神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 317

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空飛ぶ船と砂漠の迷子編

317 ネコの民

 円筒形の壁により丸く区切られた室内の土間には、敷き物が用意されていた。
 出入り口に近いところに一番大きな毛織物があるのは、恐らく我々の席だろう。それから中央の炉を囲むようにして、奥に向かってぐるりと一人用の敷き物が並ぶ。
 一人用の敷き物は五枚で、小屋の中で待っていたのは六人。
 ちょっと計算が合わないが、一人はにゃむにゃむと眠そうなおじいちゃんに付き添って敷き物には座っていない。
 それ以外は大体が壮年の、ハイスヴュステの黒い上着を身に着けた複数の男性だ。
 そしてその一番奥に、壁に飾った毛織物を背負うようにして座っているのがシピの父。
 この集落の族長である。
 たもっちゃんと私は、そわそわとした。
 浮世離れした少数民族の村で薄暗い小屋に連れ込まれ、いかめしいおっさんたちに囲まれてしまうこの状況に。
 これはあれや。
 欲の深い現代人がお宝かなにかを目的に入り込んだ密林の奥で、謎の部族に囚われてこれから処刑とかが決まる時のやつや。
 それでどうにか逃げる途中で密林の主みたいなヤバイ動物か封印されし悪いなにかの怒りに触れて、被害を増大させて行くんだろ。知ってる。あんまりおもしろくないパニック映画とかで見た。
 よく考えるとこのよからぬ想像が当たっていたら招かれざる客の我々は処刑待ったなしなのだが、そんなことは思いも付かず。
 たもっちゃんと私は予習したところがテストに出た時の学生のように、思わずわくわくしてしまっていた。現代人の業。
 と言っても、心配することはなかった。
 そもそも心配する段階にたどり着いてもない気もするが。
 主にエミールに同情的なシピにより大体の事情は村の大人に伝えられ、そのエミールを無事に連れてきた我々はむしろ友好的に迎えられお礼を言われたほどだった。
 族長もどうやら、自分の息子が遠因となり行方の知れなくなった商人が気掛かりになっていたらしい。
 だから我々がもめたことと言ったら、今朝いただいたお水のお礼と昨日の詫びに砂漠や砂漠以外の草やレイニー製作の青い冷血岩塩などを渡そうとして、「それはいけない」と固辞する族長と我々が遠慮と善意を互いに押し付け合ったくらいのものだ。
 なんか、よく考えたら昨日のこともちょっとした草では足りない気がした。
 そして、それはその押し付け合いのさなかに起こった。
「その商人を危険に晒したのは我が子が至らぬ故の事。それを救った客人から品物を受け取る訳には行かぬ」
「でも俺達はエミール連れてきただけなんで。それとこれとは別なんで。それに、最初に助けて保護したの別の人ですし」
 火を落とした炉の上で草やら塩やらをぐいぐいと、族長とメガネが押し付け合うのを見ながらに話題に上がるエミールが「あっ」と小さく声をもらした。
「言うんですね。秘密にしたい様子でしたから、あの方のことは明かさずにおくのかと」
 この、少しおどろいたような若い商人からの指摘にメガネが一拍遅れて「あっ」と言い、私もやっと失言に気付く。

