神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 335

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

335 軽薄な宿命

 超絶どうでもいい軽薄な宿命を聞かされながらに予定を詰めて、フーゴの出発は二日後となった。
 出発までの空いた時間、たもっちゃんはクマの料理人であり村の宿屋の主人たるジョナスの所に入りびたり、金ちゃんが村の大きめの子供と相撲を取るなどして遊び、そのそばでせっせと水あめを練る小さい子たちにレイニーやじゅげむが熱心にまざる。
 水あめ班には私も一緒に参加して水あめを丹念に練りながら、ちょっと離れた物陰でレイニーとじゅげむの様子をうかがい接触の機会を作ろうとするが事案を恐れる部下により強硬に止められている赤銅色の髪と目の騎士、セルジオがチラチラ見えているのをなんとも言えない気持ちで眺めたりした。
 悪気がないのは解っているが、せめてもうちょっとうまく隠れて欲しい。
 あと、これはほとんど余談になるが、テオは村に派遣されている騎士の鍛錬に参加したりして、そのためかセルジオを抑止し説得するメンバーにちょいちょい配置されていた。

 九ノ月二十一日に、フーゴは村の近くの木工所や工房、そして村の人々にやたらと別れをおしまれながらに王都へと発った。
 フーゴの商才を便利に使った自覚があるのか、めずらしく村にいなかった事務長からは見送れない謝罪の手紙まで届いたと聞く。
 恐ろしい。事務長とさえ距離を詰めるフーゴのコミュ力。ウェイウェイと人間関係に食い込む力。これだからパリピは。
 一方、フーゴの実家、ペーガー商会から同行し村の食堂で色々学んでいたらしい料理人は地味に、しかし兄弟との別れのように共に修業した料理人たちから送り出された。
 これはこれで私にはよく解らない世界だが、日焼けしてむきむきしてきたフーゴと違い、料理人のおっさんは逆になんとなく色白になっていた。ずっと屋内の厨房にこもり、ひたすら料理の研究をしていたからだろう。
 朝から船で空を飛び、「船めっちゃでかくなってんじゃん!」みたいな感じでキレ気味におどろかれながら一日掛けて王都へ着いて、日暮れの街をフーゴと共に冒険者ギルドへ。
 ローバストから王都までの護衛が一日で終了していることに釈然としてない職員に何回も確認されながら、指名依頼の完了を報告。
 依頼主であるフーゴが了承していると言う一点で、どうにか強引に話が付いた。
 仕事が終わり、すっかり暗い空の下ギルドの前で解散となる。
 ――の、かと思っていたら、なぜか気付くと我々はペーガー商会の工房にいた。
 そして業務用大型冷蔵庫みたいな金属の箱を前にして、たもっちゃんが叫んだ。
「ルディ=ケビン、久しぶりだねぇ!」
 いや、正しくは、業務用大型冷蔵庫みたいな魔導式大型オーブンの周りで職人たちとああでもないこうでもないと話し合い作業していた男性エルフの錬金術師、たもっちゃんの心のオアシス、ルディ=ケビンに向かって叫んだ。
 そろそろ開発も大詰めで完成間近のパンを大量に焼くためのオーブンも、エルフの前ではあと回しなのだ。なぜなら、たもっちゃんなので。
 名前を呼ばれ、ルディ=ケビンは真っ直ぐ長いプラチナブロンドをさっと揺らして振り返る。そして翡翠の瞳におどろきと親しみを同時に浮かべ、「お帰りなさい」としっとり言ってうちのメガネをもじもじさせた。
 なんと言うキラーコンテンツ。
 そんな我々がここにいるのは完全に、フーゴにうまいこと誘導されたためである。
 うまいことって言うか、オーブンとエルフでうちのメガネは普通に釣れたし、なんならエルフだけでも全然釣れた。
 使い込まれた道具や家具、加工前の金属や魔獣のものらしき素材でごちゃごちゃとした工房は、正確に言うとペーガー商会と契約している職人のものであるらしい。
 金属加工が専門で、鍛冶屋に似合いにと言うべきか。ずんぐりとした筋肉質の親方をルディがメガネに紹介し、そのままずるずる大型オーブンの話へと移る。
 一方で、彼らのジャマにならないようにとの配慮か。少し離れた、けれども同じ工房の中で、その姿はなんだ! と、勢いよくおどろかれているのはフーゴだ。
 おどろいているのは清潔なシャツとベストのボタンを上まで閉じて、短い髪をきっちり後ろになで付けた三十前後の男性である。
 ちょうど工房にきていたらしいペーガー商会の長男で、フーゴの兄だった。
 さすがに素肌にベストはどうかと思い、フーゴには適当なシャツを貸していた。
 が、王都で最初に出会った時とかの、仕立てはいいがどこかチャラチャラしいファッションに身を包む実際チャラいフーゴの姿を知ってると、今のこんがりマッチョはシャツの問題とかではなくてなにもかもが違う。
「お前……お前、どうした!」
 私のあやふやな記憶によるとめちゃくちゃ物腰が慇懃なはずのペーガー商会の長男は、若干のパニックか、家族用の雑な態度をぼろぼろ出して軽薄な弟に詰めよった。
「何だその姿は!」
「あ、やっぱり服着てても解る? 僕も、自分でもちょっとたくましくなったかなって」
「いや、弟は服のサイズが変わって喜ぶような事は言わない。誰だお前は」
 元の弟を知りすぎている長男はフーゴの言動までをも怪しみ出したが、気持ちは解る。
 日に焼けた肌の色あいも筋肉的な容量も違うし、もしかしたら別人かも知れんと思うまである。気持ちは解る。ものすごく。
 そして、ルディ=ケビンや職人の前で体をよじってもじもじしているうちのメガネや兄に胸倉つかまれてぐらんぐらんと揺すられてわーわー言ってるフーゴの姿を見ながらに、私は悟った。
 これ、多分話終わんねえなと。

