神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 315

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空飛ぶ船と砂漠の迷子編

315 ハイスヴュステの戦士

 一応ながらに許されて――。
 いや、正確には許される前に、まずハイスヴュステの戦士らと話をするためずんぐりと重たげな船を集落の外の砂漠へと下ろした。
 船底をいくらか砂に埋めるようにして水平を確保しながら固定して、地上へとおりたのはメガネとテオとエミールに私だ。
 じゅげむは寝てるし金ちゃんは荒ぶり斧をスタンバイしたまま留守番である。子守りにはレイニーを置いてきた。嘘だ。置いてきたと言うか、なんかもう夜だし、お出掛けが面倒になった本人が自ら残ると言ったのだ。
 お前は私の守護天使とちゃうんかいとちょっと一瞬思ったが、子守りは助かる。
 そうしてまず我々は、船からおりるとすぐそこでそろいの黒衣に身を包むハイスヴュステの男たちと対峙した。
 もう夜なのにまだ昼の暑さを残した砂に、我々と彼らは向き合う形で直接座る。
 互いに持ちよったかがり火や油のランプに照らされて、悪気はなかったと主犯のメガネとついでに私が必死に謝りすっかり引率感覚のテオが火矢をムダにさせて申し訳なかったと一緒になって頭を下げた。
 火矢は矢が燃えて使えなくなるし、矢の先に巻き付ける布や油まで必要になるのでコストが掛かるものらしい。なんだかんだでテオも視点が物騒なのだが、お金の話は多分大事だ。
 この件に関しては私がアイテムボックスの中に隠し持つ、雨季にはその辺で収穫できるが今の時期にはちょっと貴重な砂漠の草を譲渡することで和解した。ありがとう、花壇ピラミッド。ありがとう、水やり係の魔族たち。
 そう言えばシュピレンにズンドコ船で乗り付けた時にも火矢をこれでもかと撃ち込まれたが、あれは誰が払ったのだろう。
 ふと思ってメガネに聞くと、取り引きのついでにレイニーの青い冷血塩を多めに渡してあるそうだ。ダブつく在庫を放出しただけって気配もするが、抜かりなどなかった。
 そんな感じで謝罪が終わり、いくらか会話が進んだところで私は問うた。
「ねえ、ネコ触っていい? ネコ」
「リコはちょっと黙ってなさい」
 まあそうだろうなとは思っていたが、そわそわするので一応問うと案の定やっぱりダメだった。
「えー、ネコ。ネコ触りたい。ネコ」
「あの、それで。何だっけ」
「いや、まだ大して何も……その、大丈夫か。連れは」
 あきらめ悪くネコネコ言ってる私のほうを居心地悪そうに見て、黒衣の一人が色んな意味で心配するがメガネはこれに首を振る。
「いつもなんで。大丈夫です」
 そうか。いつもだったのか。
 なんだとメガネと私が横からものすごい顔で見ていると、話は結構さくさくと進んだ。
 そもそも、この集落は行商に回っていたエミールが身ぐるみはがされ砂漠に置き去りにされる前、最後に滞在した集落でもある。
 そして砂漠に打ち捨てられたはずのエミールは、今ここにこうして無事だ。
 いや、圧倒的強者として力を持て余した魔族らが積極的に保護してなければ、どうなっていたか解らない。
 でも、とにかく無事でいる。
 そのことを集落の人々はよろこんだ。
 特に、私たちの目の前にいる男の一人。青年とでも呼ぶべきだろう。黒衣を身に着け武器をたずさえた戦士の中の、まだ若そうな人物は目に見えてほっとしているようだった。
「責任を感じていたんだ。水源の村まで行って欲しいと頼んだのはおれだから」
「シピ」
 いくらか彼より年上の、連れの男がそれ以上の言葉を阻むように呼んだ。しかしその当人は、抑止を拒み男のほうへと軽く手を上げ首を振る。
「事実だ。おれが無理を言ったから、あんな奴らに付け入る機会を与えてしまった。浅はかだった。せめておれが一緒に行くか、誰かを付ければこんなことには」
 そう肩を落とした青年を、シピと言う。たった今、仲間に呼ばれていた通り。
 褐色の肌にはっきりとした顔立ちで、黒髪に孔雀緑の瞳。そして民族衣装であるらしき立て襟で膝まで丈のある長い上着の、腰にしめた太いベルトに湾曲した短剣を差してある。
 これは大体のハイスヴュステの男性に当てはまる外見ではあるが、シピに関してはもう少しだけ特徴があった。
 主に、黒い上着の胸と裾の辺りに施されている薄黄色の刺繍の見事さで。
 ほかの男たちの上着にもちゃんと刺繍はあるのだが、豪華さが違う。これはシピがこの村の族長の息子であるためだと言うことは、もう少しあとになってから解った。
