神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 309

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


空飛ぶ船と砂漠の迷子編

309 むしろ遠い

 そもそも。
 この若い商人は冒険者ギルドで我々と会った時に言っていた通り、護衛を雇って砂漠の集落を行商に回っていた途中だったそうだ。
 砂漠に点在する砂漠の民の集落はどれも、ぐにゃりぐにゃりと湾曲し、深く走る亀裂のように砂漠を分断する谷のそばに存在している。
 その深い谷底に、水脈が隠されているからだ。
 そのために砂漠の、ハイスヴュステの民は生活をその谷から離そうとはしないし、離れることもできない。
 砂地を割いて走る亀裂には砂漠の砂が絶えず吹きよせ吸い込まれているが、それでも谷が埋まることはなかった。谷はそれほどに深く、そして広いのだ。
 だからその土地に住み慣れた砂漠の民でも対岸に渡ることはできず、行動範囲は集落のある谷のこちら側に限定されていた。
 砂漠の端に始まる谷は深く広く砂の地面を曲がりくねりながらに裂いて、シュピレンの街に比較的近い地点で砂の中に消える。
 そう数の多くないハイスヴュステの集落は、大体はこのシュピレンに近い谷のフチに点在しているとのことだ。
 しかし、と若い商人はお茶を手にしてぽつぽつと話す。
「街に近いだけあって、いえ、あくまでほかと比べればの話ですが。その辺りの集落は商人の出入りも結構あるようでした。わたしのようにあとから食い込もうとしても、余地がなくて。それなら、ほかの商人が足を伸ばさない所まで行ってみようかと」
 砂漠はブルーメと隣接しているが、そうして共有されている国境線とほとんど直角になるように大森林とも接しているらしい。大森林は内と外を厳しく分けるので、ほとんど断崖の壁に近いとのことだが。
 そして、砂漠を走る深い亀裂が始まる辺り。
 ほかの集落や街、ローバストとの国境とも遠く奥まった場所にもう一つだけ、隠されるように砂漠の民の集落がある。
 そう話す商人に、「あ」と思い出した感じで声を上げたのはメガネだ。
「多分それ、アルットゥの村だわ」
 俺知ってる。
 なんかそこだけほかの集落と離れてて、街は遠いし行商はこないし外貨は入らないしで結構つらいってアルットゥが言ってた。
 たもっちゃんはそんな、言わなくていい情報まで全部出しつつおどろいたように、それかなぜだか感心したように続ける。
「行商きてくれたらアルットゥとかも助かるだろうけどさ、何か。あんまりお金持ってないらしいよ」
「砂漠の民は砂漠の魔獣を狩って暮らすと聞きますし、めずらしい素材でもあれば、と。……ですが、結局はそこへ行く前に……」
 そう言ってまたしょんぼりと肩を落とした商人によると、シュピレンに近い集落では手応えがなく、護衛の冒険者に相談の上で一つだけ離れた集落へ行くことにしたらしい。
 つまり、砂漠に住むハイスヴュステの民の中でも特に不遇なアルットゥたちの集落である。
 そして、シュピレンで足として借りた砂漠の魔獣の背に乗って、最後に滞在していた集落を離れて二日ほど移動した頃に。
 護衛のはずの冒険者たちに裏切られ、お金と荷物とレンタルした魔獣をうばわれてその場に捨てて行かれたらしい。
「そんな遠い所まで行くなんて冗談じゃないと言われて……最初の依頼の内容と違うから、迷惑料として荷はもらう、と」
 そんなつもりはなかったが、途中で予定を変えた自分も悪いところがあったのかも知れない。などと、弱々しく言いながらぐすぐす泣き出す商人に我々は掛ける言葉もなかった。
 ただ、どうでもいい感想はいくらでも出てくる。
「びっくりするくらい絵に描いた様なクズ」
「カツアゲ犯が被害者に原因なすり付けて黙らせる系の謎理論」
「事前に相談の上で、冒険者も了承していたんだろう? それでその言い草はない。依頼内容の変更に不服ならその場で断り、ギルドに戻って報告すれば済むだけの事だ」
 なぜか自分を責め始めている商人を前にメガネと私が口々に言い立て、今回ばかりはテオがこれに完全同意。
 それは絶対にそいつらがおかしいと、即座に意見が一致した。
 よっしゃ、そいつら追い掛けて捕まえてなんかえらい人のところに突き出してやろうぜ! と、勢いしかない話にまとまる。
 なお商人が置き去りにされた、シュピレンよりに存在する中では一番端に位置するハイスヴュステの集落から二日の地点。
