神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 385

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なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

385 二本一対
(※原型そのままの食肉について描写があります。ご注意ください。)

 肉である。
 みんな大好きブタ肉である。
 食事処のオーナーとうちの料理担当が原型そのままの肉々しいお肉を買い求める間、私は肉屋の荷車に積み上げられたおだやかなブタの顔をぼーっと見詰めた。
 なんとなく恐いから見なければいいのに、ついつい目が引きよせられてしまうのだ。恐いもの見たさみたいなところがちょっとある。
 そして、ふと。
 疑問が口から言葉になってこぼれ出た。
「そう言えば、オークって見ないよね」
 ファンタジーの止まらないこの世界には風変わりな動植物がいっぱいだ。
 風変わりだと感じるのは多分、地球人たる私の主観ではあるが。
 しかし、オークは見たことがなかった。
 なんとなくオークと親和性の高そうなゴブリンには遭遇したことがあるから、いてもよさそうなものだと思う。
 けれどもそんな、完全にブタの顔を見てて思い付いただけの疑問は、ファンタジーを満喫するプロであるメガネにはすでに検討済みの事柄のようだ。
 たもっちゃんは山積みのブタを吟味して、よし! お前だ! とズバリと決めた。そしてずれてもいない黒ぶちメガネを直しつつ、振り返って「それな」とうなずく。
「俺も思ってたんだけどさ、オークって大体豚の顔に人間の体してるイメージあるじゃない? 俺らの愛するサブカルのオークは少なくともそうじゃない? それってさ、魔族じゃん。この世界だと、魔族の特徴に一致しちゃうじゃん」
「あっ、だとしたら魔族大陸か」
 ここでは人族と獣族の特徴を併せ持つのが魔族の特徴とされていて、その魔族がいるのは魔族大陸だけである。と、言うことになっていた。
 砂漠のピラミッドなどの例外はあるが、あれは多分我々が関わっていることも含めて例外中の例外だと思われる。
 だからこの異世界で実際に人の体にブタの頭を持ったオークが存在するとして、それが魔族の分類に当てはまるならば生息域は魔族大陸である可能性が高い。
 ならばこちらの大陸で、姿を見ないのも当然のことだ。
 よく考えたら似たような存在であるトロールがいる次点でこの理屈には多分穴があるのだが、底の浅い我々はなんだかそれっぽく一応の説明が付いたような気がした。
 この雑な仮説だけでも私はなるほど納得したが、ファンタジーを楽しむプロであるメガネはまだ話し足りなかったようだ。
「それでね、それでね、思うんだけど。オークが魔族で、獣族が人間の亜種扱いじゃなく独立した種族になってるのを思うとさ。亜人って、もしかしたらトロールとかゴブリンのことを指すんじゃないかなって。人族に似た特徴を持ってて、道具を使ってまがりなりにも社会性があってさ。これ、発見だと思いませんか?」
「はいはい、すごいすごい」
「聞いてよ!」
 温度差と言うか、たもっちゃんがはあはあと独自持論を展開し始めた頃から全然聞いてなかったのが解ったのだろう。
 リコはひどいと人でなしのように責められてしまうが、急激に興味を失ってブタのしょうが焼きが食べたいななどと考えていた割に、ほとんど反射的な生返事ながらうまいこと全肯定してた私はえらかったと思う。
 そうしてやいのやいのしている内に、肉屋の親父にメガネが呼ばれた。
 お前だ! とさっき選んで丸々一頭購入した海産ブタが、肉屋のサービスでブロック状にさばかれたのだ。
 たもっちゃんはどうやら、その待ち時間を潰していたようだ。ブタを丸々さばくにしては早かった気もするが、我々のムダ話が長かっただけの可能性も高い。
 肉屋の作業台に詰まれたお肉をぽいぽいと、たもっちゃんはアイテム袋にしまうと見せ掛けアイテムボックスに放り込む。
 その近くでは肉屋の親父と食事処のオーナーによる肉の取り引きも完了し、オーナーは自らの目でしっかり選び丸々一頭購入したブタをさばかずそのままよっこらせと担いだ。
 ドン引きである。
 オーナーは恰幅のいい体型で、トルニ皇国の衣服を身に着けていた。
 裾も袖も長めのそれはちょっと上等そうにも思われたのだが、ブタを担ぐとなんかもう。山賊感が止まらない。
 なぜ肩に担ぐのか。
 厳密に言うとブタではないが、そこそこ大きく重たいほとんどブタの海産ブタを。
 朝市に出す前にあらかじめ内臓類は取ってあるので、いくらか軽くなってはいるらしい。
 しかしまあ、やはりブタを丸々担いだおっさんが人並みをかき分けるようにしてゆうゆうと歩くその背中のインパクト。
 トルニ皇国の二人のガイドや宿屋の下男はこんな光景に慣れているのか普通だし、テオやレイニーはやっぱり特に感慨もなさそうだ。
 ただ金ちゃんがちょっとうらやましそうに見えなくもなくて、その肩にちんまり乗ったじゅげむは「すごい」と顔を輝かせていた。
 なぜだろう。じゅげむのツボが解らない。
 ブタを担いだオーナーは肉屋を離れていくらか進み、そこで我々が付いてきてないことに気が付いたようだ。
 肉と一緒にぐるりと体を回転させて、さあ行くぞとこちらを振り返る。
 そう言えば、そうだった。我々は一緒に朝市を回っているのだ。なんだかついつい見送ってしまった。
 あわててオーナーを追っ掛けて、ついでに、アイテム袋でよかったらお肉預かりますけどと言ってはみたがその必要なかったようだ。
「折角いい肉買ったんだから、自慢しながら帰りたい」
「嘘だろおっさん……」
 私には理解できないことだが、これは料理人あるあるだったのかも知れない。
 その言葉にはっとして、たもっちゃんがうっかりときめいていた。
「お、俺も……。俺も自慢しながら帰りたかった……」
 ブロック肉にしてもらわないことには手も足も出ないタイプではあっても、今回ばかりはさばいてもらうんじゃなかったとそのあとまあまあ長いこと嘆いた。

