神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 55
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王都脱出編
55 おねむ
公爵のリークによって、我々は察した。
テオは我々を追っていると言うより、実家でひでえ目にあってどこでもいいからとりあえず遠くに行きたいだけなのではないかと。
まあ、解る。
うっかり帰っただけなのに、見たこともない結婚相手が待ち構えてて監禁されるってなんなの。実家。異世界の実家。こわい。
テオがお兄さんの手紙持って行くって時に、完全なる興味本位でくっ付いて行かなくてよかった。本当によかった。危ないところだった。
「いやー……でも、追い付きますかね」
眉をちょっとぐにゃりとさせて、たもっちゃんが首をかしげる。
「あの馬車、凄い速いですよ。引いてるの、ドラゴンだし」
公爵はそれに、ナイトガウンを羽織りながらにベッドを下りて「さて」と呟く。
「うちの騎士が三人付いて、騎馬で送り届けるはずだけど」
騎士の馬は、謎馬より速い。
体も大きく力も強いが、しかし主人以外に手綱を取らせようとはしなかった。
そのために、テオは三人の騎士があやつる馬に代わる代わる乗せられて、荷物のように運ばれているとのことだった。
一流の冒険者として鍛え上げた長身の体に、研ぎ澄ました剣のような見目のいい容姿。そんなテオが、ぴしっとした騎士とかっこいい覇者馬に二人乗り。
なにやらじわじわとくるものがあった。
それでもノラのドラゴン馬車に追い付くかは微妙だが、休憩を削れば……あ、ダメだ。
問題は速度だけではなかった。
「たもっちゃん、私ら途中でルート変えてる」
「あっ」
そのことを知るはずのないテオは、恐らく真っ直ぐ大森林への最短ルートを走っているに違いない。
それはもうさ、会う訳がないよね。私ら、その道通ってないかんね。
テオ、ちょっと不運すぎると思うの。
我々は訳あって、王都から大森林への最短ルートをあえて外れて回り道している。
だからこそ、あの選民の街に立ちよることになったのだ。
では、なぜそうなったのか。
それはもう、勇者とその一行のせいである。
我々は、しょうがなかったんすよと言い訳しながら公爵にその辺のことを話した。
勇者一行ハーレムに会ったこと。餌付けなどをしてしまったこと。精霊ストーキングによって追ってきた勇者が、選民の街の現状を知ってそんなのやだとか言いながら暴れていることなどを。
最後のは勝手な予想だったが。
公爵はほほ笑みながら話を聞いて、説明が終わると同時にぐらりと体をかたむけた。どうやらムリして聞いていたようだ。
そしてちょっとふらつきながら、エレガントな戸棚に手を突いて「調査を急がせる」と弱々しく言った。
さすが勇者。
ちょっと存在をにおわせただけで、アーダルベルト公爵の態度に「これはこじれる」感が出た。
いや、さすがって言うのかな。これ。
伝えるべき話を伝え、用件を終えてそろそろ帰ろうかとした頃である。
公爵が、飴色の木箱を私にくれた。
エレガントな棚から取り出された箱は、ハードカバーの本を二冊重ねたくらいの大きさだった。表面には美しい模様がていねいに彫り込まれ、明らかに高価ななにかに違いない。
でも、中身は解らなかった。気にする余裕が私になかった。
美しい木箱を差し出しながら、公爵が淡紅の瞳にじわりと涙を浮かべたからだ。
「えぇー……」
うめいたのは、私だったかメガネだったか。両方だったかも知れない。
なんなの。いきなりどうしたの。
急に別れが寂しくなったとでも言うのか。
と思ったら、違った。
「いいよね、君達は。新しく授かったスキルも、すぐに使えて。私なんて、きっと二ヶ月もこのままなのに。不公平だよ」
美しい顔で可憐に涙ぐむ公爵は、なんか普通に文句を言った。
それを見て、思い出す。
「あっ。この人あれだ。熱あるわ」
「うわー、そうだ。熱だこれ」
今夜の公爵がいつもよりおっとりしてるのも、妙に涙ぐんでいるのも。変にぐずっておねむな感じを出してくるのも、全部あれだわ。熱だわ、これ。
