神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 292

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


久しき帰省と待ち受ける保護者編

292 希少本

 王の元へと赴いて、アーダルベルト公爵は見事おとがめなしをもぎ取ってきた。
 魔族とは人族とも獣族とも相容れず、魔力も体も頑強で、単体であろうと軍隊なみの脅威ともなり得る。
 通常は別の大陸で暮らすので、人が魔族を目にすることさえ滅多にはない。
 だが、これを。一応国の外ではあるとは言っても、国境を接する砂漠の中に監視もなく置こうとは一体どう言う了見なのか。
 王城で持たれた話し合いの中では、そんな意見も当然のごとく出たそうだ。
 が、なんとかなった。
 と言うか多分、なんとかしたのだ。公爵と老紳士が手を組んで。
 もちろん、ヴァルター卿には訳の解らない信頼を置いている。だってヴァルター卿だから。
 しかし冷静に考えてみれば、公爵だってなかなかなのだ。
 これらの保護者が二人掛かりでなんとかしたら、大体のことはなんとかなるような気がする。不思議だね。
 なんかむしろちょっとだけ、寝耳に水の王様やこの世界では常識的な意見を出しただけのえらい人などが、あれよあれよと丸め込まれたかと思うと気の毒な感じさえしてくるレベルだ。ありがたい。
 こうして王や重臣や役人たちを論破するだけのお仕事を終え、屋敷に戻った公爵によるとやはり我々はしばらく公爵家に留まることになるようだ。
 口が堅くことなかれ主義で、見て見ぬフリや深く考えないと言う保身の形を知っている者。
 そんな基準で契約魔法の使い手を選定するために、少し時間が必要らしい。
「そう言えば」
 と、屋敷に戻り我々とそんな話をしていた公爵が、執事の入れたお茶を片手に思い出したふうに言う。
「君から預かった写本。草の本はともかく、ほかはちょっと訳が解らなかったから城の者に見てもらったんだ。出掛けるついでにね」
 それでもやはり優雅ではあるが、用事を終えて普段着に着替えた公爵は王城へ行く前よりもリラックスしているようだった。
 居間のソファに腰掛けて、語る言葉も軽やかな気がする。しかし。
「公爵さん、言いかた」
 訳解らんて。
 言いかたどうよと私は口をはさんだが、大して気にしてもらえなかった。それよりも話を進めるほうを優先し、公爵はどこか困ったような表情で続ける。
「そうしたら、中の一冊がもう原本は消失したとされていて、今では部分的な写本しか残っていない錬金術の手引書だったとかでね。ざっと見て、どうも本物らしいと。ちょっとした騒ぎになってしまった」
 騒いだのは、王城に勤める錬金術師たちだったそうだ。
 私がうっすら覚えている限りでは、奴らは確か茨に巻いたでっかい魔獣を喜々として引き取って行ったやべえコレクター集団だった気がする。
 錬金術師が錬金術の手引き書に興味を持つのは当然だろうし、しかも奴らはコレクターなのだ。そりゃ騒ぐ。マジかよと騒ぐマニアの姿が目に浮かぶ。
 公爵へのおみやげに写した本は数冊あったが、ほかも結構な希少本だったとこの会話の中で私は知った。草の本はともかく。
「譲って欲しいと熱心に言われたけど、さすがにね。私のために写してきてくれた訳だから。少しの間だけ貸し出して、写本させる事にしたよ。返す時には製本の上で、保護魔法を掛けて戻してくれるそうだ」
 そのあとは、公爵家の蔵書の中に加えるよ。と、言った公爵に私もうなずく。
「あ、それいいですね。すいません。ばらばらのままで」
 写本と言っても私はただただ写しただけなので、本の状態にはなってない。裏と表に内容の書かれた単なる紙の束である。
 同人誌も作ったことのない素人なのよ。製本なんてできる訳がないでしょ。
 しかもなんにも考えてないので、保存性がイマイチらしい植物性の紙を使ってしまった。
 加えて、今回は元々の本が大きくて大型の雑誌サイズのものさえあった。それをそっくり写そうとすると、葉っぱの形もそのままに加工した紙では大きさが足りない。
 ではその時はどうするかと言うと、魔獣の皮で作った紙か、紙になる葉っぱを少しずつ重ねて広げ叩き伸ばした成型紙を使う。
 正直これを本当に成型紙と言うのかどうか知らないが、あれみたい。語感に成型肉みたいながんばって作った感はある。
 私の場合は魔獣紙の値段にめまいを覚えた関係で葉っぱの成型紙を使ったが、これは葉っぱそのままのものよりいくらか高いだけでなく、さらに保存性が悪くなると聞く。
 それを錬金術師が保護魔法と言う裏技を施し、どうにか長期の保存に耐え得るようにしてくれるとの話だ。ありがたい。
 ただ通常はその保護魔法にも結構コストが掛かるので、最初から素直に魔獣の紙に写したほうが話が早いし全体的に掛かる費用もそんなには変わらなくなる。
 でも……それは結果論だから……。
 ほら……もしかしたら公爵さん興味なくて戻されるかも知れない本だから……。そうしたら私のアイテムボックスでただ眠るだけになるから……。
 魔獣の紙のぶん、金銭的なコストがムダになるって言うか。でたらめなアイテムボックスに入れとくだけなら、保存性は関係ないから……。
 まさかお城の錬金術師が食い付くとは思ってもおらず、途中で追加実装された写本のスキルを信じ切り、寝ぼけながらにひたすら写してただけなんだよ僕は。
 雑な意識の雑な仕事をフォローさせて忍びねえなと思いはしたが、製本と保存加工してもらえるのは助かる。
 草の本はともかく、どうやらどんな本を写してきても書庫に入れてくれるつもりだったらしき公爵は、お茶のカップをテーブルに戻すとしたたるような蜜色の髪を揺らし問う。
「その錬金術師達から、あの本をどこで見付けたか聞いて欲しいと頼まれているんだけど」
「ああ、シュピレンですよ。魔女の貸し本屋で権力も財力もあるけど人間がムリで読書と本の収集だけが生きがいの独身がよろこびそうなめずらしい本ないですかーって聞いたら、ものすっごい気の毒そうな顔して奥から出してきてくれたんです」
 客をカエルに変えてしまうと近所の子供などからまことしやかに噂されていた、あの。
 全然客に優しくない老女が。
 なお、私が私のために写してきた部分の強い草の本は普通に店内の本棚にあった。
「ねぇ、言い方……」
 確かに本は集めてるけど。
 本は好きだし集めているけども。
 そう言って、しかし歯切れの悪さを隠し切れずに苦情を申し立てる公爵に、お茶のお代わりをそそごうとしていた中年執事や錬金術師の響きを聞いて「あっ、ルディ=ケビンに会いに行かなきゃ!」と、全然関係ないひらめきに背筋をピンッと伸ばすなどしていたメガネ。公爵家の書庫からメイドが探してきてくれた子供向けの本をじゅげむに読んであげていたテオなどの、この場に居合わせてしまった男子らがそっと顔をそらして見ないフリをした。
 きっと、彼らなりの優しさだろう。
 私もちょっと本当のことを言いすぎたような気がするし、なぜなのが全然解らないのだが、インターネッツの民などの使うブーメランと言う言葉について考えたりしている。

