神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 349

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お家とじゅげむと輝かしき推し編

349 くさむしる

 レイニーがいるからそんな酷いことにはならないような感じもするが、天使は人を直接助けない。
 だとすると、主な引率役は私と言うことになる。
 大森林で、頼れるのが私。
 不安しかない。
 大森林、危ないからなー。草むしるだけっつってもなー。どうかなー。
 少し考えるだけでもそんな心配が尽きなくて絶対に連れて行きたくなかったのだが、大人の指示を待つだけでなく自分から仕事を探せるタイプのじゅげむは思いのほかに強情だった。
 絶対に付いて行くと言う強い意思で私をぴったりマークして離れず、最終的には足にしがみ付いてきてコアラのようになっていた。
 なにがそこまでさせるのか。
 これはこれでかわいいのだが、じゅげむを装備した右足だけが動かしにくい。
「生肉って、重たいね」
「リコ、子供。そこは子供って重たいねって言っとこ、リコ」
 なるほどな。
 言葉一つでただの生肉の重みから、子供の成長を感じさせるもの言いになる。
 たもっちゃんの指摘に感心しながらうなずいて、じゃあもう今日は里でおとなしくしてようかなと思ったらそれはそれでダメらしい。
「くさむしるううう」
 もはやよく解らない鳴き声みたいになってるが、私の足にしがみ付くじゅげむの主張はダイレクトだった。
「じゃあさ、俺も付いて行こうか?」
 危ないことがあったとしても、俺がいればなんとかなるやろと。
 名案とばかりにメガネがぽんと両手を打つが、それもまたすぐさま拒否された。
「だめ!」
「何で」
 切れ味鋭い子供の拒絶にメガネが床に突っ伏して、一段低い土間にまでどろんとこぼれ落ちそうになる。
 なぜ人は、子供の言葉に一喜一憂してしまうのか。そこに正直な輝きがあるからか。
 どうやらじゅげむの主張としては、メガネはメガネで予定していたお仕事をちゃんとやらなくてはいけないらしい。水で煮た豆をペーストになるまですり下ろすなどの。
 だから私も里に残ってサボることは許されず、ちゃんと森へ出掛けて行って売れる草をむしらなくてはならない。
 そしてじゅげむは私に同行し、草をむしるお仕事を手伝う。
 どうやら、それ以外のプランは認めないことになっているようだ。
 じゅげむ、解らないよおばちゃんは。
 なんでそんなに働きたいの。
 私はお金が好きだしないと困るからヒマさえあれば草と言う草をむしっているだけで、別に労働を愛してはいない。できればずっとサボっていたい。
 だから全然気持ちは解らないのだが、考えてみればこれってじゅげむにはめずらしい、めずらしいどころか初めてくらいのわがままだった。
 初めてのわがままが仕事させろってどう言うことなのとは思いはするが、これまで遠慮しかしてこなかった子供がこんなに頑固に主張するのだ。
 彼には大切なことなのかも知れない。
 そんなふうに思ってしまうと、私の足に巻き付いてこちらを見上げる子供のことを置いて行くのも気が引けた。
 この時点で、もう私の負けである。