このあとめちゃくちゃ熱冷ましの薬湯を飲ませた。
普通なら、天から授かる恩寵スキルは受け入れるのに時間が掛かるものらしい。その上意識を失うレベルで発熱し、結構長く寝込んでしまう。
それなのに特に副作用もなく、たもっちゃんと私には新スキルが即座に実装された。
だから、不公平と言うのも解らなくはない。そんなん言われても知らんけど。
ずるいずるいとうるさい公爵をガウンのままでベッドに押し込み、なんとかなだめて寝かし付けたのはしばらく経ってからだった。
手の掛かる男だとあきれたが、よく考えたら相手はアーダルベルト公爵だ。美麗すぎる容姿からして貴公子然としたこの人が、私にあきれられるなんて普段ならあり得ない。
熱って恐いなって思いました。
公爵の寝室と馬車の扉をスキルでつなげて、私たちは旅先へと戻った。
スキルによってつなげられたドアを閉じ、同じ扉を再び開くとそこは寝室ではなく外である。
私たちが戻った馬車は選民の街にほど近い、スラムの端で魔法障壁に守られた状態で停車していた。障壁はうちのメガネの用心だ。
公爵家へ行く時も、たもっちゃんは馬車の中からドアをつないで移動した。そのあとは無人になってしまうので、留守の間になにかあると困る。
この馬車は借り物なのである。いや、自分のでも困るけど。
障壁を解いて馬車から出ると、ノラとドラゴンの姿はなかった。狩りから戻ってないようだ。
まだ真夜中と言うほどではないが、夜の遅い時間ではあった。しかし、たもっちゃんは私に言った。
「リコ、肉出して。肉」
「今?」
「うん、干し肉か燻製肉とか作れないかと思って。俺ら、あんまいらんないみたいだからさ。ここらの子に何か渡してやりたいんだよね」
魔法でフリーズドライとかできないかなあ。などと言いながら、たもっちゃんは保存食を作り始めた。
ここへ戻ってくる前に、公爵は熱や眠気と戦いながらも大事なことを我々に言った。
この街には、王都から調査に人がくる。だから、その前に私たちは去るべきだと。
我々を王都から逃がしたのは公爵だ。
砂糖のこととか、パンのこととか。圧縮木材の新技術もある。
そう言うのにくっ付いてくる面倒を、当事者がいないあやふやさで煙に巻こうとしているらしい。実際に煙に巻くのは、多分ヴァルター卿だろう。頼もしい。
今回は罪人ではないから、手配まではされないはずだ。でも選民の街にとどまって、王都の兵に見付かればさすがに連れ戻されてしまいかねない。
そのリスクを回避して、さっさとどっかに行っとけと。おねむになりながらも公爵がしたのは、そう言う話のようだった。
そしてついでに、「君達がいると、騒ぎが大きくなりそうだし」などと呟かれもした。
ぐうの音もないよね。
さすがにフリーズドライ製法を一晩で再現するのはムリだったようだ。たもっちゃんはジェバンニにはなれない。
食料入りの布の包みを微妙な顔で受け取ったのは、スラムに残った子供の中で一番年上の少年だ。助かるけど、タダでもらうのもなんか恐い。そんな表情なのだと思う。
彼らには燻製肉だけでなく、普通の料理も渡しておいた。保存を考え、それらを包むのは魔法陣入りの布である。
魔法陣には保存と冷却の魔法が含まれ、魔力も多めに込めてあるらしい。たもっちゃんによると、一週間はもつとのことだ。
これを施しと言うのかも知れないが、仕方ない。王都から人がくるのにどれくらい掛かるのか知らないし、子供だけで放っておいたらいつの間にか干からびていそうだ。
ごはんは持ってて困らないと思うの。
「少年よ、聞きなさい」
私は、徳の高いじじいのような口調で言った。
「この食費もまた、勇者の謎農具の辺りから出ておるのじゃ。もしも対価を支払いたいなら、行動で返せばよいのじゃよ。勇者とかに」
「……助けてやれってことかよ」
「ううん。あの子ら人の話聞かなくて暴走しがちな感じあるから、なんかやべーなって思ったら止めてあげて。できる範囲で」
それで止まんなかったらしょうがない。勇者を一般人が止めるには、限界がある。
まだすごしやすい早朝の、スラムの端でそんな話をしていた時だ。
「見損なったぞ!」
よく通る声が、静かな空気を引き裂いた。
そして、たもっちゃんが吹っ飛んだ。
つづく