 そんなことがあったり、なかったことなどにして、さらに翌日のことである。
 朝の内から公爵家に来客があった。
 それも、公爵ではなく我々に。
 ピラミッド行きの日程が思ったよりも素早く決まり、その話かなと思ったら違った。
 アーダルベルト公爵家の屋敷。その居間の、まだやわらかな朝の光が差し込む窓辺にその人はいた。
 私たちから見えるのは、あごのラインで切りそろえ、ふんわり輝きゆるやかなウェーブを描く髪。どことなくに幼さを残し、小動物を思わせる優しく小柄な後ろ姿だ。
 その人物が――少年が、ふ、とほのかに息を吐き、横顔を見せるように振り返る。
「お困りの時にもたよってくださらず、通信魔道具に出てさえいただけないとは……師匠にとって、わたしは一体なんなのでしょうか」
 久々に顔を合わすなり、重い恋人のようなこの苦情。
 王子だ。
「それ、最近の流行りか何かなの?」
 たもっちゃんが思わず問うてしまうのも解る。
 テラスに続く大きな窓の前に立ち、ムダに意味深な悲嘆に暮れるその姿。
 自称メガネの愛弟子であるやたらと高貴な少年は、おととい我々を出迎えた時のアーダルベルト公爵にあまりにも似ていた。
 これが流行でないのなら、なにかそう言う作法かと一瞬思ってしまうほどである。
 窓辺でムーディーに振り返り、連絡もくれないなんてと責める王子がなにをしにきたのかと思ったが、どうやら本当にこれを言いにきただけだったらしい。
 その、出オチを恐れない強すぎる心。
 ちょっとだけ評価してしまいそうになる。

つづく