神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 234

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お祭り騒ぎと闘技場編

234 じりじり

 普通にシカトして通りすぎてればこちらも気付かなかったのに、素直なリアクションで逆に我々の関心を引いてしまったリザードマンの男。
 そんな愛すべき若者と我々は、ハプズフト一家のゼルマを通して知り合った。
 知り合ったと言うか、一回ちらっと会っただけだしあちらは距離を置きたいに違いないのでとりあえず互いに顔を見たことがあると言う程度のなにかだ。
 我々の、特にメガネがリザードマンに初めて会って、うろこうろことはあはあしてたのが嫌われる最大の原因だったと私は思う。
 リザードマンの若い男も、そのことを全然忘れていなかった様子だ。天井の低い薄暗いトンネルで、やべえのに会ったみたいな感じで明らかな緊張を見せている。
 こちらに背中を向けないように。靴の裏を地面から離さないようすり足で。慎重にじりじり移動して、なにかきっかけさえあれば今にも逃げて行きそうな感じだ。
 たもっちゃんはゆっくり中腰に立ち上がり、それをやはりじりじりと追う。
「えー、そんな。そんな警戒しなくても。そんな」
 そう言うメガネは相手に手の平を見せる格好で、肩の高さに上げた両手をなんとなくわきわきさせていた。これは逃げる。むしろ逃げて欲しいとも思う。
 でもダメだ。彼にはちょっと、聞きたいことと頼みたいことなどがある。
 私はアイテムボックスから適当に、エルフの里で色々もらった民芸品から頭の部分がやたらと長いお面を選ぶ。そしてそれを取り出すと、自重を忘れた変態の前に掲げて見せた。
 えっ? なに? と戸惑うメガネの注意と視線を引き付けて、そのトリッキーな色合いの長いお面を思いっ切りぶん投げた。
「あっ! 世界の至宝が!」
 なんてことをとメガネは非難するように叫び、それと同時に見たこともないほど俊敏な動きで駆け出した。
 そしてお面の端が地面にぶつかる寸前に、地面とお面のわずかなすき間に自分の体を滑り込ませてエルフのお面を破損から守る。
 身をていし、摩擦係数の高そうなスライディングで遠ざかるメガネに我々は引いた。
 トンネルの、会場に面した付近から逆側の端まで滑って行ったにすぎないが、我々の心の距離はそれ以上にどんどんと離れた。
 自分が仕掛けておいてあれだけど、なんかこう。他人のフリとかしていたい。
 いや、絶対キャッチするだろうなと変な確信はあった。だからなにも心配せずにもらいもののお面も投げたが、でもまさか。あんな全身で守りに行くとは。変態が恐い。
 まあ、しかしひとまずそれはいい。
 たもっちゃんはエルフからもらった民芸品に傷でも付いてはいないかと、チェックするので忙しい。こちらの話をするなら今だ。
 リザードマンに視線を向けると、彼は思わずと言うふうに若干ぎくりと肩を揺らした。
 そんなに恐れることはないのだと、示すつもりで私は両手を上げて後ろに下がる。が、よく考えたら両手の感じがさっきのメガネと完全に一緒だ。
 あと、私もほんのちょっとだけリザードマンには触ってみたい。たもっちゃんとの緊張あふれるやりとりを見てたら興味が出てきてしまうと言うか、なんだよ仲間に入れろよみたいな気持ちになってくるから不思議だ。
 でも同意なしにはノータッチだから。たもっちゃんもまだ未遂だから。最後の一線は守れるタイプの日本人なのだといいなと思う、我々は。
 そんな言い訳とぐらっぐらの決意を内に秘め、今の流れを断ち切る感じで私は男に問い掛けた。
「もしかして今日もゼルマと一緒ですか? その辺にいます? 前に大きいサイズの服屋さん教えてもらったの本当に助かったんでお礼言いたかったんですけど、今日は私ら客席には行けないらしくて。申し訳ないんですけど、これ届けてもらっていいですか?」
 さっきからずっと焼いてはいるが買い手のいないタコ焼きを、植物の皮の皿にぽいぽい載せてぽいぽい渡してリザードマンのつるりとした両手をいっぱいにさせてから気が付いた。
「あっ、どっか行くとこでした?」
 彼は客席のある会場側からトンネルにきたので、これから外へ行くのではないか。
 用事があるなら頼むのは帰りのほうがいいのかと、一度渡したタコ焼きを回収しようとしたら彼は大丈夫だと体を引いた。そしてそのままトンネルを出て、客席のほうへと戻って行った。
