神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 370
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過去を訪ねてラーメンの旅路編
370 賛辞と信用
海の男や冒険者でさえてこずる巨大ウミウシを訳の解らない茨や便利な魔法で片付けて、我々は船の乗員乗客からつかの間の喝采を受けた。が、本当にそれは一瞬だった。
もう危機は去ったみたいな空気の中で私が勝手につまずき勝手に落ちて、彼らの喝采は「えっ」と言う驚愕とどよめきとドン引きに変わってしまったからだ。
たもっちゃんだけがなにやってんのとあほほど笑い雑に水から引き上げてくれたが、温暖な地域であってもさすがに冬の海は冷たい。
びっしゃびしゃになった私があわわわと震えながら船の上に戻った頃には、すでに一面気まずい空気でいっぱいだった。
だが、私は彼らを責めたりはしない。気持ちは解る。
危険な魔獣とは一切なんの関係もなくただただマヌケなだけだとしても、船から人が落ちたら普通にびっくりしてしまう。解る。解るよ。
ただ空気の変わりようがえぐいってだけで。
我々への賛辞と信用は、一瞬にして地に落ちたのだ。私が落ちたのは地面ではなく海の水だが。
私は今割と捨て身の感じでうまいこと言おうとしてるので、一応でいいから笑って欲しい。
こうして、闇夜の海から現れた巨大ウミウシの襲撃はなんとかなった。
しかしなにもかも無事って訳には行かず、この夜が明けても我々は補給のために寄港していたこの島に数日足止めされることになる。
ぬめっとした魔獣がぬめっと吐いた謎の液体で溶かされて、船がダメージを受けてしまっていたのだ。
甲板や船の横腹にそこそこの穴がいくつも見られ、進むにしても戻るにしても補修なしでは航行できない。
幸い、補給地である島はまあまあ大きく物資があった。
海の男が妙に手慣れた大工仕事にいそしむ間、我々を含む乗客は海の風は冷たいながら温暖な島に育まれし自然と、島名物の魚介ラーメンを極めるなどしてすごすことになる。
魔獣の骨から取ったスープとはまた違い、これはこれでなかなか。
また、そうして島を満喫すると同時に我々は、抜かりなく自らの保身を図ることも忘れない。
つまり、ウミウシの襲撃により負傷した乗員に対する賠償と口封じなどである。
ケガ人はさすがのメガネもおしまず出したエルフの万能薬ですでに回復しているが、その原因は、我々なので。
悪魔に汚染されたウミウシたちが突如として海底から目覚め現れたのは、メガネと私の体質並びに船酔いがひどいから大体船にはいないのに補給のために島に停泊していると知りせっかくだから船旅の空気を味わいたいとわざわざ船でお泊りし、それが渡ノ月だと気付かなかったのが理由でしかないので。
改めてまとめると、本当にひどい。
そんな我々が元で負傷させてしまった船員たちに対して、たもっちゃんは一秒でも早い回復をサポートすると見せ掛けて原価率高めのお料理などをすきあらば与えた。
保身に余念のない我々は固く口を閉ざしているので、彼らはそれをただの親切だと受け取ったようだ。
だからちょっといいお肉を食べさせられた船員はもうケガも治ってるのにと恐縮し、申し訳なさそうに感謝の言葉さえのべる。
しかし、わしらに感謝される資格なんてないんや。完全なる保身、そしてなけなしの良心の呵責がいいお肉を出させるにすぎない。
この事実に、たもっちゃんと私は潰れた。
「もうダメだ!」
事件から二日後、渡ノ月の最後の日。
空と海と海岸の見える海辺の家で、シュピレンで買ったちょっといい謎肉を焼いていたメガネが突如叫んで床に崩れた。
場所は古びた屋根と柱と風通しのいいすのこ状の床と、細長い葉っぱを平たく編んだ壁や梁に吊るしたハンモックくらいしかない小屋だ。
なんとなく南洋の民家と言った感じの小屋は、船員たちが滞在している宿である。
船には乗員のための部屋もあるのだが、船長以外は大部屋だったし今は船の補修でうるさくて、ロクに休めないらしい。
たもっちゃんはそこへ食事に合わせて押し掛けて、すのこの床に植物の織物を敷き詰めた靴を脱ぐタイプの室内で私物の燃料コンロを出してじっくりお肉を焼いていた。
それはもう何度もやっていることだが、お肉が焼き上がるのを待つ船員たちから改めてウミウシをなんとかしたことや、万能薬、そして焼いているお肉のことまで様々にお礼を浴びせられ、キレた。