 ……いや、これでかえってよかったのだと。
 たもっちゃんはのちに、完全なる負けおしみを言った。
 族長との押し付け合いのさなか、するっと出てきた失言により砂漠の行商途中であったエミールの保護と救出に、第三者の存在があったとうっかり明らかになってしまった。
「でもほら、ご近所な訳だし。全然近くないけど、砂漠的には。ほら、ね? ちゃんと挨拶しといたほうがいいって言うか、やっぱりさ。ね?」
 今でこそ苦しいながらにそんな口を利けるようになったメガネだが、それもこれもひとえにハイスヴュステ側による大人の対応でどうにかこじれたりせずに済んだお陰だ。
 彼らは口を滑らせた我々の話で砂漠に新しく移り住む何者かの存在を知ると、私たちを一回小屋の外へと出した。
 そして族長と長老を始めとした大人がごにょごにょと話し合い、砂漠の民は別に砂漠を支配している訳ではないし、近所と言ってもやっぱり遠い。もちろんこちらに不利益がないに越したことはないが、元より新しく砂漠に住まうのを制限する立場にもない。――と。
 そう結論付けたと言うことを、我々を再び小屋に招き入れて伝えてくれた。これを聞き、安心のあまりひれ伏したのはメガネだ。
 なお、族長が固辞して宙に浮いていた草や塩などは、長老っぽいおじいちゃんがにゃむにゃむと「助かるねえ、ありがとうねえ。みんなもお礼をお言いねえ」とおっとり言ってなんとなく受け取ってもらえる流れとなった。
 小屋の外ではちらちらと好奇心いっぱいに物陰から顔を出す子供らもいたが、大人から近付いてはいけないとでも言われていたのだろう。いつでも逃げられる距離を置き、それ以上は決して近くにこない。
 これは金ちゃんと水あめのターンかとも思ったが、残念ながらその時間はなかった。
 エミールや、彼をおとしいれすでに確保されている冒険者たち。そしてその処遇に関することなどを集落の人々に任せ、我々は早々に出発せねばならなかったからだ。
 テオは責任感からかギルドまで証言に行きたがってはいたが、すでに犯罪の証拠も証言も充分であると最後には納得してくれた。
 私も、できれば砂漠の砂を巻き上げて走り回るでっかいネコとか粒の細かい砂漠の砂に転げ回ってきなこもちみたいになったでっかいネコとか夏の暑さにだらんと溶けてその辺の木の上で休むでっかいネコなどを飽きるまでいくらでも見ていたかった。
 しかし私がネコに飽きることは永遠にないし、族長を始めとするネコの村の人々に住まうのを制限する立場ではないのだが一度は新しい隣人の人となりを知っておきたいと申し入れられて、それもそうすねとなったのだ。
 そのためにハイスヴュステの村人を二人、ピラミッドまで案内しなければならない。
 ただこれは、ほかの種族との間に超えられない谷を持つ魔族に平穏に暮らしてもらいたい趣旨からは外れた行動になる。すでにブルーメのえらい人などをさんざん連れて行っているので、今さらと言う感じもあるけども。
 だからと言うか、主にメガネがこれを快諾したのは少々別の理由があってのことだ。
 例えば砂漠の民のネコの村代表として、付いてくるのが急激に頭角を現した真のカレーの民、ミスカであるとかの。
 たもっちゃんは異世界で不遇な扱いをされてきたカレーをそのまま愛するミスカのことを、ちょっと特別な感情で見てしまいがちである。つまり、愛。露骨なるひいき。
 だが、私も、せんせー! 言ってることととやってることが違うしひいきはいけないと思います! などと、四角四面の優等生めいたことは言わない。
 なぜなら、ここはネコの民の村なのだ。
 その村の戦士が付いてくると言うことは、その相棒であるでっかいネコも付いてくる。
 我々はこの集落からピラミッドまでの船旅を、ネコと共にすごすことになるのだ。
 これは間違いが起こっても仕方ない。いや、むしろ起こらないとおかしい。
 船旅ではなぜか開放的になり行きずりの恋や殺人事件に発展するのだと、数々の二時間ドラマで予習してきた私の勘が告げている。
 こうしてミスカの同行はネコ様込みで歓迎されたし、実際には族長の名代としてシピも一緒に船に乗りネコ様も二倍。むしろ私は喝采を叫んだ。
 まあしかし、冷静になってあとから思えば別に急ぐことはなかった。
 エミールの件でギルドが犯人の冒険者を引き取りにくるのを待ってもよかったし、そうすべきだったような気もする。
 しかし直接話して和解したのは族長と数人のおっさんだけで、集落の大半はいまだ変わらず訳の解らない奴らがきたみたいな印象を我々にいだいているようだった。
 これはどうにも居心地が悪い。
 しかも、直接話せば我々の訳の解らない印象がどうにかできるかは未知数って言うか。
 そんな諸事情に追い立てられてなんとなく出発を急いでいると、困ったみたいな顔をしてエミールが相談したいとやってきた。
「お忙しいところすみません。実は、荷物や金が無事に戻ってきまして……集落のかたが取り戻してくだすっていたんですが。それで、お預かりした素材をどうしたものかと……」
 ピラミッドで保護されていた時のエミールは、なにも持っていなかった。護衛のはずの冒険者にだまされ、奪われていたので。
 このまま戻っても元手がなくて商人としてはどうにもならないと、彼はツィリルたちに頼み込み素材を譲り受けていた。
 素材を売ったらその何割か取りぶんを届けてもらう約束ではあるが、そもそも貴重な魔獣の素材を融通してもらえた理由は身一つになってしまった彼への同情もあったはず。
 と、エミール自身は考えているようだ。
 実際はメガネがガン見で犯人は確保され金品も無事だと知っていたので、当然じゃあ返してとはならず、「うん、まぁ。いいんじゃない? そのままで」と言う話に落ち着く。
 また、ピラミッドまでの厳しすぎる砂漠の道のりを考え、これを吹くと魔族のお迎えがくるかも知れない改造土笛を渡すなどして、またねー、と我々は軽くエミールと別れた。

つづく