 こちらとしては助かるが、用があるのに引き返させて悪いことをしてしまった気がする。しかし同時にあの素早さは、単にこの場から逃げたかっただけって感じもあった。
 トンネルの通路から顔だけ出して客席を覗くと、今別れたリザードマンがさかさかと早足で遠ざかって行くのが見えた。
 彼の行く富裕層向けの最前列は低くくぼんだ円形のグラウンドを高い場所でぐるりと囲む、湾曲したテラスになっている。
 そこにはなんかおしゃれなテーブルや寝そべることもできる布張りのイスが並べられ、頭上の大きなパラソルで日差しや後方の席からの視線をさえぎっていた。
 あれ後ろの人のジャマになんないのかなと思ったが、テラスは広く作られて後ろの席も高いので観戦の妨げにはならないようだ。
 少し遠いテラスの席でリザードマンの男が止まり、タコ焼きをテーブルに置いてから片手でこちらを指さした。どうやら誰からの差し入れか報告しているようだった。
 それを聞くのはリザードマンの前にいるでっぷりとした人影で、彼はイスの上で体を起こすと頭をかたむけこちらを向いた。
 遠くてよくは見えないが、あのメタボリックでは収まらない丸さ。絶対にゼルマだ。
 お陰で! 金ちゃんの服! 買えました! と言う感謝の気持ちと怪しくないよと主張するつもりでぶんぶんと手を振る。ただ、金ちゃんの服は買うには買ったがなんか嫌がるのでまだ着せられてはいない。
 遠くで見てもぼよんぼよんと大きく丸い人影が、こちらに向けて片手を上げて見せたので多分なにかが通じたのだろう。それかなにも通じてないか、リザードマンが普通に言ってくれたのかも知れない。
 とりあえずやり切った感じになったので、私はもういいだろうと怒られながらトンネルの中に引っ込んだ。
 怒るのはトンネルの会場側の出入り口の所で、ずっと立ってる警備的なおっさんだ。注意されたと言うべきかも知れない。
 お金を払わず客席にもぐり込もうとしたり、試合が終わって一度出た一般客がもう一度お金を払わず客席へと戻ろうとしたり、商売などで会場には入れるが客席には行けない者などをブロックするのがお仕事らしい。
 トンネルから首だけ出すのはギリギリどうだったのか、そこから一歩でも出たら許さんからなと言わんばかりに私のことも苦々しく見ていた。
 まだセーフだったのか、それともハプズフト一家の人と話したあとだったので若干の空気を読まれたのだろうか。とにかく、外に放り出されたりしなくてよかった。
 屋台に戻ると勝手に渡したタコ焼きぶんの代金をレイニーに厳しく取り立てられたり、お面を大事にかかえて戻ったメガネにエルフの魂がこもった品になにしてくれんだ人でなしとののしられたりした。
 当時のエルフの里を思い出してみても、なんとなく家にあった民芸品をかき集めて渡された感はぬぐえない。だが確かに感謝や真心は感じたし、この用途の解らないエルフの手による民芸品はその証に渡された。
 変態の気をそらすための手段とは言え、乱暴に投げるのは無神経でやりすぎだったかも知れない。
「ごめん。でも、私信じてたから。たもっちゃんがエルフに関連するものに傷一つ付ける訳がないって。信じてた」
「投げなきゃいいんだよ。最初から。投げなくていいの。何なの? 俺の信仰でも試そうとしてんの?」
「いや、別に……たもっちゃんの信仰が深いと解っても変態の度合いが進んでいると再確認するだけで、なんの得にもならないからな……。それは別にな……」
 なんとなく心が暗く静まって、そこまでメガネの心理に興味がないと言うことに気付く。
 急に黙るの恐いからやめてとまるで気弱なおっさんのように実際おっさんのメガネが引いて、じゃあなんか、お客もいないしお昼にでもしようかと。話をしていたその時に。
 おやおやあ、とトンネルの外から声がした。
「いい匂いがすると思ったら、あんたがたの屋台でしたかあ」
 その人はお肉の付いた丸い体を窮屈そうに、少し縮めようとして全然変わらない大きな体でトンネルの中を覗き込む。ゼルマだ。
「差し入れ、有難く受け取りましたよお」
 それでわざわざ足を運んできてくれたらしい。せっかくなので改めてお礼を言うと、彼は顔や首に浮かんだ汗を手にした布で拭きながらふうふうと乱れたような息を吐いて笑う。
「お役に立てて何よりですよお。ハプズフトの仕立て屋で、おもしろい服も作ってくだすってるんですってねえ。ブーゼ一家から移ってうちにくるなら、歓迎しますよお」
 流れるような勧誘にどう答えたものか困ったが、その話はすぐにうやむやになった。
 タコ焼きを三十皿ほど頼むと、ゼルマのたたみ掛けるような注文によって。

つづく