 とは言え、大森林に子供を連れてレイニーと私だけでは不安すぎるのは変わらない。金ちゃんもいるけど。
 そこで、泣き付いた先はエルフたちだった。
 彼らは厳しく危険な大森林に生き、子育てもする。
 その子供の安全絶対守るマンの仕事ぶりについては、大森林の間際の町でじゅげむの身を心配し我々を断固として引きとめていたギルド長でさえ一も二もなく納得させてしまうほどなのだ。
 エルフらがじゅげむや我々に付き添ってくれると約束した途端、あんなに強硬だったギルド長がおどろくほどあっさり引き下がるのでエルフの信用がありすぎるのか我々の信用がなさすぎるのかであやうく審議になり掛けたくらいだ。我々の中で。
 それは結局、どちらか一方が理由ではなく、もしかして、両方? と言った、ものすごくありそうな可能性が濃厚に浮上して、例え動かしようのない事実でも不都合すぎる事柄をあえてはっきりさせる必要はないとあわてて議論を打ち切ったのだが――。
 まあ、なんか。
 そう言うことがあったあとには、やたらと高いエルフへの信用だけが残った。
 お陰で私に頼られてしまうようになるのだが、子供を連れてお外行くのは恐いから何人か付いてきておくれよと泣き付くと、自分たちも薬草は必要だから採集に行くならちょうどいい。みたいな感じで引き受けてくれた。
 嫌な顔の一つもしない。私知ってる。こう言うの、大人の気遣いって言うんでしょ。知ってる。大人ってすごいな。
 こうして五、六人のエルフが草をむしる仲間に増えて、しかしそのことでじゅげむは少し落ち込んでしまった。
 なにしろ私の足をがっちり捕まえて離れないので、エルフに付いてきて欲しいと頼む姿をなにもかも全部見てたのだ。
 自分のためにエルフにも余計な仕事を増やしてしまったと責任を感じていそうだが、これは仕方ない。
 私がな、大森林でなにがあっても子供一人くらい守れますけどって言える人間ならよかったんだけどな。全然そうじゃないからな。
 まあ、しっかり草むしって帰ろうぜ。と。
 頭上の木々が落とした葉っぱが降り積もる、秋の深まる大森林をじゅげむの手を引き歩いていた時だった。
 なんかギシャギシャ音がすんなと思ったら、カサカサに乾いた落ち葉と完全に色味の同化したでっかいアリを踏んでいた。私が。
 音に釣られて足元を見れば、かなり前にローバストで買って今ではずいぶん足になじんだ靴の、その靴底に手乗りチワワほどもある虫が体の半分を敷き込まれているのだ。
 一年前のアリとのことをよく知ってるレイニーが私のすぐ後ろからあきれたみたいに「まぁ。今年も?」などと言ってるのを聞きながら、悲鳴のように警告のように硬質な音をギシャギシャ立てて頭や前足をぶんぶん振って抗議するアリの、赤茶色のアメみたいなその顔をじっと見詰めて私は思った。
 今日はもう、草をむしるのはムリだなと。

「それで、前と同じに踏んだアリに慰謝料の黒糖渡したら素材持った仲間連れて戻ってきたんで延々と物々交換して入手した素材がこちらになります」
「二回目だからか今年は物々交換までの話が早いなー」
 真新しい縁側に布を敷きごちゃごちゃと積み上げた小さなきのこやぴかぴかの石などの素材について説明すると、ガラス戸を開け放った敷居の向こうに腕組みしながら座り込むメガネがなんだか感心したように言った。
 まあ、確かに。
 手乗りチワワみたいな大森林の兵隊アリとの関係は、去年の秋に初めて出会った時に私がうっかりそいつを踏んで黒糖による賠償が発生してしまったことから始まった。
 それがなぜ物々交換に発展したのか今となってはもうよく解らないのだが、当時もよくは解っていなかったのできっと永遠に解らないままだろう。
 我々は日が暮れて暗くなる前に早めに森から引き上げて、一緒に行ってくれていたエルフらと新築の家へと戻ってきていた。
 そこで、めずらしい料理に集まったエルフたちに囲まれて、もじもじきゃっきゃと楽しげにしていた変態を捕まえ相談している。
「それでね、たもっちゃん。一緒にきてくれてた里の人とかじゅげむも、黒糖とアリの素材を交換するお仕事してくれたのね。だから素材はみんなで分けるのがいいかなと思うんだけど、なにが価値あってなにがそうでもないのか解んないからさ。仕分けて」
「そんな真っ直ぐな目で丸投げしてくるとかあります?」
「だってほら、解んないものはしょうがないですし」
 囲炉裏の部屋の端にいるメガネと縁側に体をよじって座った私がやいのやいのと言ってると、同じ縁側に腰掛けて様子を見ていたエルフらが困った様子で口をはさんだ。
「あの、わたしたちはいいのよ。ヴァルトバオアーと物々交換が成立するって、訳が解らないけど。交換した黒糖だって、あなたたちのものだし。手伝っただけだから」
 ね? と遠慮深くうなずき合うエルフたちの姿に、私は首を横に振る。
「ほら、こーゆーこと言う。たもっちゃん、エルフこーゆーことすぐ言う」
「いかんな。任せろ。俺がしっかり公平にエルフを贔屓した分配にしてやるからな」
「公平とは」
 いやだってエルフはエルフと言うだけで配当が百万倍になるに決まってるだろと謎の持論を熱心にぶち上げ始めたメガネに対し、「ああ、こいつはなんかもうエルフならなんでもいいんだな」と気付いてしまったらしきエルフらが、まるでなにかをあきらめたみたいな逆に無心の顔付きをしていた。

つづく