神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 314

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空飛ぶ船と砂漠の迷子編

314 鉄甲船

 その船。
 たもっちゃんの主張によって日本丸と名付けられた鉄甲船は、これまでの船とは全く違った。
 全長十五メートルほどの船体は全体的に丸っこく、横幅は全長の三分の一ほど。ゆったりとカーブを描く船底から甲板までは人の背丈の倍近くあり、ちょっとした一軒家感がある。平屋の。
 帆を張るための大小のマストが船の前後と真ん中にあって、一番高い真ん中のものは見張り台もかねていた。
 まんがとかで見たやつや。太い柱の先端近くにカゴのような足場があって、見張りをする下っ端がなんかあったらそこから大声で船長を呼ぶんだろ。知ってる。
 板張りの甲板は船体の前後、船首と船尾で一段高くなっていて、その下には船室がある。
 船室にはちゃんと真っ直ぐな床があり、さすがに天井はいくらか低いが船体がずんぐり横幅もあるから結構広くて普通の部屋だ。
 ただし船首と船尾、一段低い船底の、どの船室にも真ん中にマストの根元がどーんと上から下へとつらぬいているのでめちゃくちゃジャマにはなっている。
 新しい日本丸はそんな、なんだかちゃんとした船だった。私は全然詳しくないので語彙力がひどいが。
 そして、でかい。
 帆船としては小型の部類なのかも知れないが、なんらかの宝を探すため愉快な仲間とちょっとした航海に出れそうな雰囲気さえあるくらいにでかい。
 それを水に浮かべもしないのに、たまに移動するためだけに購入するのはどうなのか。
 なんだかもったいないなと思いはするが、もう買ってしまっているし、たもっちゃんはツィリルからもらった砂漠の魔獣のそれだけでひとかかえもある頭の骨をいそいそと船首の先に飾ったりもしていた。
 だから私はその光景を、たもっちゃんって自由だなと言うような気持ちでぼんやりと眺める。もはやなにもかもが手遅れなのだ。
 しかしその一方で、もう船になんて乗らないやいと前もって宣言していたテオは最後の最後まで抵抗していた。
 が、結局は折れた。
 ぴかぴかとした新しい船にじゅげむが静かに顔をわくわくさせて、金ちゃんは船の先頭部分でさあ行けとばかりに仁王立ちでスタンバイ。
 だがなによりも空飛ぶ船に慣れてないはずの、そして昨日いきなり衝突事故に巻き込まれた商人エミールが、これでもかと素材を背負い手に持って「よろしくお願いします!」と船に乗り込んだことで協調性のかたまりであるテオは空気を読まずにいられなかった。
 そう言うところが彼の人生を苦悩に満ちたものにしている気がしなくもないのだが、今はとりあえず都合がいいので静かに見守ることとする。
 そう言えば、エミールは空飛ぶ船を初めて見ても特におどろいたりはしなかったなと思ったら、本人いわく「前にフェアベルゲンを宙に浮かせて運んでいたので船くらいは飛ばすかと思った」とのことだ。
 あまりにも素直な納得に、私はそんなこともあったねとしみじみうなずく。
 そうして、ぼってりとして重たげな、真新しい鉄甲船は夕暮れに染まり始めた砂漠の空へと飛び立った。
 海ではなくて砂漠の上空を飛んでいる訳だが、新しい船での初航海にメガネは船長としてヒャッハーと張り切る。
 と言うか多分、張り切りすぎた。
 魔族らの住むピラミッドを出発したのが夕暮れ近く。
 調子に乗ってドンドコと船を飛ばしはしたが、砂漠の民の集落まではもよりながらに距離がある。
 ちらほらと灯火の明かりが見える、静かな集落を砂漠のふちに目視したのはそこそこ夜のことだった。
 ピラミッドからもよりの集落までが大体五日の距離とは聞いた。だがそれは、砂漠の民たるハイスヴュステが乗り慣れた魔獣を駆ればの話だ。
 速度のほうはそうでもないし顔付きがなぜかふてぶてしいがブルーメなどでは一般的な謎馬の速度に置き変えてみれば、そのその倍以上は掛かる距離になる。と、たもっちゃんがなんかの時に言っていた。
 だから速度的な意味で船を飛ばしても移動には半日近く掛かってしまい、目的地とした集落の明かりが遠く見えた頃には夜の九時や十時にはなっていたのだ。
 するとどうなるかと言うと、視界を確保するためにレイニーの魔法でびっかびかの照明が灯される。さながらシーズン真っただ中のイカ釣り漁船。
 これは目立つ。結構遠くからでも目立つ。
 しかもびかびかの光に誘われてその物体をよく見れば船体を鉄板で強固に守った鉄甲船で、おまけに船首にはなんとなくだが強そうな魔獣の頭蓋骨がある。
 なんと言うか、とてもいかつい。
 もうなんか、見た目だけなら海賊船と言って差し支えないおもむきがある。
 だから、今なら私にも解る。
 時間帯も装いも、面識のない人様のお宅をいきなり訪ねるのには全然適してなかったと。
 集落の手前で、それもだいぶん手前の位置で船を止め朝を待ってから訪ねるか、せめて船首の辺りにはなぜかダマスカスの斧を構え始めたトロールではなく集落に滞在したことがあるはずのエミールを立たせるべきだった。
 だが、我々はそうしなかった。
 そうすべきだったと気が付いたのは、ドンドコと張り切り勢いだけで船を飛ばすメガネによってヒャッハーと集落の近くまでいかつい船を乗り付けてしまってからだったのだ。
 いや、もっと正確に言うと、槍などの長物を手にしたハイスヴュステの戦士らが黒衣を夜の暗さに溶かしつつ魔獣を駆って集落から飛び出し、謎の飛行物体の行く手を決死の覚悟で阻むのを目の当たりにしてからである。
 そらそうなるわ。
 こんな訳の解らない船が突如びかびかと飛んできたのだ。村を守らねばとなるのも解る。
 そんな気持ちで我々は、勇敢な戦士たちを援護するためにその背後に控えた集落の仲間が雨のように射掛ける火矢をなんかごめんと甘んじて受けた。
 実に心の底から残念なことに、シュピレンぶり二回目の光景である。

