神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 223

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回収続行シュピレンの街編

223 ペンギン
(※細かい虫注意。)

 都合よくと言うか、目の前に仕立て屋があったのはペンギンが自作の布をそこに売り込みにきていたからだ。
 雨の中一緒に布を拾ってくれた店員はその仕立て屋の従業員で、こんなの売り物にならねえよ、とTシャツ生地を全否定したのもこの胴が長めのイタチのような店員だ。
 まあしかし、それもムリはない。
 この世界の布地は基本、タテ糸とヨコ糸で織り上げたぴしっとした感じの生地だった。
 だから服も基本ぴしっとしてて、そのためにそれぞれの体に合わせた仕立てか手直しが必要になる。
 衣服に使われる伸縮性の素材もあるが、それは素材自体が伸縮すると言うだけで、布とは違う。また既存の伸縮素材は革に近い特性のようで、そこそこ蒸れる。ブラのヒモとか背中の辺りが。
 Tシャツ生地でTシャツももちろん作って欲しいが、地味にぱんつも作って欲しい。腰回りの下着が伸縮するって素晴らしいことだったのだなと、異世界にきてしみじみ思うものごとの一つだ。
 つまりこの世界では、布地は伸びないのが常識なのだ。
 そのために、のびのびとしたTシャツ生地はウケない以前にお話にならない。
「だがそれがいい」
「シャツとぱんつ。シャツとぱんつ」
 布地や首のない動物的なマネキンの並ぶ店内で、我々は恐らく裁断や縫製を行うための広い作業台に陣取っていた。
 主には仕立て屋の店員に頼みゆずってもらったかなり大きな紙に向かってシンプルな型紙を引いているメガネと、その横で広い作業台をバンバン叩いてはよはよと急かすだけの私だ。
 ただし作業台は座卓のように背が低く、これも小さいイスに座ると台よりも自分の膝が上にくる。
 なんだか子供の国に迷い込んだ感じがあったし子供の国でごねる大人って最悪だなと思ったが、よく考えたらここは砂漠の中にある由緒正しいチンピラの街でうちの子以外はみんな大人だからセーフだ。セーフなんだ。多分だが。
 同じ広い台の上にはレイニーが魔法で、それも布目がゆがまないよう注意して洗浄の上で乾かしたTシャツ生地がぐしゃっと積み上げられている。
 イタチの店員は仕立て屋であるこれもイタチの店主を呼んで、我々が客であることと、ペンギンが持ち込んできた生地のこと、そしてその頼りない生地で肌着のような服を作れと騒いでいることなどを伝えた。
 ちょっとだけ厄介な客に当たってしまったみたいな空気を感じなくもないが、相手は接客業なのでこちらの被害妄想かも知れない。
「面倒な客でも、代金さえきっちり払えば仕事はやるぜ」
 違った。
 はっきり面倒がられてた。
 こう言ったのはイタチの店主で、にゅるりと長い体には小さなチョッキと蝶ネクタイを着けていた。
 ネコのように突き出た口にネコのようなヒゲがあり、それを指先でつまむみたいに丹念になでる。ナーバスになったか考える時のクセなのかなと、なんとなく思う。
 このイタチのような獣族は割と小柄な種族のようで、後ろ足で立ち上がっても頭が私の腰を少し超えるくらいだ。
 それがしかめっつらでヒゲをなでる姿はほほ笑ましいものがあったが、相手は立派な職人だったしよく考えるとおっさんだ。獣族って、なんかそう言うフィルターあるよね。
 店主は細いヒゲをなでながら、メガネが引いた型紙とペンギンの生地を見比べた。
「まァ、布切って縫うのはうちの仕事だしな。型紙もあるんだ。扱い難い生地ではあるが、やれん事はないだろう」
 そう言って、しっかり前金の額を提示する。かなり迷惑そうではあったが、ちゃんと引き受けてくれるようだった。お金って強い。
「おい」
 と、少し乱暴に。
 たもっちゃんが細かい要望を伝えているのをわざわざ止めて、イタチの店主が呼び掛けたのはペンギンだった。
 ペンギンは小さな店の入り口近くの端っこで、ぼんやり立ったままでいる。
「あんた、この布の値段は? うちに持ち込んできたんだろ? 自分の技術は自分で守って、しっかり売れよ」
「あ……」
 ペンギンは水を向けられてはっと口を開いたが、うまく声が出てこない様子だ。黒い硬いクチバシをおずおずと開いてはなにも言葉が出てこずに閉じ、しばらくぱくぱくしたあとに。
