神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 344

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

344 親分との再会

 期せずして再会した親分は、やっぱり身も心もでかかった。
 露天風呂は守ったが排水路までは守るのを忘れたメガネがそれを新しく作り直しに駆け回る間、私はレイニーに障壁の足場を作ってもらいじゅげむのうらやむ視線を浴びつつ湯船の親分に冷えたミルクを捧げるなどする。
 鷹揚な親分はすんすんとにおいをかいでから捧げものを受け取ってくれたし、ブラッシングもさせてもらえた。
 この時ブラシにごっそり付いてきたきんぴかの抜け毛がグランツファーデンの素材で、売れば結構いい値段になる。
 だが、私はぐっとがまんしてこれを冒険者ギルドの職員に預けることにした。
「このまま私腹を肥やしたい気持ちはものすごくあるのですが、この素材をお金に変えて露天風呂の維持費とかにあてていただけると幸いかなと思います」
 なんか親分、この近辺は割とついさっきまで溶岩でどろどろだったのに、その状況が落ち着いたと見るや早速入りにくる程度にはお風呂気に入ってるみたいだし。
 大森林で露天風呂を維持管理するのは大変そうな感じがするから、とりあえず資金はないよりあったほうがいいと思うの。
 頭ではそう理解してるのに着服してしまいたい強い気持ちを隠し切れない素直な私がしぶしぶと差し出したいくつかのきんぴかの毛束は、露天風呂と露天風呂で親分が落として行く素材を管理していた冒険者ギルドの職員が訳の解らない顔をしながらに受け取った。
 それから少し待たされて、ギルドに預けられた素材は必ず露天風呂の維持費にあてると記した念書のようなものを渡される。
 その代わりにこちらも、グランツファーデンの素材を露天風呂の維持費として寄贈すると書かれた、職員が急ぎ用意した書類にサインさせられた。こう言うことはしっかり書面にしておかないと、絶対にもめると妙にきっぱりと断言される。恐ろしい。
 そうこうする内にメガネが戻り、我々は溶岩池をあとにする。
 また引き上げるのは我々だけでなく、溶岩池に集まっていた冒険者たちもここから近い、近いと言っても歩いて半日ほどの休息地に一旦戻るとのことだ。
 昨夜あふれた溶岩池の周辺は森の木々が燃え尽きて、冷え始めたマグマによってすっかり黒く平坦な風景になっている。
 この溶岩もしっかり固まれば素材として回収されるそうだが、現時点ではまだムリだ。
 冷えてきてはいると言ってもかなりの熱を持っていて、夏のアスファルトよりもむんむんと熱波のようなものを放ち続ける。
 中のほうはまだやわらかくその上を直接歩くことはできないし、森のあちこちに落ちていたブルッフの実は夜が明けきるまでの間にほとんどが爆ぜて吹っ飛んでしまった。
 露天風呂はどうにか無事に残ったものの、暑いし危ないしもう溶岩池にとどまっていても採集できる素材さえないのだ。
 そして冒険者だけでなく、冒険者ギルドの職員たちも彼らだけで大森林に残るのは危険が多いと引き上げる。
 だから、例外は薬売りだけだった。
「交代要員がくる前に担当地区を離れると怒られるんっす」
 商売道具の木箱を背負い、植物で編んだ頭の笠で顔を隠して薬売りの男は言った。
「憐れに思ったら料理とか甘い物とか置いてって欲しいっす。代価は魔石でいいっすか?」
「いいけどさぁ、声が笑ってるからさぁ。顔隠してもあんま意味ないんだよ」
 まだまだ浅い外縁部とは言え、大森林の中で薬売りは普通に単身残らなくてはならないらしい。
 しかしそれでも余裕と言うか、多分、大丈夫だからここに配置されているのだろう。
 諸事情によりあんまり心配する気にさせない体育会系の口調もあって、たもっちゃんは特に憐れむこともなく保存と冷却の魔法を掛けた料理やフリーズドライ製法で試作段階のインスタントラーメンなどを包んで渡す。
 横から私が「いいか、熱湯で三分だ。三分だぞ。絶対だぞ」と熱烈に口をはさみながらにあわただしく別れ、インスタントラーメンを食するために必須のはずのその忠告がひどい間違いであったと私がはっと気付くのはそれから一時間ほど経ってからのことだった。
 露天風呂の排水路を作り直すお仕事や親分との再会で少し時間を浪費はしたが、溶岩池周辺の燃え尽きた森を出発したのはまだ午前中の内。
 休息地へ行く冒険者やギルド職員の一団とも別れて、今は森を奥へと進む途中で昼休憩を取っているタイミングだった。
