーズの最終兵器。ミルクアイスと謎のフルーツ、そして濃厚なベイクドチーズケーキが層となり甘くさわやかでこってりと、おいしいとカロリーが本気を出したバケモノアイスケーキをこのタイミングで披露してきたので完全降伏せざるを得ない気持ちも解る。
 どやあ、としたメガネのやり口がひどい。

 それが大体お昼をすぎて夕方になるまでの間に起こったことだが、アイスケーキで圧迫された胃袋の限界を気力で超えて夕食もしっかり詰め込んで就寝。
 翌朝、ミオドラグ一行やついでに薬売りも含めて全員を閉じ込める形でガッチガチに張った魔法障壁に守られ目覚めると、半分ほどはもう寝床から起き出し外にいた。
 そして透明な水がざぶざぶと容赦なく流れ行く大河で、クマ感のある金ちゃんや黒ネコの魔獣が魚を獲っているのを見ている。
「魚いんの?」
 障壁の端に開いた出入り口からずるずる這い出しながらに問うと、たもっちゃんが振り返る。
「遡上のシーズンに出遅れたやつがちらほらいるみたい」
 この会話が聞こえたのだろう。
 なにげなく視線をよこしたテオが、目をしぱしぱさせながら地面を這いずる私にくっきりと形のいい眉を器用に片方だけ上げた。
 障壁の出入り口は普通にドアくらいの穴なので、ほとんど匍匐前進みたいに這い出す意味が解らないのだろう。気持ちは解る。でもこっちは寝起きやぞ。見逃して欲しい。
 そうしてあきれたりあきれられたりする内に、元々の魚が少ないところを五、六匹の収獲で満足したらしき金ちゃんやネコがどことはなしに自慢げな感じで水から上がった。
 エルフたちがいそいそと川原の石を組んで火をおこし、たもっちゃんが顔の恐い巨大魚をさばく。
 私はアイテムボックスの中から大きめの土鍋を探し出し、その辺のエルフに水で満たしてもらった。
 ダシはどうするかなと思ったが、とりあえず小魚の煮干しを出した私をメガネが止めてさばいた魚から出たアラをお湯で洗って放り込む。これでいい感じのダシになるらしい。
 障壁で寝ていた残りの半分もにおいに釣られてもぞもぞと起き出し、ミオドラグなどは小さな目をしぱしぱさせて寝ぼけながらに這い出してきた。まるで私を見るかのようだ。
 切り身の魚を沸いたお鍋に投入し、いくらか待つと熱いおダシで白身にほどよく火が通る。
 そうして、調味料ダンジョンで出たしょう油やごまだれを好みで選び、ほろほろとやわらかい魚や、うま味を吸った謎野菜をはふはふと思うさま味わってからだ。
 朝から熱い鍋で汗をかき、シメのおじやまで食べて満腹の状態でミオドラグが言った。
「なんということ。こんな料理がこの世にあるとは。特別な調理はしておらぬと見えるのに、それがかえって食材の滋味を引き出している。なんと名残りおしい。なんと口おしい」
 ミオドラグは鍋を食べるのに使った器をクリームパンみたいなふくふくの両手で包み込み、空になったその中を悲しそうに覗き込んでぽろぽろと泣く。
 なんなのかと思ったら、そろそろ我々といるのはやめにするとの別れ話だった。
「昨日のことで身にしみた。わたしに大森林の奥地は手にあまる。それも、これからもっと森の奥へと進むのだろう? 興味はある。料理も食べたい。けれども、わたしは命がおしい。護衛との契約も、もっと森の浅い地域の探索として結んだもの。本来ならばこんな奥地まで付き合わず、もっと早うに見限られても文句を言える筋合いではなかった。悪いことをした。さすれば、ここで別れ」
「あ、うん……」
 なんだか苦渋の決断めいてつらつらと語るミオドラグのそばでは「ご立派です」みたいな顔で主人を見詰める従者のクンツと、複雑そうな、ほっとしたような冒険者たちの姿があった。
 この川は大森林の間際の町にある森の入り口からすると、結構離れた場所になる。
 大森林全体で言えば深層部にはまだまだ遠いが、矮小なる人間が覚悟も準備もなく踏み込むにしては結構厳しい環境のようだ。私はメガネに付き合うだけで、よくは解らんが。
 食欲と好奇心に逆らえず従者や護衛をこんな所まで連れてきてしまったミオドラグだったが、致命的に取り返しの付かない事態になる前に人の雇用主としてどうにかその責任を思い出したらしい。
 ぽっちゃり丸い体を震わせて涙ながらに別れを告げる青年に、たもっちゃんは「えっと……」と掛ける言葉を探す。
「残りの食券、どうする?」
「いんすたんとらぁめんでもらう」
 なんか、それは即答だった。

つづく