 それから、族長。
 これは、どうやら集落ごとに一人ずついる。
 いくつかの集落に分かれて暮らす少数民族のことを、おおざっぱにまとめて砂漠の民と呼ぶ。そして、砂漠の民とはほとんどそのままハイスヴュステの民と同義だ。
 だが、彼ら的には集落ごとにまた別の集団であると言う認識らしい。
 アルットゥのすでに亡くなった弟も族長だったと聞いたような気がするし、ハイスヴュステの族長は常に何人かいるものなのだろう。
 それは村長と言うのではないのかみたいな疑問もあるが、多分、ここではそうなのだ。
 村長だと村役場感が出るが、族長となるとなんとなく秘境のおもむきがある。そしてその立場は周囲から、畏敬の念を集めるようだ。
 その息子であるシピが、済まなかったと謝罪して逆にエミールのほうがあわてた。
「行くと決めたのはわたしですから、どうか、もう。それに、気に掛けてくだすっていたんでしょう? 有難いと思っています」
 シピの話では、エミールが行商のために雇った冒険者たちと集落を離れ、数日すると冒険者だけが戻った。彼らもできればこの集落は避けたかっただろうが、魔獣の足を借りてはいても経由地なしに砂漠を渡るのは難しい。
 だから護衛のはずの冒険者たちは、砂漠で魔獣の群れに襲われてエミールを守り切れずにやむなく逃げてきたとごまかした。
 これは冒険者として受けた依頼の失敗を意味するが、エミールは途中で依頼の内容を変えている。自分たちは契約外の仕事をさせられていたから、過失はあちらにあるはずだ。
 冒険者たちは集落でそう語ったし、街へ戻っても同じ主張するつもりだったのだろう。
 でも、それは通らなかった。
 借りた魔獣を無事に帰せば、預けた補償金が戻る。そのためか、彼らは鞍を着けたエミールの魔獣を連れていた。
 それに乗っていたはずのエミールは魔獣の群れに襲われたのに?
 違和感を持ったシピにより、彼らがしたことが暴かれた。荷物の中からエミールから奪った金品がそっくり発見されたことも大きい。
 そしてアルットゥたちの住む集落、水源の村へ行って欲しいと頼んだシピは、責任を感じて集落の仲間に頼み込みこの広い砂漠を手分けしてエミールの行方を捜してまでいた。
 それでも、青年はまだくやむ。
 アルットゥの村はあまりにも僻地で、一つだけぽつんと離れた集落だから商人もなにもより付かずただの針一本ですら手に入れるのに苦労する。
「だから、誰か行ってくれる商人があれば、助かるだろうと思ったんだ」
 かがり火の明かりが揺れる砂漠の夜に、砂にあぐらで座り込む青年。立派な黒衣に身を包むシピは、また申し訳なさそうに「本当に済まなかった」と肩を落とした。
 これにやっぱりエミールがあわてて、無事だったんですからとか、自分も不注意だったのだろうし、もう大丈夫ですからと。
 逆に気を使い始めてわちゃわちゃするまでの一連の流れを、私はさり気ないを装いながらに砂の上をじりじりと移動し、黒衣の男らのそばで足を折り曲げ体の下に収納し箱のような格好で目を細める巨大なネコや、もうなにも気にせずに四肢を砂の上に放り出しびろんと体を伸ばす巨大なネコや、毛づくろいを始めたものの意外に長い自分の胸毛にんべんべと格闘している巨大なネコへと接近を試み、「今日もかわいいねえ! いい子だねえ! お仕事がんばっててえらいねえ!」などと絶賛しながらそっと手を伸ばそうとしたところを特大の肉球をそなえたどっしりとした前足でべしっと取り押さえられ背中をぎゅうぎゅう踏まれた上で「ありがとうございます!」と叫ぶなどしながらに聞いた。
「これまでのことは精霊を飛ばしてシュピレンのギルドには伝えてある。無事に見付かったことも知らせておこう。ただ、調査と冒険者たちの身柄を引き取るために人を寄越すと、ギルドへ飛ばした精霊が返事を持って戻っているんだ。だから、それが到着するまでここに滞在してもらうことになると思う」
 シピが最後にそう告げた頃、でっかいネコの黒衣の下僕がさすがに私の行動に気付いて「おいやめろ」と割って入った。
 その辺で今夜の話し合いはお開きとなり、我々は一晩砂漠で待機。挨拶などはまた明日、と言われてしまう。
 集落で待つ住人たちに、これから我々とエミールのことを説明する必要があるからだ。
 しかし、私はこれに強く抗議する。
「嫌だ! こんな所いられるか! 私は村へ行ってネコにまみれてお泊りさせてもらう!」
「お前は次々に死人が出る洋館で最初に客室へ引き上げて死体で発見されるおっさんか!」
 的確な例えと共にメガネが暴れる私を取り押さえ、そのすきにテオが黒衣の集団とネコたちを今の内だと素早く逃がす。無念だ。

つづく