神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 331

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

331 借金よりネコ

 また絶対その内くるし、ほかにもなんかいるもんあったら調達しとくねと。
 ぶんぶん手を振り水源の村に別れを告げて、我々は新しく設置したドアでピラミッドへと移動した。
 そして、すぐにアルットゥらの元へと戻った。
 村の近くで砂漠に置きっ放しにしていた、最近買った帆船を忘れてきたからだ。
 またきた! 回収した! こんどこそまたね! みたいな感じで恥ずかしさいっぱいに水源の村を駆け抜けて、戻ってきたメガネに私はあきれを隠し切れない。
「たもっちゃんさあ」
「だって最近村で泊まってたから……もう船まで戻るのも面倒になって、その辺で寝てたから……」
 そう言えば忘れてたのは私も一緒だったなとメガネを責めつつ思い出したが、あれは私の船ではないので私はセーフだ。
 こうして、水源の村からドアのスキルでピラミッドへと移動したのは、たもっちゃん、テオ、じゅげむに金ちゃん、レイニーと私。
 それと、シピとミスカに二匹のネコだ。
 彼ら二人は水源の村からネコの村まで自力で帰れるそうではあるが、十日は掛かるし連れ出したのが我々なので送って行こうと言う話になっている。
 それで時間短縮のために、村と村の直線からは外れるがちょうど真ん中辺りに位置するピラミッドへとやってきたのだ。
「でもさ、たもっちゃん。なんで直接ネコの村へ行かなかったの?」
 私はレイニーのエアコン魔法で快適に保たれたピラミッドの中で、魔族の双子とじゅげむがきゃっきゃとネコにまみれて溶けているのを見ながらに問う。うらやましい。
 すくに出発するはずが、ネコの気配を察知してルツィアとルツィエが光の速さで出てきたことで足止めされている状態である。
 だが、それはいいのだ。別にどうでも。それよりちょっとそこ代われ。
 破裂しそうなうらやましさを別の話題でごまかす私に、たもっちゃんが「いやいや」と答える。
「深淵の村もドアなかったじゃん」
「なるほど?」
 全く覚えてねえなと思っていたら、レイニーがいたわるように私の背中に手を置いた。
「リコさん、覚えてない時は覚えてないと言って良いのです」
 いつになく、この天使から慈愛を感じる。
 なお、水源の村でそうしたように現地にドアを設置しとけば深淵の村へも直通で行けたが、メガネによるとそれは普通に忘れたとのことだ。

「ネコ、ネコまたね……」
「また遊ぼうね、ネコ……」
 魔族の双子は別れがつらいと全身で訴え、二匹のネコがシピとミスカに連れられて船に乗り込むギリギリになっても毛皮をなで回すのをやめようとはしなかった。
 このままでは姪たちがネコの村の子になるとでも言い出しかねないと、ツィリルをはらはらさせる勢いである。
 その熱量を目の当たりにしたせいだろう。
 たもっちゃんが雑に飛ばす船に乗り、おおよそ半日掛けてたどり着いた深淵の村で我々はシピからある提案を受けることになる。
「この魔獣はずいぶん昔から村で飼い慣らして、繁殖させたものなんだ。だから、魔獣と言うよりもはや大切な家族に近い。ただ、中には戦士が乗るには向かないものもいる。それは遊ばせるほかにないんだが……。もし可愛がってくれるなら、譲ってもいい」
「ねたましい……」
「リコ、リコ。落ち着いて」
 正直、その提案は私に向けてしてくれよと強烈に思う。
 しかし私は、なぜか深淵の村のネコ様たちに非常に覚えが悪いのだ。あと、定住してないからネコ様の生活環境としては最悪と言うような気もする。
 仕方ない。くやしい。仕方ない。ちくしょう。
「でも、生き物だからね。一回、本人達にもちゃんと飼えるかどうか聞いとかないといけないね。覚悟とか」
 のた打ち回る私のことはあきらめることにしたらしく、たもっちゃんはそんな、一家のお父さんみたいなことを落ち着いて言った。
 それで、増え続けていた板を一枚にまとめ、金ちゃんに背負ってもらっていた通信魔道具でピラミッドの魔族たちに連絡を取る。
 それから三十分ほど経った頃。
「きました!」
「ネコ!」
 砂漠のふちの谷にそう、深淵の村に魔族の双子が現れた。
 正直、呼んではないのだが、通信魔道具をピラミッドにつなげてネコがもらえそうだと伝えると、魔道具の向こうで一瞬バタバタと騒がしくなった。
 あわてて止めるツィリルの声が聞こえたかと思うと今度は逆に静かになって、「二人が飛び出して行った。わたしも追う」と、どこまでも端的な通信を最後に一方的に切れたのだ。
「飛んでくるってこう言う事なんだねぇ」
 風のように空から降り立つ二人の姿に、たもっちゃんがミスカのためにカレーを作る手を止めてしみじみと言った。
 ピラミッドからここまで、ハイスヴュステの魔獣で五日。
 たもっちゃんの船で半日。
 ネコによるブーストが掛かると、魔族で三十分弱と言うことが解った。
 ツィリルがまあまあ必死の顔で追い付いてきたのは、二人の姪から数分遅れてのことである。

