神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 333

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

333 姉妹

 これは、お前らホントにでたらめだなみたいな感想を、色々とごまかしたはずなのに結局はもらってしまうなどしてからの話だ。
 ちょっと遠巻きに様子を見ていたネコの村、ハイスヴュステの民たちも、短い柱みたいな魔道具がざばざば水を出す様子にはなんだあれとざわついた。
 魔法で水を生み出しているのか。いや違う。じゃあなんだ。魔道具だ。なんだその魔道具は。いや、そう言う魔道具って言うか。
 みたいな、すでに一回やったやり取りをもう一度くり返しながらに話し合った結果、ピラミッド建造途中にうっかりバレた謎現象をごまかすためだけに作られたでたらめで雑な転送魔道具の理論を利用して、深い谷底から地上まで一瞬で水を呼ぶ魔道具にはもう少し改良が加えられることになる。
 と言っても、最初は桶に刻んだ魔法術式を砂漠の砂を適当に固めた漬け物石的なものに移し、それをシンプルに川底に沈める方式に切り替えただけだ。
 別に桶を吊るしたままでも水を呼び出す点では問題はないが、谷底に流れる川は結構勢いがあるし風も吹く。
 そのため水中にひたした桶が流されてしまわないように、吊るしたロープを結わえた足場がぎしぎしときしんだ。
 謎の骨と革で作られた深い谷に張り出し途中までしかない橋が、きしむ。とても恐い。
 かと言って、毎回長いロープをせっせとたぐり桶を下ろしたり回収したりも大変だ。深い谷のかたわらで暮らす、深淵の村ではそれが通常のことではあるが。
 そこで、石かなんかに魔法術式刻み直して沈めちゃえばいいんじゃね? と、たもっちゃんはああでもないこうでもないと魔道具の改良をもたもた進め、どうにか仕上げた。
「俺、頑張りました」
 レイニー先生の協力を得て術式を刻んだ漬け物石を川底に沈めてなおかつ動かないようになんかうまいこと固定までしてもらい、メガネは改めて親指を立てた。
 普通に桶を吊り下げて水を汲む時も、川底に漬物石があるせいでジャマになったりしないよう位置には気を使ったとのことだ。
 そんな細やかな気遣いも評価して欲しい。
 たもっちゃんのドヤ顔は、そんな下心が透けて見えるかのようだった。

 この、水の流れる谷底と人の暮らす岸辺の上にそれぞれ設置された魔道具は、村人を危険な水汲み作業から解放するはずだ。
 しかし、大人としては素直によろこんでばかりもいられないらしい。特に、村を治める族長などは。
 よそ者がなんかやり出したと聞き付けて、族長であるシピの父親がやってきたのはすでに魔道具が完成形に進化をとげてからだった。
 砂漠のフチの谷からは安全を確保できる程度には距離があり、けれども水汲みの足場が深い谷へと張り出す様子は見て取れる。
 そう言う位置に設置された魔道具のそばで、族長の身分を表わす刺繍の入った黒衣をまとい壮年の男が苦々しい顔で問う。
「目的は何か」
「あっ、猫です。猫」
 それに答える黒ぶちメガネは、村の重鎮っぽいおっさんたちにギッチギチに囲まれていた。
 彼らはどうやら、怪しんでいた。
 別に頼まれもしないのに、総じて高価な、そして訳の解らない魔道具を、わざわざ技術と労働的なコストを払い設置した目的が解らない。――と。
 その魔道具をどーんと勝手に設置する一部始終を見ていたシピが父親にお前も止めろと怒られていたが、たもっちゃんは水汲みの場所を見たいとだけ言っていてロクに説明してなかった気がする。
 びっくりするほどのとばっちり。
 どう考えても、先に話を通しておくべきだった。
 こりゃーもめるぜー、と黒衣に囲まれるメガネを見捨ててじゅげむや金ちゃんを確保して避難しながら思ったが、決着は意外にすぐだった。
 すぐって言うか、たもっちゃんがネコと答えた最初の会話で族長も村のおっさんたちも「なんだあれか」みたいな感じで納得してしまったからだ。
「それならばシピから聞いている。よいのはいたか?」
「今、連れが見せてもらってます」
 族長であるシピの父がうなずいて、たもっちゃんが答え、私がおどろく。
「えっ、ネコ? ネコの話? ネコもらうなら魔道具のことはもういいの?」
「うん。猫。もらうにしても、何かお礼はしなきゃと思ってたんだよ」
 つうか今、秒で見捨てて逃げたよね。と、絶妙に遠い位置にいる私や誰よりも離脱の素早かったレイニーを責めるのもしっかり忘れず、たもっちゃんが語るところによるとネコはよいものなのでちゃんとお礼をしなければならないとのことだった。
 決して感じのいい言葉ではないが、この村での巨大なネコは言うなれば家畜だ。
 そして家畜は、財産である。
 これに私はおぼろげながらどっかの民族が結婚する時に夫が妻の家にウシを何頭か渡さなきゃいけないみたいな話を思い浮かべたが、このイメージが今の話題に合ってるかどうかは解らない。
 とにかく、確かなのかネコはよいものだと言うことだけだ。ネコ。ネコかわいいよネコ。
 族長たちも理由が解ればもうそれで構わないらしく、あとは普通にお礼を言われた。
「もし、この魔道具がずっと使えるならば助かる。たまに落ちる奴もいるのでな」
「もしもじゃなくてずっと使えますぅ」
「たもっちゃん、そこじゃない」
 急に製作者のプライドを出してくるメガネを取り押さえ、魔道具の設置から族長に怪しまれるまでのぐだぐだとした一連の感じをずっと微妙な顔で見ていたテオに手伝ってもらい、ずるずる引きずり黒衣のおっさんから引き離す。
 その作業に忙しくついスルーしてしまったが、よく考えたら今我々は恐ろしいことを聞いてしまった。落ちるのかよ。たまには。
 この頼まれもしないのに設置した水を呼び出す魔道具で、これからは事故の再発防止に努めて欲しい。よその村のことながら、なんか普通に恐いので。

