神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 139

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一家離散編

139 ずばばば

 言われてみれば、奇妙な話ではあったのだ。
 エルフの少女たちはさらわれて、この大森林の真ん中にぽつりと建った小さな小屋に囚われていた。
 私が半解凍の状態で運び込まれて、すでに四日や五日は経っている。だから少なくとももう少し長く、彼女たちはここにいたはずだ。
 そして当然その間も、同じ里の同胞は少女らの行方を必死に捜索していたと言う。
 しかし、と。
 どうにも納得行かない様子で、秀麗な顔を曇らせるのは武装した男性エルフの一人だ。
「どうしても解らない。動ける者は殆どが里の外に出て、この近辺は隈なく探した筈なのだ。それなのに、今日までこんな小屋がある事にすら気付かなかった」
「あ、やっぱエルフでもそうなんっすか」
 この辺、絶対変っすよねと。同調したのは薬売りの二人だ。
「自分らもこの辺は担当区域の端なんで、見回る事も結構あるんす」
「だけど、こんな小屋があるなんて今まで全然知らなかったんすよ」
 これは一体どう言うことかと、薬売りとエルフのお父さんたちは難しげな空気で考え込んだ。
 ただ、我々と言うか主に私は、別のところにびっくりしていた。
「この辺てそんな感じなの? もしかして、大森林の真ん中とかじゃ全然ないの?」
 いや、周りを見てもよく解んないからさ。葉っぱが落ちて枯れたみたいな黒い木がいっぱい生えているだけで、しかも枝には雪がくっ付き枯れた森の向こうのほうはかすんだようでよくは見えない。
 これでここがどこだとか、解るほうが変だと思うの。
 そんなおどろきが大半の私の疑問に、姐さんなに言ってんすかと薬売りが首を振る。なんとなく、しょうがない子に皆さんご存知の常識を言い含めるかのようだった。
 薬売りやエルフやうちのメガネの説明によると、どうやらこの小屋が建っているのは大森林の最深部ではないらしい。
 嘘でしょみんな知ってたのかよと改めておどろくのに忙しく、て言うかこいつもいよいよ私のことを姐さんとか呼び始めたなと気付くのが遅れた。
 そしてよくよく立地を聞けば、割と知ってる場所だった。今目の前にいる薬売りの二人や、黒ネコの魔獣と最初に出会った川の近くとのことだ。
 顔の恐い魚の鍋やぽっちゃり太ったカエルの料理に舌鼓を打ったあの場所だなと、なんだかぼんやり思い出す。
 そう言えば、あの頃に採集したガラスの素材や染料もそのまま全部しまってあるなあ。ローバストの村の家に窓ガラス付けたいっつって、全然作ろうともしてなかったなあ。やりたがったのはメガネだが。
 正確に言うと我々がいるのは、やたらと幅広の滝のある川が終わる場所よりも、いくらか上流の位置らしい。
 なら多分、あれだな。記憶は一切ないのだが、私が半分凍りながらに流れてきたの。その川だな、状況的に。
 適当な岸に流れ着き、今は茨に巻かれて小屋の片隅に片付けられている奴隷商のおっさんたちにもしも拾われてなかったら。
 切り立った崖をざばざば流れ落ちている、あのでっかい滝から私も落ちていたのかも知れない。
 危ないところだった。危機一髪だった。記憶は全然ないのだが。
 じゃあ逆に、ドラゴンさんの家ってどこよと思ったら、それはやっぱり本気で大森林の真ん中らしい。意味が解らない。
 たもっちゃんをつかまえて、私はひそひそと問い詰めた。
「私ら、ドラゴンさんの巣から吹っ飛ばされたじゃん?」
「そうだねぇ」
「じゃあなんで、私だけこんな所で発見されんの?」
 この辺は、薬売りの営業区域に設定されていると言う。ならば、人が足を踏み入れることができないと言う訳では決してない。
 それでも腕の立つ冒険者がパーティを組んで、苦労してどうにか到達できるくらいの奥地ではある。と、たもっちゃんは言った。
 そんな所が職場なのかよ大変じゃんと薬売りが心配になるが、今はいい。どうでも。
 しかし大森林の奥とは言っても、それは矮小な人間どもの感覚においてだ。ドラゴンさんの自宅のような、異世界の森の真ん中はもはや前人未到の域になる。
 そんな場所からこんな所へ、私は知らない内に移動していたことになる。