 これは、しかし、確認したら決してピラミッドからも近くはなかった。
 むしろ遠い。全然遠い。
 砂漠の端にありながらド辺境らしいアルットゥの村と、シュピレン側にある中で一番近い集落の間は砂漠の民が魔獣を駆っても十日ほど掛かる距離らしい。
 これを歩きか謎馬で行くと、実際に行けるかどうかは別にして。速度的には、その倍の時間は見なくてはならないとのことだ。
 ピラミッドがあるのはそのちょうど中間の、しかし二つの集落を直線で結んだ線からは少し外れた場所だった。三つの点を線で結べば巨大な二等辺三角形ができる位置関係とでも言うべきだろうか。
 だから、ものすごく単純に考えて、魔獣で十日掛かる距離の半分で五日。砂漠の集落から二日の距離で商人が捨てられたとしたら、ピラミッドからは三日ほどと言うことになる。
 これは、魔獣の種類や乗り手によって移動時間が変わってくるので多分だが、少なくとも商人が捨てられた場所はこのピラミッドより最後に滞在していた集落のほうが近かったはず。と言うような気がとてもする。
 するとどうなるかと言うと、特になにがある訳ではないのだが、ピラミッド周辺に人族が迷い込んだみたいな話はなんだったのかみたいな気持ちになってくる。
 いやホント。なんだったのあれは。
 全然近くねえじゃねえかと釈然としない思いがふくらむなどしたが、しかしそれも割と一瞬だけのことだった。
 これは単に我々が、魔族の行動範囲の広さを甘く見すぎていたと解ったためだ。
 どうやら魔族の三人的には、「見渡す限り俺の土地」みたいな感覚でいたらしい。
 実際に、ピラミッドが見えもしない場所に捨てられ行き倒れていた商人のことを、ピラミッドにいながらにして気が付き拾いに行っている。
 だから、恐らく魔族に取って苦もなく普通に把握できる範囲が我々とは全然違うだけなのだろう。
 人族が迷い込んできてどうしようとか言いながら積極的に助けとるやないかいとしか思えないこの状況であっても、魔族にしたら自宅の庭で捨てネコを見付けてしまったみたいなノリなのだ。多分。
 私がそんな察しと気付きで納得を深める間にメガネが真の命の恩人であるツィリルを商人に紹介し、強めに掛けた隠匿魔法でそこに誰かいること自体にやっと気付いた商人があわててものすごくお礼を言った。
 ここにいる、と意識を誘導されたことにより商人も誰かがそこにいることを知ったが、まだ隠匿魔法は効いているので魔族とは気付いてないはずだ。
 あとから思い出そうとしても、髪や目の色さえも解らないだろう。
 でも、それでも。この大陸で、異種族である我々と共生を決めた魔族のツィリルが、その辺の事情と関係のないただの人族と、しかも好意的な交流を持った。
 それは、なんと言うかちょっとだけ。受け入れ、受け入れられてるような気がして、よかったねえ、みたいな気持ちになってくる。
 ただ、こうなった原因がアレで、今のところは商人が相手を魔族と知らないからこそ成り立っている交流ではあるが。
 こうして、今までとあまりに違う率直な感謝を向けられて見るからにどぎまぎしているツィリルや、姪の双子たちをピラミッドに残し我々は早々に出発することにした。
 商人を保護してすでに数日が経っていて、相手のことも勝手も解らずこっそりとお世話をしていた魔族らのコミュ力と精神力がもう限界って気がとてもするので。
 あと、伝え聞いた冒険者の暴挙にテオが怒り心頭で、すぐに行くぞやってやるぞと張り切っていたこともある。
 たもっちゃんや私も話を聞いていて、ひとごとながらに腐れ冒険者どもめとぷりぷり腹を立てていたので異論はなかった。
 魔族の双子に礼を言い、見ててもらった金ちゃんとじゅげむをピラミッドの中から回収。たもっちゃん自慢のボロ船で商人と一緒に砂漠を飛び立った。
 ピラミッドのそばの砂地に立って、その空飛ぶ船を見送るのはツィリルだ。双子の少女のルツィアとルツィエは叔父の強い要望により、商人の前に出ないことになっている。
 そして向かうのはシュピレンの冒険者ギルド、ではなく、この若い商人が護衛らと最後に滞在していたハイスヴュステの集落だ。
 経由地なしに砂漠を渡ることは不可能なので、必ずなにか痕跡があるはず。――と言うのは建て前で、たもっちゃんがガン見したところ、すでに犯人である冒険者たちがその集落で確保されていたからだ。
 そのため妙に意気揚々とした我々が、飛び立った直後にアクシデントは起こった。

つづく