神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 337

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エルフの里に行くまでがなぜかいつも長くなる編

337 悪縁

 じゅげむとは別に親子ではないのに、すでに親バカとはこれいかに。
 そんな反省と言うか、しみじみとした感慨と共に王都の公爵家で二日ほどすごし、王都と大森林の間に点在している農家に立ちより乳製品などを仕入れながらに移動した。
 ドアのスキルで移動するのでルートは関係ないのだが、なんとなく思い出していい機会だし石窯を装備してピザやグラタンが通常メニューに組み込まれた今、手持ちのチーズは種類と量がどれだけあっても全然よいのだ。
 朝の内に王都をあとにして、ぼえぼえいななく家畜いっぱいの農場を経由。大森林の間際の町に到着したのは、おやつの時間には少し早いくらいの頃である。
 日付としては、九ノ月の二十四日。
 九ノ月はこの異世界で一年の終わりで、その次に訪れる翌年一ノ月は秋。大森林の実りの季節だ。
 だから今の大森林の間際の町には、稼ぎ時の大森林に分け入ろうとする冒険者や素材を買い付ける商人などが詰め掛けて、秋の訪れを待ち構えている時期ではあった。
 そうして雑多に騒がしく常より格段に人口の増えたその町で、私は、運命だとか、宿命だとか、悪縁などと言った言葉を思い浮かべることになる。

 その人物は間際の町の冒険者ギルドで、混み合う窓口の列にいた。隣の列にぞろぞろ並んだ我々からは、少し前の位置になる。
 最初は人の壁で姿も見えず、従者らしき連れの男と話す声が聞こえてくるだけだった。
「楽しみだな、クンツ。夏もよかったが、大森林は秋だ。どんな虫がいるだろう。わたしは、十二の色に輝くと言う吸血玉虫の生きた姿を見てみたい」
「ですが、書物によりますと吸血玉虫が輝くのは獰猛なシュヴェルトの生き血を吸い尽くした時だとか。危険では」
「それは……クンツ、そのために冒険者を雇うのだ」
 当然ながら、彼らの会話は我々以外にも届いていたようだ。
 魔獣の名前が聞こえてきた段階で冒険者たちが「ああ、あれかあ」みたいな感じで遠い目をして、最後の、危ないことを全部冒険者に丸投げするセリフに心なしか体を引いた。
 まあ、冒険者ってそう言うもんだよな。と、どこか達観したふうに動じないのは一部のベテランだけである。
 そんなことがあったので、混雑したギルドの中でそこだけ奇妙に空間ができた。お陰で少し後ろに位置した我々からも、彼らの姿が見えるようになったのだ。
 二人の今の会話から、どうやら間際の町にはすでにしばらく滞在してて、今は冒険者を雇うため窓口に並んでいるのだと解る。
 それは小柄でぽっちゃりとした青年と、痩せぎすでタテにひょろ長い男だ。
 主らしき青年は黒茶の短髪をぺったり七三になで付けて、小さな瞳は自信なさげにおどおどとしていた。
 そのせいか、小柄で丸い体を持つせいか。
 青年はどことはなしに幼く見えて、そして肌は生白い。
 小柄で丸いのはドワーフたちも一緒だが、あちらは全身筋肉のために全く似ているようには思えなかった。
 彼の場合はなんとなく、太陽の下を駆けまわるよりもエアコンの効いたお屋敷でおやつ片手にまんがでも読んでるほうが似合うような感じがするのだ。
 エアコンとおやつとまんがの組み合わせについては、ただの私の願望ではあるが。
 こうして、最初はそうと気付かずにいた。
 なにしろ顔も知らない相手だ。見ても解るはずがない。
 むしろ気が付いてしまったことこそ、運が悪いと言うべきですらある。
 しかし、それを知るのはもう少しあと。
 体を動かすのが得意には見えない、そして恐らくどこかのご子息が、物見遊山にでもきたのだろう。
 いかつい冒険者で混み合った冒険者ギルドには不似合いな、よくも悪くも目立つ二人にそんなことを思ったくらいのものだった。
 そんな中、痩せぎすの従者がぽっちゃりと背の低い主を見下ろして心底心配そうに言う。
「ミオドラグ様に何かがあれば、わたくしは旦那様に死んで詫びねばなりません」
「心配はいらない。わたしを追い出したのは父さまだ。兄さまたちとて、わたしがどうなろうと気にも掛けないよ」
 まるで自嘲するように、それかヤケクソにでもなったかのように。青年は連れの男に答えると、すねたように口をとがらせた。
 この会話を我々は、うっかり耳に入れてしまった。列に並んだ互いの位置が近すぎたのだ。
 そして、たもっちゃんとテオは、ほとんど瞬時に大体のことを理解した。理解してしまった。
 男子二人はそれでどうしたかと言うと、我々のちょうど真ん中でじゅげむを担いで一緒に並んでいた金ちゃんの体を、衝動的に、力いっぱいに抱きしめた。
 トロールの青黒い肌に包まれたむきむきとした筋肉に、顔面を押し当てしがみ付くような勢いがある。
「急にどうした。マジでどうした」
「リコ、黙って。何も解ってないのは解ったから、ちょっとだけ俺に時間をちょうだい」
 なんだかさめざめと泣いているかのような、力のない小さな声で返事をしながらやっぱりメガネは金ちゃんの筋肉を抱きしめていた。テオもだ。
 なんだこれはと思ったが、先に述べている通りただただ私がそのことに気付いていないだけだった。
 黒茶の短髪をぺったり七三になで付けて、小さな瞳をおどおどさせた小柄で丸くぽっちゃりとして生白いどことはなしに幼いような青年を、従者らしき痩せぎすの男はミオドラグと呼んだ。
 その名前は本来、我々が心に留め置いてしかるべきものだった。私が普通に忘れすぎだと言うだけで。
 ミオドラグとは、マロリー男爵家の三男の名である。
 マロリー男爵家の三男は、錬金術師である。
 そして錬金術師たるミオドラグ・フォン・マロリーは先年、我々に対して虚偽の訴えを起こした人物である。
 のちに颯爽と保護者化するアーダルベルト公爵の威光で訴えは取り下げられはしたものの、この件をきっかけに立場の悪くなったマロリー一家は我々に復讐を果たすまで王都にも戻るなと三男のミオドラグを放逐している。
 ミオドラグ・フォン・マロリーとはつまり、報復のために我々を探しているはずであり、そして今の我々が、最も遭遇を避けるべき人物の名と言えた。
 だから、気を付けなさいね、と。
 情報をつかんだアーダルベルト公爵からも、しっかり注意を受けていた相手だ。
 それがさー。
 ばったり会っちゃうんだもんなー。
 そら金ちゃんに顔面押し付けて、取り急ぎ世界の全てを遮断したくもなりますわ。