 なぜか?
 たもっちゃんは「だからぁ」と、めんどくさそうに教えてくれた。
「流され過ぎてんだよ。リコ。川に」
「あー」
 それねー。
 切り立った岩山のすごい高いとこにある、ドラゴンさんの巣穴から吹っ飛ばされた我々は。メガネの変態はその辺に、草刈りババアは川へと落ちてどんぶらこと流されたらしい。
 それは知ってた。ただ、まさか。そんなえらいこと流されてたとは思わなかったし、思いたくなかっただけの話で。
 私がすごいどんぶら流されたせいで、探すのも結構手間だった。みたいな文句もついでに聞いたが、いやいや。ご冗談でしょ。先生にはガン見があるじゃないすか。
 そんなどうでもいい小芝居を始め、メガネと私の二人だけでウケてたら周りの空気がなんか冷たく乖離していた。割とよくある。
 そう。
 あれは、たもっちゃんと私が高校で誰一人としてやる気のないクラスに所属してた頃。
 文化祭前のくじ引きでクラスの出し物を一身に背負わされたうちのメガネに泣き付かれ、どうせ誰も見にこねえしなと出来心でオリジナルのネタを練り二人で漫才などしたらやっぱり一切ウケなかったあの時の空気感を思い出す。オリジナルはきつい。
 あまりにもひどかったからだろう。客と、なにより自分らが正気に戻ってしまうのを恐れて我々の舞台は休憩なしで四時間ぶっ通しの予定だったが、始めて早々、二ネタめの途中で運営側の介入を受けることになる。
 そして担任と学年主任の先生と生徒会の実行委員に取り囲まれて、なんだあのネタはなにか悩みでもあるのかと真剣に心配されたのも今ではいい思い出。には全く一切なっていなくて、なんであんなことしたんだろうなと自分でも不思議で仕方ない。
 あれが思春期の文化祭マジックと言うやつなのだろう。多分違う気はする。
 そんなどうでもいい思い出にムダに頭を悩ませていると、少し離れた所では薬売りとエルフたちの集団がなにかを話し合っていた。
 内容までは解らない。しかし少し見ていると、彼らは足元を指差して凍って固い雪の地面をがしがしと足で踏み付けていた。
 そうしてそこら中の地面を探り、やがて掘り起こされたのはいくつかの石だ。なんとなく漬け物石くらいの大きさで、表面には文字っぽいものか模様のように刻まれている。
 彼らはそれを難しい、苦そうな顔で見下ろした。
「これでは気付かないのも無理はない」
「防御と隠匿の魔法壁っすね」
「えっ、マジで?」
 見せて見せてとメガネが食い付き、石に刻まれた魔法術式を見物に行く。
 エルフと薬売りが協力して見付け出したその石は、全部で九つあるようだ。
 それは三角形を描くように地面に置かれ、内側、間、外周と、九つの石で大きさの違う三つの三角が作られていた。
 この大きさの違う三角が、三つ全て重なる範囲が魔法によって守られるのである。
 と言う、なかなか本気の魔道具だそうだ。
 この場合、三つの三角に守られているのはあの小さな小屋だった。つまり、意図的に。そして少なからぬコストを掛けて。あの建物は守り隠されていたことになる。
 まあ、ムリもない。
 なにしろ家主は奴隷商たちだ。しかも、多国間で禁じられているエルフに手を出している。そりゃ全力で身を隠す。
 それに、ここは大森林だ。魔法で守られていなければ、建物もそうはもたないのかも知れない。
「石が幾つか、ローテヒッツェに破壊されたのだな」
「それで小屋が見える様になったんっすね」
「しかし、あの茨は何だ? 傷一つなくローテヒッツェを制圧するとは」
 エルフと薬売りがぼそぼそと、話しているのはあの赤い巨大なイヌのことらしい。
 どうやらあれも暴れ出したら被害の大きい魔獣のようで、なのにそれを抑えるあの茨はなんだと。そう言う話になっていた。
 ごめんな。あれ、私だわ。
 正確に言うと、よく焼けた鉄みたいにとろけて赤い、でっかいイヌに襲われた時にわーってパニックになってる内になんか勝手にずばばばっと出てきて気付いたら赤イヌが茨まみれになっていた。
 それ以上のことは解らない。
 私はいまだ、茨のスキルがなにをどうしてどうなって自動的にでてきてうまいこと魔獣とかに巻き付いているのか、原理とかさっぱり解らないでいるのだ。
 詳しい説明を求められても困るので、とりあえず、こっちに注意が向かないのを願い休み時間の教室のように全力で存在感を消した。

つづく