神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 397

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なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

397 潜入

 どうして我々がエレ関係だと見破られたか、なんかすごく気になるし自分で考えても解らないので素直におかみに問うてみた。
 すると、我々が自分で触れ回ってたようなものらしい。
 床からイスに座り直したおかみは、ひらひら薄い衣の袖で口元を隠しながらに語る。
「うちの屋号を書いたメモを見て、すぐに解りました。あれはエレオノーラ様の従者、イェレミアス様の筆跡。あの文字でうちを名指ししたのなら、きっとなにかあるのだと……」
 どうして今頃と動揺はしたが、同時にこれはチャンスだと思った。
「夫は、今も監獄に囚われたまま。エレオノーラ様の号令で同志が集うなら、取り戻すことも叶うかと。そんな望みをいだいてしましました。もう、この国は変わってしまったと言うのに。時代が違うのです。先の皇帝やエレオノーラ様のご両親がおられた頃には、それはもう華やかでにぎやかで。この方達の庇護のもとにある限り心配なんてなんにもいらないのだと信じておりました。けれど、それはせまい世界だけでした。帝都のご門の外に弾かれて、不平に苦しむ者も多かったのに……。愚かにも、わたくしどもはそのことから目を背けていたのです。今の世になり身分ある方々の特権は失われ、世界は窮屈になりました。けれど、誰にも優しくなりました。この国の今のありようを、もはや崩そうと言う者はないでしょう」
 おかみは化粧にふちどられ、そして濡れたような瞳で不都合な現実をきっぱりと告げる。
 そして、覚悟を思わせ震える息を静かに吐いた。
「……わたくしは、エレオノーラ様の御威光を利用しようと企んだのです。同志を集め、夫を救い出すために。もうこの国のどこにも、あの方の居場所はないと知っていて」
 エレが国を追われて以降、トルニ皇国はすっかり変わった。
 享楽的な昔のことや大らかだったエレの両親を懐かしむ者はあったとしても、あの時代には戻れない。
 革命に破れたその血を受け継ぐエレを受け入れる場所は、もはやこの国のどこにもないのだ。
 そう言って、なよやかな女は自らの浅ましさを悔いる様子で胸の内を明かした。
 利用しようとしたと言うなら、そうなのだろう。
 七年だ。七年も囚われ打つ手なく離れ離れの夫がいたら、もしかしたらとすがり付いてしまうのも解る。いや、本当には理解できないだろうが、自分なら苦しい時に助かりそうな道があったらすぐに飛び付く。
 おかみは、けれどもそんな自分の不実を悔いていた。
 皇帝や宰相に尻尾をつかまれたのはそのむくいに違いない。そしてあの宰相に知られたのなら、もうこの国にはいられない。
 もう終わりだと言うように思い詰めた表情で、艶やかな螺鈿のテーブルに向かいうつむくおかみに我々はムダにキリッとしていた。
 たもっちゃんと私がなんでそんな顔かと言うと、全然話に付いて行けてないからだ。
 なんかすごい大変そうだなとは察するのだが、なんかすごい大変そうなお話をいっぺんにされると気持ちが全然追い付いて行かない。我々、ちょっとそう言うとこがある。
 あと、皇帝や宰相がどうのこうのでエレの帰る場所がどうたらこうたらの話の前に、どうしても引っ掛かるところがありすぎた。
「……なんか。よく解んないんだけどさ、たもっちゃん。私、メモでレミがバレるこのパターンなんとなく知ってる気がするわ」
「あぁ……うん。嫁だよ、リコ。俺ら船おりてすぐの時、レミの嫁にもこの感じで見破られてんだよ」
 私は、レミからもらったメモのくだりで受けた衝撃と戸惑いを、たもっちゃんと二人で分け合う。
 なんかあのメモ、ダメじゃない?
 見せただけで誰が書いたかまあまあ相手に知られてしまうの、めちゃくちゃ失敗って感じするじゃない?
 前にもトルニ皇国の本国へ渡る前、出島の役所でレミの嫁にもメモの文字からレミの存在をかぎ取られたっぽいのだが、あれはほら。夫婦のきずな的なことかと思うじゃん。
 それをお前。おかみも普通に解るとかお前。
「いや、それよりもリコ。俺らスルーしちゃってるけど、レミの本名もどうだろう。イェレミアスて。イェレミアスの偽名がレミて。エレよりはマシかも知れないけどさぁ」
「……ホンマやなメガネ」
 レミは逃亡者とはなんたるかについて、もうちょっとちゃんと考えたほうがいいのではないか。エレオノーラがエレと言うのも、輪を掛けて大概の偽名ではあるが。
 ちなみに、エレを守る武官らしき若手のルムは本名をヴィルヘルムと言うそうだ。
「あいつらホントなんで妙なとこ雑なの?」
 メガネと私は気持ちの上で引き気味に、今さらながらに細かいところでざわついてしまう。