「あの、これ……夢ですかね?」
 やっと聞こえてきたのはそんなぼう然としたようなセリフだ。
「こんな布、欲しがる奴いないって。ずっとそう言われてて……ほんと、そうなのかなって。お金にならないし、親も反対してて。もう、あきらめて家の仕事手伝えって言われて。自分でもそうしたほうがいいのかなって。だから……だから、同情だったら、いらないんで……やめてください」
 お前は長年評価されなさすぎて卑屈をこじらせたクリエーターか。
 さっきも店先で追い払われていたように、どうもここへくるまでも仕立て屋や生地屋に売り込みに行ってはさんざんの対応をされてきたらしい。
 こんなの売れない。こんなのは布じゃない。そんなことも解らないのかと強めに否定され続け、自信が砕かれ地面の下までめり込んだ状態なのだろう。
 困る。
「えー、やだー。買うからさー。作って。こう言うの、作り続けて。俺、調理服の下に着るのは大体Tシャツって決めてるの」
「そう、作って。できればもっとぶ厚めのジャージとかスウェット生地も欲しいの。材料費とか前金とか出すしさー。メガネが」
 だから自信なくしてないで、馬車馬のように働いて。
 そんな本音と私欲が透けると言うか本音と私欲しかない言動に、レイニーや仕立て屋のイタチ二人がゴミ虫でも見るかのようにメガネと私を見た気もするが、そんなのは実に些末なことだ。
 なによりも、当事者が気付いてないから別にいいのだ。
 ペンギンはどこか信じ切れない様子で。しかし恐らくは初めての。肯定と言う誘惑に抵抗し切れずほどなく落ちた。買い取り料金はこの辺でどうかと提示したのもあったと思う。
 囲い込みたい下心もあり、根掘り葉掘り身の上を聞けばこの生地を編むペンギンはテイマーの才能を持っていた。
「でも、本当に小さなものしか従えられなくて。あたしの場合は、虫なんですけど。数だけはテイムできたから」
 その虫たちでできることはないかと色々試し、最後にたどり着いたのが小さな虫に細い糸を編み上げさせた生地だった。
 ちなみにこれがその虫たちですとペンギンが、つるりと見えるが実は羽毛の自分の胸の辺りから米粒みたいに細かいクモをうじゃうじゃ出して見せた時にはちょっとだけぞわっと震えてしまった。割ったばかりの恐怖の実みたいな、密集した数の暴力を感じる。
 うぞうぞとうごめく小さい虫の集合体にふっと気が遠くなっているうちに、虫たちは再びペンギンの羽毛にもぐり込んで隠れた。助かった。それから、やっと気が付いた。
 て言うかあれ、手編みかよ。手って言うか虫だけど。――と。
 なんとなく産業革命とは無縁そうな異世界で、当然と言えば当然の事実に行き当たる。産業革命って言うのがそもそも、私はふわっとも解ってないんだが。
 とにかくさ、機械ではなく小さな虫が布になるほど細かい編み目でせっせせっせと生地を編み上げたかと思うとなんかこう。労力! みたいな気持ちになるの。
 それもさ、あれでしょ?
 服にするには型紙通りに裁断するから、捨てるとことか出るんでしょ?
 これ、手編みだったら最初から型紙通りに編んでもらって、ロスをなくしたほうがいいのではないか。
 そんな提案と料金についての話し合いをじっくり終えて、イタチには前金、ペンギンには今回のぶんの料金と次のぶんの前金を払う。
 それから仕立て屋の店舗を出ると、雨はすっかり上がっていたし少し霧にかすんだ空は夕暮れの色になっていた。やばい。
 我々は金ちゃんの服を買いに行く途中だったのだと言うことをそこで急激に思い出し、挨拶もそこそこに小走りに近い早足で本来の目的地へ向かう。
 プロに掛かるとTシャツほどにシンプルなものなら一日もあれば二、三着は縫えるとのことで、あさって辺りに引き取りにくる約束だ。たもっちゃんの肩をがくがく揺すり、ぱんつの型紙も引いてもらって私はとても楽しみにしている。恥などはないのだ。
 襲撃のような勢いで大きいサイズの獣族の服屋に飛び込み、トロールに、服……? みたいな顔をされながらに買い物。服のついでに大きいサンダルを発見し、押さえ付けた金ちゃんの足をグラディエーターのようにぐるぐるに巻いた。本人は迷惑そうだった。
 なんとなく色々やり切ったような気分で帰り、疲れて眠る直前に油買うの忘れたとベッドで思い出すまででワンセットの一日だった。

つづく