神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 298

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子供とカレーと塩のこと編

298 完璧なサイコロ

「ねぇ、嘘でしょリコ。カレー嫌いなの? 日本のカレーが嫌いな日本人なんているの?」
「しょうがない。食の好みはしょうがない。食べられなくはないんだよ。好きじゃないだけで。あと、素のカレーじゃなくてカツカレーとかカレーと牛乳と白米をもち状になるまでよくまぜたやつは食べれる」
「えぇ……まさかそんな……。あれ……でも、ほんとだ! 俺、よく考えたらリコがカツカレー食ってるところしか見た事がない! 初めて気が付いた! うわぁ!」
 もはや何年の付き合いになるのかよく解らないレベルでありながら、今まで知らなかった私の隠された真実に嘘でしょとメガネがおののき取り乱す。
 そうだろう、そうだろう。全然気が付いていなかっただろう。
 カレー全部は締め出さず、カツカレーは食ってるからな。厳密には国交断絶していない。
「そう、言うなればカツカレーは我が心の出島」
「鎖国はしてんじゃん」
 私の解りにくい例え話にしっかり食い付いてくるメガネだが、それでも奴は私が素のカレーを食さない人間であると今この瞬間まで考えてもいなかった。
 人は誰しも、この私でさえも、いくつもの顔を持っているのだ。あと、さすがにカレーをもち状になるまでよくまぜたやつはおうちでこっそりとしか食べない。
 そうしてムダにドヤドヤとどうでもいい裏の顔を垣間見せ、さあ、解ったらカレーとミルクとお米をいい感じに練ってくれよと小鍋を出して強要する私。
 今初めて知ることになった幼馴染たる私の新属性と、押し付けられる小さな鍋に戸惑いが隠し切れない料理担当のメガネ。
 小さな鍋で練られ始めたカレーとミルクとお米が混然一体となった物体の、見た目の悪さにドン引きながらになぜか目を離せずにいるレイニーやテオ。
 関係ないが彼らにはいつか、もんじゃ焼きなどの存在を教えてあげなくてはならないと思う。
 金ちゃんはなにも気にせず皿ごと持ち上げ飲むような勢いでカレーを消して、じゅげむは小さな手でぶるぶるとカレーをすくったスプーンを懸命に口に運ぼうとして周りの子供らにムリすんなと止められている。
 そんな中、ばくばくとカレーを食べていたおっさんが「オレは嫌いではないぞ」と、取りなすようなことを言う。
「悪くない。口や鼻や息だけでなく、自分の体が全部この味に染まる様な感じはするが」
 この場の空気と落ち込むメガネをなんとかしようとしたのだと思う。優しい。フォローがド下手くそすぎではあるが。
 額に汗を浮かべつつ、スプーンを忙しく動かして一口一口豪快にカレーを消しているその男。
 彼は我々が王都を出る前に、アーダルベルト公爵から預けられた騎士だった。
 いや、今も騎士と言っていいのかどうか解らない。もう騎士服を着てないし、これからは王都の公爵家を離れクレブリの孤児院で暮らすことになっている。
 この人は以前、たもっちゃんが泣いてるエルフは俺が全員救い出すとばかりにぶち上げたエルフ救出作戦に伴いクレブリを訪れ、そしてそれから勢いだけで孤児院を作ることになった時にも手伝ってくれた騎士の一人だ。
 その時にいた公爵家の騎士は五人ほどだが、その後、我々が留守の間にも結構長く居残ってくれてしばらくのちに自力で王都へ引き上げて行ったとのことだ。
 私もね。思ってたんですよ。
 なんか最近、孤児院で騎士見ないなって。
 嘘だけど。言われるまで全然忘れてたけど。
 喉元をすぎるとすぐに恩を忘れてしまう、この忘れっぽさは自分でも本当どうかと思う。
 で、このカレーおじさんである。
 いや、多分別にカレーが好きなんじゃなく、不評すぎるこの茶色い料理をなんとか消費しフォローせんとしてくれているだけだが。
 彼の名前を、フリッツと言う。
 騎士の名誉を捨ててまで――か、どうかは知らないが、忠誠を誓った主人の元を遠く離れてこのクレブリに戻った物好きだ。
 それなりの理由や覚悟あってのことだろう。
 フリッツが孤児院にくると知り、おどろくと共に私がまず思ったのはそれだ。
 だが、どうだろう。
 このおっさんを我々に預ける時のあきれたみたいに苦笑いしたアーダルベルト公爵いわく、「彼、独り身のはずなんだけど……子供の成長を一瞬も見逃したくないんだそうだよ」とのことだ。
 独身ながらにしばらく子供たちとすごし、父性だか庇護欲だかに目覚めたのだろうか。
 自ら熱心に願い出てクレブリ行きを主である公爵からもぎ取ったとの話だが、なんかそれ、いくらか一緒にいる内に子供がかわいくなっただけじゃないのかと。
 ものすごく単純な動機の気配を感じてもいる。