「普通に生きてて人生で二回も火矢で狙われるとかある?」
「異世界だから……何かこう、俺達、異世界にいるから……」
 ものすごく真っ直ぐ疑問を投げ掛ける私に、そっと視線を外しながらにメガネが呟く。
 いかつい鉄甲船で夜、よそ様の集落に乗り付けるのは普通ではないし、火矢を打ちかけられたのはここが異世界だからってだけの理由ではない気はするが、我々はそんな欺瞞しかない会話を交わして心の平衡を図るなどした。
 場所は砂漠のふちの集落近く。夜の砂の上である。
 どうにか誤解が解けたと言うか、なんだお前らかと気付いてもらってからの話だ。
 いや、気付いたって言うか。なんか、あれ。
 きっかけとしてはネコだ。
 ハイスヴュステの戦士らが相棒として馬のように駆っている魔獣が、どう見てもでっかいネコだったのだ。
 暗い夜、しかしレイニーの魔法の明かりで私はそのことを知った。そして、叫んだ。
「ネコ様を危険な戦いの場に駆り出すとはなにごとか! 人間が! その身をていし! お守りしろよネコ様を!」
 たもっちゃんからは「最後の辺りが標語っぽかった」と、のちに感想を述べられることになるこの発言はハイスヴュステの男たちにも届いたようだ。
 構えた武器は下ろさないながらも中の一人がめちゃくちゃ変な顔をして、同じ黒衣を身に着けた仲間と思いっ切りひそひそとしてからこちらに向かって大きく声を張り上げた。
「お前達、シュピレンで会わなかったか?」
 彼はテオを取り戻すために我々があの街でうだうだしていた時に、偶然再会したアルットゥらやニーロらと共にいた若者だったのだ。
 各村から有志をつのって街を訪れていたハイスヴュステの男らはこぞってレースに出ていたが、そう言えばでっかいネコも駆る者もいた。
 そして私はちょうど今と同じようにして、同じようなことを叫んだんだったなと。
 あっ、と思い出す横でメガネもあっと思い出し、あっ、あっ、すいません。となって現在にいたる。
 アルットゥの知り合いであることと、集落の若者がその事実を知っていたこと。
 我々がうっかり急襲してしまいお騒がせした集落の人々も、その二点のお陰で「なんなのこいつら」と顔面で不審がりつつではあるが、とりあえず話を聞こうとはしてくれた。
 それで調子に乗って急いでいただけで本当に悪気はなかったのだと我々が平身低頭まあまあ必死で謝ったこともあり、次はねえからなとのお言葉と共にどうにか許されたのだ。
 だから、きっかけはネコである。
 ネコ様のお陰で、我々は和解することができたのだ。最初から、常識をわきまえていればよかっただけの話ではあるが。
 我々は、ネコ様のもたらした和平の上に立っている。美しい話だ。なぜだか人にはあんまり理解されない感じが本当に不思議。

つづく