神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 323

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右の靴だけたずさえて編

323 大変なこと

 大変なことが解ったと、たもっちゃんが料理の載った大きなお皿とニーロをつかんで戻ってきたのはおやつのはずが宴会になっていくらか経ってのことだった。
 村のじじばばに子供がまざり大人たちも集まって、あ、おジャマしてますとぺこぺこしながらメガネが備蓄の料理を振る舞い始めたことにより、この流れならいけると踏んだレイニーにひどい催促を受けた私が日本酒の樽をぽいぽいと投入。
 特になんの理由もなしにずるずると始まった飲み会が、やいのやいのと盛り上がり始めた頃である。
 たもっちゃんは黒い上着に包まれた、ニーロの腕をぐいぐい引っ張りながらに言った。
「聞いて。リコ、聞いて。ニーロ嫁いた。しかも身重。もうすぐ赤ちゃん生まれる身重の嫁がいるって言うの」
「マジかよニーロ」
 恐らく、メガネも似たような反応だったのだろう。
 思いもよらぬと言わんばかりの私に対し、ニーロははっきりとした顔立ちを微妙な感じにぐねぐねとゆがめた。
「別に変な話ではないだろう?」
「ニーロいくつなの?」
「十七……いや、十八になったか?」
「そっか、そう言う感じか……」
 自分でも自分の年をあんまりはっきり覚えていない青年の様子に、たずねた私はなるほどとうなずく。
 この世界の結婚が早いのか砂漠の民の結婚が早いのかは知らないが、大体そのくらいの年齢で結婚を視野に入れるものなのだろう。
 現代日本に染まり切った我々にすると、なんか早いなって思いがちなだけで。どちらがいいか悪いかの話ではないのだ。
 て言うかニーロ、まだ十代だったのか。
 十七、八って言ったらお前。私だったら少年漫画の主人公の年を自分が追い越し始めたことにショックを受けてた頃だぞお前。
 なんとなくだが多重的な衝撃を勝手に受けて逆にしみじみとしていたら、私と同様勝手に受けた衝撃がまだ冷めやらぬ様子のメガネがニーロの腕をつかんだままで言いつのる。
「ねぇ、解る? まだまだ子供だと思ってた息子がいきなり嫁と孫連れて帰省してきたみたいな俺のこの気持ち。解る?」
「うん、わかっ……いやごめん。私それは解んない。なにそれ」
 いや、確かに独身だと思ってた息子が妻子を連れて戻ってきたらびっくりはする。
 しかしそれだとニーロのこと息子みたいに思ってないと話の筋が通らなくなるぞと指摘する私に、そう言えばそこまで思ってなかったわとメガネが急激に冷静になってニーロを離した。
 あちらにしたら我々の勝手な先入観でムダに振り回されることになった訳だが、そもそもなんでそんな話になったかと言うと、家にいる嫁に料理を食べさせてやりたいから少し持って行っていいかとニーロがメガネに話し掛けたのが発端らしい。
「ああ、それでずっとお皿持ってんの?」
 たもっちゃん、なんで各種料理詰め合わせたみたいな大皿持ってうろついてんのかと思ってたんだよ。
 ニーロの嫁に届けるための料理の皿を片手から両手に持ち直し、「うん、そう」とうなずくメガネによるとニーロの家にはアルットゥの姪御さんもいるとのことだ。
 突然押し掛けた我々のために席を外した気の利く姪はニーロの嫁と年も近く仲がよく、メガネに持たされた鍋をたずさえ彼らの家を訪ねたらしい。
 それでニーロも我々の訪問をいち早く知り、トカゲでぺたぺた駆けて現れたようだ。
 その出掛け、鍋の料理も少し食べてきたとかでニーロは味をはんすうするように孔雀緑の瞳を細める。
「あの汁もうまかった。妻も、最近は食が進まなかったのが少し食べられた」
「そうなの? だったらどんどん料理持って行きなよ。私が作ったんじゃないけど。体にいいお茶とかいる? 妊婦さんにも大丈夫かな。たもっちゃん、お茶さー、妊娠中にはダメな草とかある?」
「んー、今背負ってるお茶なら大丈夫みたい。ニーロ。ニーロ。あのね、あれさ、あの汁。シチューって言うんだけど、気に入ったんならこのルーもあげるね。適当に具材煮てお湯にこれ溶かしてひと煮立ちでできるから」
 たもっちゃんは私の質問に答えたあとで、かなりざっくりとした説明と共に大森林のダンジョンで出したシチューのもとをニーロへと渡した。ミスカを船に乗せてまで熱烈指導したカレーとの、熱量の差よ。