 色々と聞かされ部外者ながらに色々と思うことはあるのだが、宰相もな、レミの両親を殺さなくてもよかったのになとは思う。
 しかし当時は国の道を正すため、革命のさなかにあったのだ。
 私はエレのことを見知っているからそうじゃなければよかったのにと思うが、人類は大義の名の元に相容れない人間をまあまあ殺しがちなとこがある。だからまあ、そう言うこともあるだろう。いいか悪いか許せるか許せないかは全く別の話ではあるが。
 そして過去は過去として、今。
 かつて大儀を掲げて武力蜂起して、先の皇帝やそれに連なる血族を文字通り切り捨てて行った的な話を聞かされている宰相に、どうやらエレと関わりあるらしきものすごく怪しい我々の存在が知られてしまったとのことだ。
 これはなんか、ほんとまずいみたいな予感が私にもする。
 やだ、大変。逃げる? 逃げる? とそわそわ話し合い、少しして。
 我々は帝都の地下牢にいた。
「おとーさんいるのどこら辺か知ってます?」
 油のランプを顔の高さに持ち上げながら、私が問うと左右を石柱にはさまれたせまい通路でこくこくと、ふくよかな体を縮こまらせた宿屋のお嬢さんがうなずいた。
 役所の地下に広がる監獄は魔法封じの術式が施されているとかで、魔法も魔道具も使えない。
 シュピレンで買った油のランプを使っているのはそのためで、ゆらゆら揺らめく小さな炎に照らされるのはひどく緊張した様子のご婦人と私、それ以外にはメガネとレイニーだけである。
 いや、細く長い通路の左右に格子のはまった牢があり、その中には囚人がいた。
 時は真夜中。明らかに役人でも兵士でもない我々が、暗い通路を早足に奥へ奥へと進むのを見とがめた囚人たちのざわめきが背後からざわざわと追い掛けてくる。
「うーん、やばい。ちょっと急ごう」
 これはすぐにバレそうと、たもっちゃんが最後尾から私たちを急かす。
 恐らく一番緊張しているのは宿屋のおかみの娘だが、メガネや私も緊張してない訳ではなかった。レイニーは人間の感覚を持っていなので、どうなのかちょっと解らない。
 しかし、緊張していて当然だった。
 なぜなら我々はおかみの夫でこのご婦人の父である、エレの支援者を脱獄させるため監獄に潜入している真っ最中なのだ。
 なお、この潜入はなんとなく危ない感じがするし、すでに寝てたので、じゅげむとついでに金ちゃんは留守番。
 色々と判明したために子守りを申し出てくれたおかみをイマイチ信用し切れないテオが、子供を一人にするとは正気かと自らじゅげむの所に残った。
 なんかあんまりうまく言えないのだが、テオのこう言うナチュラルに力なき者を守ってくれるとこ本当にありがたみがすごい。
 まあそうして、一部を宿へと残した上で我々はこそこそと監獄へ忍び込んでいる。
 これはおかみとその娘のためであると同時に、そもそもトルニ皇国へくることになった動機の一つ。エレのメンタルヘルスに関することの、延長線上の行動とも言えた。
 だってほら、気にすると思うの。
 エレもさ、自分を逃がすために力を貸した人物がそのために今も監獄にいて、行ってみるまでどう転ぶか解らんとかのふわっとした理由でエレに言わずに皇国に遊びにきた我々のせいでその家族が窮地におちいって、しかもそのままとか言うと。さすがにね。
 これは宰相どんだけと言うエピソードでもあるのだが、おかみやその娘であるご婦人は宰相に目を付けられたならもうこの国にはいられないとばかりに国外脱出の覚悟を決めた。
 宰相はほんとムリらしい。しかし、彼女らの夫であり父である人物は監獄に囚われたままである。残して行くのは気掛かりではあるが、踏みとどまっても共倒れになるだけだ。ものすっごく、気掛かりではあるが。
 暗澹とそう語るおかみらにちなみに監獄ってどこすかと聞くと、一回うっかり我々が入れられた例の役所の地下牢らしい。
 それを聞き、たもっちゃんと私はなんとなく同時に天井を見上げた。
 あの地下牢、途中にドアあったよね。
 これ、普通にいけんじゃね?
 役人に連れられぞろぞろ歩いた暗い通路の様子を思い出し、我々はスキルを駆使した脱獄についてなんとなく可能性と勝算を感じた。

つづく