「もうやめて! 俺の良心は限界よ! 俺達のせいなの! 船が魔獣に襲われたのも、君らにケガさせたのも! それをごまかそうとして、いいお肉を焼いてるだけなの! だからもう、素直な感じで止めどなくお礼を言うのはやめて!」
たもっちゃんは泣き崩れるかのように、植物の敷き物に倒れ伏しさめざめと叫んだ。
お肉を焼くのにくっ付いて船員たちの様子を見にきた私も横で聞いてていたたまれないので、主に感謝を向けられているメガネはもう勘弁してくれと言う気持ちなのだろう。
ただし最初にもうダメだと言い出してから植物の敷き物の上に崩れ落ちるまでの間に燃料コンロの火を消していい感じに焼けたお肉をお皿へと移し、熱いフライパンをコンロの上にしっかり戻すなど完璧な安全管理を遂行しているので、カッとなったようでいて実はすごく冷静なのではと思わなくもない。
しかし、謝るとしたら確かに今だ。
体質的に私にも責任の一端がなくはないような気がするし、ほんまごめんと私もメガネのあとに続いて床にべたりと貼り付くようにこれ以上なく頭を下げた。躊躇などない。
そんな我々をひとごとのように、壁のない庭のほうから我関せずと眺めているのはレイニーとついでに金ちゃんだ。
じゅげむはお茶を運んでお手伝いしてくれていたが、突然崩れ落ちるようにして謝り始めたメガネと私におどろいたらしい。おろおろと困り果て、最後にはぺたりと床に伏せていた。我々の謝罪に一応付き合うことにしたようだ。ごめんな。変な気使わせて……。
ちなみにテオは眺めるでも床に伏せるでもなく庭に面した床に腰掛け、ものすっごく居心地悪そうにぱっとしない冬の空を見ていた。
こうして、痛む良心に耐えかねて自らのバグった体質と巨大魔獣の関連についてふわっと白状したメガネと私に、しかし海の男たちは冷めていた。
「ふーん。そんなんあんのか」
「難儀だなぁ」
「それより肉はもういいんだろ? ソース掛けてくれよ、ソース。あの旨いやつ」
彼らはほとんど逆切れのようなこの謝罪や激白よりも、さっきお皿に載せられた肉のほうが気になるようだ。
冷める前に早く早くとメガネを急かし、連日振る舞われた口封じのお肉によって味を覚えたステーキソースの添付をせがむ。
それでいいのか。
我々は今、結構ひどい事実をぶちまけた。
しかし彼らのリアクションときたら「だったら薬代も返さなくていいよな!」と、顔を輝かせた程度だ。めっちゃうれしそう。
なぜなのかと逆に納得行かないが、この訳はまあまあすぐに解ることになる。
青黒い海原に面する砂浜と、マングローブめいて水辺に広がる海の森。そして魚介ラーメンに別れを告げて、一応の補修を終えた船に乗り込み我々はトルニ皇国へと向かう。
乗客たちはレイニーの障壁によって救われたと言う意識があってか我々に優しく、特に私には「もう体は大丈夫? 船の端に寄ってはいけないよ。危ないからね」みたいな、ちょっと特殊な気の使いかたをしてくれた。
船員からはスルーを受けた我々の体質について乗客にまでは明かしてないが、その優しさにやっぱり良心が痛むと共に、言っても余計に扱いが特殊になるだけのような気もする。
なお、障壁の床に乗客を受け入れ救う格好になったレイニーではあるが、その点を本人は問題視していなかった。
「どうせリコさんとタモツさんが責任を感じて何とかしますから。わたくしがどうしようと、結果は同じです」
だから地上の命に関わってはいけない天界の掟には触れず、上司さんからの叱責もない。
妙にキリッとしたレイニーが言外にそう主張して、テオが大体の感じで同調。早々に戦線離脱した事実を、「信じてたぞ」と、さも信頼してたみたいにごまかした。
いや、ウミウシが剣を溶かすからテオが戦えなかったのは解る。それは仕方ない。
しかし、なぜだろう。常識人たるテオのちゃんとしたとこが、どんどんと我々に浸食されているように思われてならない。
あと、彼はいまだにレイニーが天使だとは知らないはずだが、命に関われないしばりをどう理解しているのだろう。修行僧かなんかだとでも思ってんのか。このレイニーを。
そんな、じわじわと広がる疑問は色々とあったが、しかし我々は都合の悪いことは忘れがちな性分である。
まあ、なんか。こうなっちまったもんはしょうがねえよなと、日が経つ内に段々どうでもよくなってその先も普通に旅は続いた。
そして船は目的地に着くまでに、都合三回海の魔獣に襲われた。
つづく