 重い肉を買ったのであとはさらっと歩いて見て回るだけとなったが、その市場の一角で我々は出会った。
 長さはこぶしを二つ並べた程度。
 片手で持つのにちょうどよく、太すぎず細すぎず整えられた、けれども先へ行くほどほっそりとした二本一対となった棒。
 その道具を人は箸と呼ぶ。
 いや、ラーメンを食べる時などにもう出会ってはいたのだが、売ってもらえる状態では初めての出会いだったのだ。
 たもっちゃんと私は、やったあと市場の出店に陳列された数々の箸に飛びついた。
「お箸! 下さい! とりあえず! お箸! くり返し洗って使えるお箸はどれですか?」
「細かいものもうまくつかめるお箸などはありますか? ラーメン専用などもあるとなおいいと思います」
 地球生まれ日本育ちの我々がきゃっきゃしながら出店の店主に迫っていると、その横でいつの間にかにじゅげむが金ちゃんの肩からおりて箸屋の隣、別の店の前に立っていた。
 なにを見ているのかと思ったら、その店先に並んでいるのはコマや車輪の付いた動物などの木のおもちゃや、色んな形を組み合わせて遊ぶ積み木のセットなどだった。
 じゅげむは中でも赤や青に塗り分けられたあざやかなコマが気になるようで、店主がヒモをくるくる巻いてさっと回して見せてくれるとひゃーっとおどろきちょっと声もひゃーと出ていた。
 でも手に取るのは恐いみたいに、もじもじとして色んな角度から見詰めるだけだ。
 欲しいのかと思って買おうか問うと、じゅげむは一つに束ねた髪をはねさせ頭をぶんぶん横に振る。
「あのね、じぶんでかう。ふたつかって、ノルベルトとあそぶ」
「おお……」
 じゅげむがめずらしく自我を出してくると思ったら、お友達にもあげたかったようだ。
 ノルベルトは、ブルーメの王都でアーダルベルト公爵家に勤める有能執事の末息子である。じゅげむとは年頃が近く気が合ったのか、以前滞在していた時はお互いにいい遊び相手になっていたようだ。
「そっかあ、よろこんでくれるといいねえ」
「うん。あのね、ノルベルトはね、こどもなのにね、こーしゃくさまにおつかえしててすごいんだよ。これからいっぱいおべんきょうして、えらいおとなになって、ずっとおやくにたつんだよ」
「お……おお……うん、そっかあ……」
 どこかで聞きかじって覚えたのだろう。
 使い慣れない言葉を並べ、一生懸命と言った様子で友達のすごさを熱弁するじゅげむは尊敬であふれているかのようだ。
 その姿に、私は思う。
 さながら推しの周りのスタッフにまで感謝の念をいだけるタイプのオタクだと。
 推しは一人で生きているのではない。大切に守り、支えるスタッフあっての輝きなのだ。
 その概念を習得しつつあるじゅげむの素質に震えたし、一生懸命に主張する感じが説明長い時のメガネに似てて責任を感じる。

つづく