 大型オーブンの金属製の筐体が熱でゆがむ問題は親方を始めとする職人たちが試行錯誤で乗り越えて、あとは温度のむらをいかに減らすかでルディの腕が試されている段階だそうだ。
「まず、発想を変えるべきかと。あの大きさで、温度差を完全になくすのは不可能だと思うんです。なくせたとしても、効率が悪い。ですから出力を抑えた熱源を複数個所に設置して、相互的に熱を補う形で温度のむらを極力少なく――」
「ルディ、ルディ。着いた着いた」
 もうなんか、そのことで頭がいっぱいらしきルディから延々と訳の解らない話を聞かされながらにがたごと揺られ、彼の自宅へ到着したところで私は彼の長い話を止めた。
 我々はすでに工房を出て、ペーガー家の長男が手配してくれた馬車に分乗し夜の王都を移動していたのだ。
 開いた馬車の扉から、レンガ造りでタテ長い家の少し高い玄関と道とをつなぐ数段の短い階段が見える。
 この一角に似たような家が何軒も並ぶタウンハウスの一軒で、その前にとまった馬車からルディ=ケビンがおり立つと、意図的に隔離されていたメガネが用もないのにもう一台の馬車から飛び出してきた。
 食事もまだだと聞き出していたルディに対し、お夕飯の準備も大変でしょうしお手伝いしましょうねといそいそ家に入り込もうとするのをわあわあ言って阻止していると、ルディの妹ルドミラ=シーヴァがなにごとかと玄関先に顔を出す。
「ああああああ妹さぁん!」
「にっ、逃げろ! リューダ、逃げるんだ!」
 兄に似てきらきらしいエルフである妹は、生まれ付き足が不自由だった。
 兄が作った浮遊するイスに腰掛けて家の中は好きに移動できるようになってはいるが、どうしてもとっさの機動性にはとぼしい。
 その妹を守るため、ルディは身をていしてメガネを止めた。
 ルディと共に荒ぶるメガネをはがいじめにしながらに、その様子を間近で見ていたテオや私やホントに見ているだけのレイニーはいよいよルディも本心を隠さなくなってきたなみたいなしみじみした納得に包まれていたし、エルフにはがいじめにされメガネはまんざらでもなさそうだった。変態の業は深すぎるので。
 一応馬車から出てきた金ちゃんは興味なさげに大きな口であくびして、じゅげむは大騒ぎする大人らにどうしていいのかおろおろしつつも初めて会うルドミラ=シーヴァに「こんばんは、じゅげむです」と挨拶できていてえらかった。

 誰になにをお渡ししたのかもはやひとっかけらの記憶もない私だが、多分これはまだやろとルドミラ=シーヴァへのおみやげに砂漠で作った保湿ジェルを渡し、ついでにいつもながらうちのメガネがすいませんと謝罪。
 お仕事なのでぎりぎりなにも言わないがなんだこいつらみたいな顔の御者が待つ、ここまで乗ってきた借りものの馬車にメガネを押し込み分乗の上で離脱した。
 より道ですっかり夜のふけた、けれども街灯や店の明かりに人の気配の感じる街を二台の馬車でがたごと抜けて、到着したのは立派な門扉に守られた広く豪華なお屋敷である。
 去年の夏にきっちり半分ぶっ壊れまあまあ最近修繕が終わったそのお屋敷で、「今度は何なの?」と我々を出迎えてくれたのはしたたるような蜜色の髪と淡紅の瞳が酷薄なほどに美しい、Tシャツ姿のアーダルベルト公爵だった。パジャマにちょうどいいらしい。

つづく