 カレーおじさんフリッツと、エルフやグリゼルディスなどのそのほかの職員。
 それから彼らに引率される子供らと、大体こんな感じで森へ通うこと三日。
 ツタをどんどん収穫し片っ端からベッドサイズのマットレスへ仕上げ、どうにか当面孤児院で使うマットの数を確保した。なかなか地味に大変だった。
 その間、ユーディットとその侍女モニカ、教師や料理人に扮した隠密たちと、手伝いの少女のルーに一時預かりとなっている年頃の娘が二人ほど、一部の子供と孤児院での留守番を務めてくれていた。
 留守番とされたのは主に森へ連れて行くには小さすぎる幼児と、大人たちを手伝うために居残った数人の年長組の子供らだ。
 街に残った彼らは彼らで仕事を引き受け、森で作ったツタのマットを包んで使う大量のシーツを調達していた。
 ちなみにこの居残り年長組の子供らは日によってメンバーが変わったが、まだカレーを知らない子供らが森の作業に加わるたびにメガネによるカレーの洗礼を受けることになる。
 そしてもれなくこれはダメだときっぱり言って、たもっちゃんの落ち込みに拍車を掛ける結果を招いた。食の好みは仕方ない。
 また、このツタのマットレスを製作するのと平行し、テオとメガネは塩組合と色々と話し合っていたようだ。
 最初の時に渡された書類はテオがせっせと片付けすでに提出していたが、そもそもの、本当に非営利目的なのかと疑う組合員などもいてなかなか話が進まないらしい。
「こっちはさぁ、渡された書類きっちり提出してんのにさぁ、がんばって書いたのテオだけど。あとからやっぱナシみたいに言うのさぁ、理不尽過ぎない?」
「まぁ……最初から上と組合員に話を通さなければ確実ではないと言われてはいたし……」
 夜になると孤児院の広間で、テーブルにぐでっと突っ伏したメガネと意気消沈したテオがそんな話をしているところを何回か見た。
 ツタのマット製作が一段落する頃になっても塩組合との関係は特に進展を見せず、なんか大変そうだなとは思ったが私には特にできることもない。そう、あまりにも無力ゆえ。
 力を持たぬこの身には、ひとごととして一応の心配をしながらに人の心のないレイニーをお祈り要員として引き連れて、森まで出掛けて草をむしるくらいしかできない。
 いや、一緒に沈んでもしょうがないかなと思って。
 そうして塩に振り回される男子らを静かに見守り放って置いたある日のことだ。
 朝から草をむしりに行って、お昼にごはんをアテにして戻るとそこにはすでに謎の物体が生み出されたあとだった。
「なにこれ」
「塩をね、作ろうと思ったんだよ」
 足元を見下ろし私が問うと、たもっちゃんはどうしてこうなったのか俺にも解らないとばかりに答えた。
 そこにあるのは桶である。
 いや、桶って言うか、桶は桶だが。正確に言うなら私をどうしようもなく戸惑わせているのは、その桶の中身のほうだ。
 十リットル程度の手頃なサイズのバケツのような、桶の中には浅く透明な液体が見える。
 そしてその液体に下のほうをひたらせて、半透明で白っぽくにごった立方体が鎮座していた。
 まあ、普通に塩である。
「いや、いやいやいや。なにがどうなったらこうなるの。塩ってあれじゃん。なんかこう、もっと細かいじゃん。パラパラで」
 それがどうだ。
 目の前にあるのは、およそタテ十二センチ、ヨコ十二センチの、ほぼ完璧なサイコロ状の結晶である。
 私には解る。絶対なんか変なことしないと、このサイズ、この形にはならないと。
「ほら、塩組合からただ返事待ってるのも時間の無駄かなって。だから、その間に塩の効率的な作り方とか練習しとこうかなって」
 ねっ! と勢いよく言い訳するメガネに、この異様な塩を共に生み出したとおぼしきテオや、なぜかびしゃびしゃにぬれた子供らがこくこくとうなずき同意する。
 なんでそんなに必死めに同調するのかなと思ったら、塩、一個じゃなかった。よく見たら庭に出したテーブルに、ちょっとしたおもちゃのようにずらずら並べて乾かされていた。
 塩! でけえ! と子供らのツボにはまって盛り上がり、調子に乗ってしまったらしい。

つづく