 どうしても食べたくなってしまった私はインスタント麺を手持ちのどんぶりに出し、片手に持った小鍋から熱湯をそそぐ直前でぴたりと全身の動きを止めた。
 ふと、思いいたったのだ。これ、どうやって三分計ればいいのかと。
「たもっちゃん、この世界では三分って概念がそもそもないのかも知れないね?」
「思い出すのが遅いんだよなー、リコ」
 薬売りと別れる時にした数時間前の失敗を今になって失敗だったと気が付いた私に、黒ぶちメガネのリアクションがひどい。
「言ってよ。その場で」
「でもその点俺は抜かりないから。インスタントラーメンと同時に開発を進めてた魔力を込めると大体三分後にチンと鳴るかまぼこ板を渡しといたから」
 この世界でかまぼこを見たことはないので多分かまぼこ板みたいな手の平サイズの板と言う意味で正しくは全然かまぼこ板じゃないし、音が音なので「チンする」と言う慣用句化した俗語がこの異世界において地球と違う内容として定着する可能性が急激に生まれてしまったが、たもっちゃんは得意げだった。さあ絶賛してとばかりに。
 なんか気に入らないのでそれに「フーン」と心底どうでもいい合いの手を入れるにとどめていると、またなんかケンカしてるとあきれて見ていたテオとエルフの代表が一人、メガネと私の間に入った。
 しかしどうやら仲裁するつもりではなく、ちょっと話があっただけのようだ。
 彼らのぶんのインスタントラーメンもほぼ同時にお湯を入れ、たもっちゃんが出してきたかまぼこ板みたいなタイマーをセット。
 それが鳴るのを待つまでの間に、テオがメガネに対して話を切り出す。
「タモツはこれからどうする予定だ?」
「なる早でエルフの里にお邪魔したいなって思ってますね」
 ノータイムできっぱりキリッと答えるメガネに、代表者として同席したエルフがテオと顔を見合わせて困ったような顔をする。
 同席と言っても木々の色付き始めた深い森の中、ほとんどみんな同じ場所にかたまっているし我々はラーメンができるのを待っているだけだが。
 エルフの男は長い髪を揺らしてわずかに頭をかたむけて、色の薄い澄んだ瞳をある人物のいるほうへと向けた。
「彼らは? 里へ連れては行けない」
 我々とはまた別の集団として少し距離を置きながら、そこにいるのはぽっちゃりと小柄な覆面男に、ひょろ長い痩せぎすの従者。そしてそれらを守る数人の冒険者パーティだ。
 ミオドラグとその仲間たちである。
 彼らもまた溶岩池から引き上げはしたが、なぜか休息地へは行かず我々のほうへと付いてきた。
 なぜって言うか、まだ食券が残ってるからだが。
「たもっちゃんさあ」
 なぜ食券を売り付けてしまったのか。もうホント、素直にお釣りを渡しておけばよかったのではないのか。
 そんな思いを重たく込めて私が呼ぶと、たもっちゃんはぎゅっとしかめた顔面を木々の向こうに透けている空のほうへ向けて言う。
「いや、俺もね。溶岩が氾濫するとは思ってなかったし、そこはタイミング悪かったなって。でもまさか、ごはん食べたいで付いてくるとは思わなかったって言うか。いや、次に会った時にも食券でごはん出すとは言ったんだよ? 言ったけど、信じてもらえなかったんだよね。何でか。それにしてもさ、ここ、大森林じゃない? 命の安全と食欲で食欲が勝つってさぁ、凄くない? ある意味。あいつ、あれはあれで凄くない? 何か」
「感心してんじゃねえよ。おめーが売った食券が残ってっから付いてきてんだよ。返金してやれよせめて」
「それはやだ」
 すっかりお口の悪くなった私がやだじゃねーだろとメガネの胸倉をつかんでぐらんぐらんとゆすっていると、見かねたテオが落ち着けと今度こそ止めに入った。
 すぐ近くではエルフやじゅげむや金ちゃんと一緒に自分のぶんのラーメンを守るレイニーが、「まぁまた無益な争いをして」みたいな感じでわあわあぎゃあぎゃあ騒ぎ話し合う我々にまあまあ冷ための目を向けている。
 ほとんどムダな時間だったが、この話は結局、ミオドラグに売ってしまった食券が尽きるまで集中的に料理を提供することで早急な解決を試みると言うところに落ち着いた。
 やはりメガネの信用がなさすぎて、食券を次回に持ち越すのは厳しいと言う判断である。
 これは仕方ないなと思っていたが、あとになって私が代理で食券を買い取ってもよかったのだと気付く。ただそれはなんとなく絶対に嫌だったので、私もただの同類だった。
 こうして我々は食券を装備したミオドラグ一行と共に、数日の時間をすごすことになる。

つづく