神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 325

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右の靴だけたずさえて編

325 後頭部と詫びの品

 アルットゥの家から家主を含む三人を酒くさいと言った理由でしめ出したのは、先んじて戻っていたアルットゥの姪だった。
 その事実を聞かされて、「そらそうなるわ」と私は笑った。
「伯父さんは酔っ払ってるわ、ちょっと挨拶しただけの客が一緒だわ、そんなんやってらんねーわ。解るわ。ちゃんと断ってえらいじゃん。なんかすごいしっかりしてて、私は好きだなって思います」
「それは……よかった」
 姪への絶賛と好意を軽率に唱える私に対し、その伯父、アルットゥはどんよりと孔雀緑の瞳を伏せる。
 夜の砂漠にしめ出された本人としては、なんとも言えず複雑な心境なのだろう。
 確かに酒にやられている人間を家に入れないのはひどい感じがするが、そこはほら。たもっちゃんやテオも一緒だった訳ですし。
 そんな話をする内に、たき火の上に吊るした鍋では体と心に優しげなあたたかいスープができていた。
 たもっちゃんがのろのろそっとスープをよそい、テオやアルットゥがそれをやっぱりのろのろそっとした動作で受け取る。
 おっさんとおっさんとイケメンがなんとなく動作不良を起こしてると思ったら、どうやら酒の失敗とあんまり寝れなかったダメージがずっしり出てきているらしい。
 レイニーやじゅげむ、金ちゃんに私と、シピとミスカの船に泊まったほうのメンバーも優しいスープをすすりつつ二回目の朝食としながら聞くと、たもっちゃんとテオの二人は家に入れてもらえず、でももう移動も面倒になったアルットゥに付き合い玄関先で一晩一緒に野宿していたとのことだ。知ってた。
 たもっちゃんはスープのうつわを両手で持って、顔をしょぼしょぼさせながら語る。
「やっぱりね、大丈夫そうでも心配だからさ。お酒入った人間を放っとけないかなって。お酒飲ませたの俺らだし。それでテオと交代で様子見ながら仮眠してたんだけど、仮眠ってあれだね。寝れないね」
「まあ、そうだな。えらいぞ二人共」
 体力回復の効能は多分ないのだが、なんとなく体にいいお茶を三人に出しつつ雑に寝不足の男子らをねぎらう。
 何回もくり返しになって恐縮ではあるが、宴会に日本酒を投入したのはほかならぬ私だ。
 そう言えば聞いてくれよミスカの酔いかたが最低なんだよと話しながらに反省し、私は空になったスープのうつわをメガネに任せて謝罪のためにアルットゥの家を訪ねた。
 アルットゥはまだ外なので、出てきたのは当然、姪である。
 白っぽい巨石と巨石の縦長い切れ間を硬く分厚い魔獣の革でふさぎ、端をめくるようにしてそこだけ開かれた玄関口で深々と腰を曲げて頭を下げる。
 ご迷惑をお掛けして申し訳ないと、そうして謝るのは宴会で日本酒を出した私と、私に日本酒を出させたレイニー。
 手にはそれぞれ草と塩を捧げ持ち、後頭部と詫びの品で謝意を伝えるスタイルなのだ。
 その様が憐れを誘ったのだろうか。
 頭に掛けた薄布の上から自分の口元を手で押さえ、少し首をかしげながらに柔和な声で彼女は言った。
「宴にお酒は付き物ですから。気になさることはありません。自制せず、量を過ごした伯父が悪いのです」
 それから彼女は黒い薄布に隠れた顔を私やレイニーの後ろへ向けて、「そちらのお客様も、伯父に付いていてくださってありがとうございます」と、たもっちゃんやテオに頭を下げた。
 優しい。そしてちゃんとしている。
 なんとなく身内にだけ当たりがきつい感じがしなくもないが、我々には優しい。ありがたい。
 いまだ酒のにおいをさせている伯父には水浴びするまで家には入れないと、きっぱり言い渡すのも逆に仲がよさそうだった。
 気まずさなのか二日酔いのせいなのか、どことなくしょぼくれているアルットゥには気を強く持ち姪に謝り倒すなどしてなんとか許してもらって欲しい。