 隠匿魔法を強めに掛けてハイスヴュステの黒布でほっかむりした二人の姪と、フードの付いた普通のマントを装備した叔父は辛抱強く講習を受けた。
 講習と言うか、人を乗せられるサイズのネコ様にお仕えする際の心構えと注意点などを、村に近い砂漠の上にレイニー先生がお作りになった日よけとエアコンの効いた障壁の中でミスカに解説されている。
「まず、箱です」
「はこ」
 どことなくキリッと真顔で言った男の言葉を、双子の二人が声をそろえてくり返す。
「貴方がたは、ねこと呼ぶのでしたか? 箱はその、入るべきねこにぴったりか、少々小さいくらいが宜しいでしょう。心配はいりません。ねこは流体です」
「ネコはりゅーたい」
「ねこのご不浄を用意する者もありますが、ほとんどは砂漠で済ませます。砂漠の生物が始末してくれるので。稀に、真新しいものを踏む不運はありますが」
「不運……」
 ここで、ルツィアとルツィエの呟く声がいくらか複雑そうに揺らぐのが解った。
 が、それは一瞬のことだ。
 なぜか自然と正座になった二人の前で、あぐらをかいて語り掛けるミスカ。
 その片膝に赤と茶のまだらのネコの大きな頭が載っていて、ミスカが片手間になでるのに合わせてぐるぐると気持ちよさげに喉を鳴らした。
 まるで冬の日のひなたのような飼い主とネコの光景に、魔族の双子はきゅっと表情を引きしめてシンクロした動作でうなずいて見せる。
「生き物がフンをするのは当たり前です」
「そう。がんばります」
 ネコのうんこを踏むことくらいなんのことはないと、若い娘が腹をくくった瞬間である。
 強めの覚悟を感じさせてよかったと思う。

 あとは、エサとなる魔獣を一緒に狩ったり、もしくは飼い主が狩ったものを与える必要があること。
 いたずらもするし、基本こちらの思い通りにはならないと言うこと。
 もしもネコが体調を崩した時にはすぐさま呪術師に見せにくるか、最高級のポーション、もしくは万能薬をためらいなく使え。借金がなんだ。ネコが元気ならそれでいいのだ。
 ネコが寂しがったら寂しがらせてごめんなと謝り、ネコが怒ったら怒らせてごめんなと謝り、ネコが人の寝床で寝たがれば人はネコのすき間で眠る。
 そう言う下僕に、お前たちもなれ。
 ミスカによるネコ様と共に暮らすための諸注意は、最終的になかなかの感じでしめくくられた。
 借金よりネコ。私おぼえた。
 ルツィアとルツィエが覚悟を持って講義をどんどん吸収して行く様と、その後ろで叔父のツィリルがちょっとだけ置いて行かれている姿をまざまざと。
 彼らの横の辺りから目撃しながら私は一緒に講義を受けたが、どうしてもガマンできずに最後に問うた。
「なんでこの村の人ってネコに乗ってんの?」
 戦士が乗る騎馬として、なんかこう。思い通りにならないネコは致命的ではないのか。
 ネコ様のことは私もまあまあ心底愛しているが、その点についてはどうしても不向きとしか思えない。
 ねえ、困らない? と問い掛けた私に、答えたのはミスカではなくシピだった。
「いや、困る。だから狩りに行く時の荷物は大半がねこの気を引くための食料で……」
「ねえ、ホントなんでネコに乗ってんの?」

つづく