「困った事があれば何でも言いなさい」
「連れが猫の事で相談にくるかも知れないです」
 少しして、ネコの村の族長とメガネは最終的にそんな会話で握手を交わした。
 和解である。
 ネコも大切な財産ではあるが、魔道具は魔道具と言うだけでべらぼうに高い。
 この話題を深追いすると平等なトレードではなくどちらかの足が出ていることが判明してしまい、お互いロクなことにはならない。
 あの、行き違いしかないような会話の水面下において、そんな大人の判断があったのだ。
 って、のちに、逆にあのぐだぐだでなんで和解できたのと不思議がる私にメガネが雑に言っていた。
 それから、無事に運命の出会いを果たした魔族の双子や巻き添えになった叔父と合流し、その運命のネコが見当たらないと思ったら屋外にぽつりと――いや、ぽつりと言える大きさでもないのだが。
 三人の魔族のそばに不自然に置かれた巨大な箱に、巨大な黒ネコが二匹みっちり詰まっていると言うことが解った。
 巨大な箱の側面の巨大なネコの頭が入るくらいの穴から内部を覗き、なにもかもが黒いとしか解らない中の様子に私は呟く。
「どう言うことなの……」
「人見知りです」
 変にきっぱり答えたミスカによると、箱の中に詰まっているのは全然人に慣れないし、毛皮が黒くて太陽熱を一身に集めてすぐバテる究極のインドア派ネコらしい。
 そんな二匹の黒ネコを熱烈に引き取ることを決め、もうすでに自慢のうちの子ですみたいな空気をむんむんと出して魔族の双子が力強くうなずく。
「姉妹のネコです」
「一緒なんです」
 姉妹だから一緒に引き取ると言う意味なのか、よく似た姉妹であることが自分たちと一緒だと言いたかったのか。
 よくは解らないのだが、とにかくやたらと頼もしかった。
 あと、直接的な恩人であるツィリルを待ち構えていたエミールはフード付きのマントを着込み強めの隠匿魔法を掛けて言われなければ気付かないレベルで防備した魔族を、自力で特定してみせた。商人の勘かなと思ったが、一度紹介してるから魔法の効きが悪いのか。
 それから改めて礼を言いながら二人の姪の存在におどろき、自分がピラミッドに滞在していた時には存在も知らされなかったことを思い出し、いえ、いいんです。ご心配ですもんね。大丈夫です。解ってますから。いいんです。と、おどろきと気付きとフォローを口をはさむ間もなくいっぺんに済ませた。
「お預かりした素材を売って、必ずまたお礼に伺いますから。その時は、お嬢様がたになにかよい物がないか探してお持ちしましょう」
 少なくとも見た感じだけは気を取り直したエミールが如才なく最後にそうしめくくるまで、ツィリルは赤べこのようにひたすらうなずいているだけだった。
 めげない商人の圧倒的コミュ力。

つづく