 アルットゥの姪は、その名前をクラーラと言った。
 彼女はなぜか、レイニーや私に対しては普通だ。
 あっさりと家に招き入れてくれたし、大したものはないけどと言いつつお茶も出してくれた。
 それも、わざわざたき火で湯を沸かしてだ。ハーブティーみたいですっきりと、飲みやすいお茶だった。
 本当はじゅげむとついでに金ちゃんも家とお茶に誘ってくれたが、彼らは男子たちにくっ付いて水浴びへと行っている。金ちゃんはともかく、じゅげむは子供らしさを見せて水遊びの誘惑に勝てなかったようだ。
 そうして子供も男子もトロールも不在の静かな家で、我々はやたらとのんびりすごした。
 別に男子らがいると落ち着かないって訳でもないのだが、これが、女子会。みたいな感慨を噛みしめている。
 そうしてすごすハイスヴュステの水源の村の、どかどかと並び立つ巨石の間にある家は基本壁面に窓がない。
 だからどうしても薄暗くはあるのだが、平たい石を積み上げた屋根や巨石と巨石の間をふさぐ硬い革のすき間から入り込むだけの光でも中の様子は意外に見えた。
 住まいの壁となる石の色が白く、光を反射するせいもあるのだろうか。明るすぎると言うこともなく、けれども不便と言うほど暗すぎもしない。
 家の様子は全然違うはずなのに、なぜだか夏休みの田舎を思い出す。
 庭にぎらぎら照り付ける太陽光がきついのに反し、家の中だけ時間が止まっているように暗い。その中は妙に落ち着いて、いつまでもぼーっとすごしてしまうのだ。罪深い。
 そしてこの巨石と巨石の間の家は奥に向かって細長く、手前は天井の高い吹き抜けに。向こう半分がロフトのようになっていた。
 これは足元が外と一続きの砂地となっている家に、どうしても床が必要で作られているものらしい。
 クラーラの案内でハシゴのような階段をのぼり、ロフトの上を見せてもらうとそこにあるのは幾重にも糸を張り巡らせた機織り機だった。
 木枠を組み合わせたような形状なので圧迫感はそれほどないが、幅広の布を織るために本体が大きくかなりかさばる。
 ここでハイスヴュステの黒布を織るのか。
 機織り機なんて初めて見たな。
 私の人生で機織り機に触れたのは、ツルの恩返しの話の中だけのことだなあ。
 実際の機織り機を初めて目の前にして、妙にテンションが上がってしまいそんな気持ちがいっぺんにきた。
 ふわあ、すごい。と語彙力をなくしてときめく私に、クラーラは手慣れた様子で少し布を織って見せ、その上にやってみるかと提案までしてくれる。
 優しい。
 アルットゥにはあんなに厳しいクラちゃんが優しい。
 私は私のいかんともしがたい不器用さを骨身にしみて自覚しているので丁重かつきっぱりと辞退させてもらったが、クラーラのこの親切は一体どこからくるのだろうか。
 自分が大切に作っている途中の、貴重だと聞くハイスヴュステの黒布。
 それをダメにされるかも知れないと言うのに、ずぶの不器用な素人にやってもいいよとか普通言えます?
 なぜだろう。優しいのに、底の見えない優しさが逆に信じ切れない自分がいる。
 これあれじゃない? 映画とかだと超親切だと思ってた人がちょっと訳の解らないド変態だと判明するか、世間を騒がせる猟奇殺人犯だと知ってしまうやつじゃない?
 優しく接してもらっておいて、やだ、やめて。優しいクラちゃんのままでいて。みたいな感じで勝手にあわわと震えていたら、その親切や優しさの理由は草だった。
 いや、正確には私がむしって蒸して干した上、肌身離さず強靭な健康を付与したお茶だ。
 どうしてこんなに優しくしてくれるのと。
 びくびくしながら耐えかねて、私が問うとクラーラはすでに薄布を取り払った顔で、困ったように、それでいてほっとしたみたいに笑んだ。
「昨日、ニーロにお茶を持たせてくださったでしょう? 煎じてマルヤに飲ませたら、随分楽になった気がすると。食も細って心配していたから、本当に安心したのです」
 マルヤと言うのがニーロの嫁で、クラーラの友達のことらしい。
 昨日、身重の嫁があんまり体調よくないと言うので、ニーロにはよさそうなお茶を渡してあった。それがちゃんと効いていて、そしてそのことが回り回って彼女の好感度を呼んでいたようだ。
 なるほど……、よかった。色々と。
 明示された善意を疑って、よそ様の大切なお嬢さんを心の中で猟奇的な変態にしてしまった以外は。本当に。……ごめんやで。メガネの同類みたいにしてしもて。
 私はなけなしの良心の呵責に、思わずウッと胸を押さえた。相手にはバレていなくても、なんかもうこれダメだと思うの。人として。
 ロフトをおりてお茶を入れ直すクラーラに、私は黙って取って置きの王都のお菓子を差し出した。禊だし、私も食べる。

つづく