 ニーロはとっさに「いや」と口を開き掛けたが、一旦言葉を飲み込むようにして、それから「助かる」と素直に受け取った。
 反射的に遠慮するのを思いとどまって、妻のために頭を下げるの。大事にしてるっぽくて、大変よいと僕は思います。
 やたらとにっこりしながらに私はでっかい背負い袋を下ろし、一回蒸してよく干してから詰め込んで肌身離さぬ勢いで強靭な健康を付与した、はずの、バリバリに砕けた体にいいお茶を適当な布にこれでもかと包む。
 さらに大きめの布の上に載せ、ニーロの背中に風呂敷包みのように装着させた。私が背中に押し付けて、たもっちゃんが胸の前で結ぶ完璧な分業。
 背中に風呂敷、片手に大皿。黒衣のふところには油紙で包んだみたいなシチューのもとを押し込まれ、行商かなと言うような姿にされながらニーロは再度、真っ直ぐに礼を言う。
「済まない。助かる。お嬢様の結婚に合わせて、うちも急いで結婚したのだがな。お嬢様のほうはどうなるか解らないし、妻は食べられないし、体もつらそうで……どうしようかと」
 食べられるものがあってよかったと、彼もほっとしていたのだろう。
 それで口が軽くなったのか、なにも安心できないことをぺろっと言ってニーロはその辺に遊ばせていたトカゲを呼んで飛び乗った。
 いや待てや。
 お嬢様の結婚がどうなるか解らないってなんだ。お嬢様ってあれだろ。アルットゥの姪のことだろお前。
 そこんとこ詳しくと思ったが、妻の元へと急ぐ夫は料理の載った大皿を片手で、その逆の空いた片手でトカゲに着けた手綱をあやつり白っぽい巨石をするするとのぼる。
 ほぼ垂直の壁面に貼り付くトカゲの背中で皿の水平をたもつのもすごいし、鞍を足ではさんだだけで乗り手が落ちない意味も解らない。体幹? 体幹がすごいの?
 なんだあれと見ている内に、ニーロとトカゲは密集し積み重なった巨石の合間に消えてしまった。
 めちゃくちゃ気になること言っといて、すぐいなくなるのは一体なんなの。
 あいつマジ。みたいな気持ちで我々も悩んだ。
 かなり高度に繊細な話題だし、親類でもない我々が首を突っ込むべきではないかも知れない。と言うか、親類でもアカン気がする。
 たもっちゃんと私はしっかりと視線を合わせてそんな配慮を共有の上で、酒くさい集団の中に埋没しているアルットゥを捕獲しことの次第を聞き出すなどした。
 共有だけで実行にはいたらなかった配慮のことは忘れてください。
 アルットゥに声を掛け、左右からはさんですぐに気付いた。
「あっ、この人だいぶんお酒飲まされてる」
 砂の上に直接座ったアルットゥの前には、湯飲みのような素焼きの器がころころと空になって転がっていた。
 レイニー先生の意向によって宴会に日本酒を投入したのは私だが、量はそんなに多くない。
 大森林の間際の町で冒険者ギルドとドワーフの群れに吸い上げられて、そもそもの手持ちがそんなにはなかったからだ。
 それでも、お年よりを含む村の大人に湯飲み一杯ずつくらいは渡った。どうやらアルットゥの住む村は小さく、住人もそう多くはないらしい。
 この場に今集まっているのも子供まで合わせて四、五十人ってところだし、これでほとんど全部だそうだ。宴会としては大人数だが、集落としてはやはり小さい。
 だから、全体的なお酒の量はそんなにはないはずだったが、その一部。一口で気の済んだおじいちゃんやおばあちゃんたちから残ったお酒を任されて、アルットゥはそれらを全部バカ正直に飲んでいたようだ。
 まあまあのぐでぐでに仕上がって、若干左右に揺れている男に「ねーねー姪っ子どうなってんの? 主に結婚の辺りとか」と、もはや配慮もなにもなく問う。いや、酔ってるから。遠回しに聞いても通じないからこれ。
 近くで飲んでいたテオが灰色の目を見開いてこいつらなに言ってんだみたいな顔で見ていたが、問い掛けられた本人は眠たそうに目を閉じて口元をむにむにさせてから答えた。
「解らん」
「マジか」
「約束通り嫁に行くと言ってはいるのだが、向こうの事情もあるのだし、湖水の村が頭を突っ込んできた以上そちらにも義理を欠く事はできぬ訳だから、えぇと……だから、何だ。あれもなぁ、頑固でなぁ……」
 そう言って、疲れたようにいやに長いため息をつくアルットゥの姿に我々はうなずく。
 なるほど、解った。なにも解らんと言うことだけが。これ、あれだな。最初からガン見しちゃったほうが早かったな、多分。

つづく