 実際のところ、立場の弱い、少なくとも弱そうに見えた我々の発明や発見を奪おうと去年の夏に虚偽の訴えを起こした主犯も、なにも考えてない我々が図らずも権利をおびやかしなんとなく宿敵っぽい構図になってしまったズユスグロブ侯爵――の、派閥にどっぷりつかっているのもマロリー男爵家の当主たる父親との話だ。
 ミオドラグはどうやら私と同じくらいになにも考えていないタイプのようで、放逐までされたのにどうやら我々のことは探そうともしていない。
「まあ、なんか虫ばっか探してそうな雰囲気はあったよね」
 マロリー一家についてのことをガン見したメガネの話を聞きながら、私がうなずき口をはさむとメガネの興味が脇道にずれる。
「吸血玉虫って何なのかなぁ」
「綺麗なんじゃない? やっぱり。十二色に輝くっつってたし」
「虫の話はどうでも良いんだ!」
 そっちの話題に食い付いてしまう我々に、ごもっともすぎる指摘をするのはテオである。
 思わぬ遭遇を果たしてしまった冒険者ギルドを緊急離脱し、我々は間際の町の外に広がる原っぱにいた。
 そしてなんとなく火をおこし、火があるのならせっかくだからと鍋を掛け普通に夕食の準備みたいなことをしている。
 完全になんとなくで作り始めてしまったが、よく考えたら夕食とするにはまだ日が高い。
 我々は夏の直射日光を避け、レイニー先生が魔法で出した日よけの壁とエアコン魔法で涼まなくてはならないほどだ。
 いや、ならないと言うことはない。ひたすら快適と言うだけで。
「いや、何かね。あの子。ミオドラグ。今までは錬金術師って言っても父親が買った肩書きだけで、何もさせてもらえなかったっぽいのね。それが急に自由になったんで、今は思いっ切り羽を伸ばして楽しい時期みたい。それで俺らの事もほぼほぼ忘れてるっぽいから、言わなきゃ解んないと思うんだよね」
 だからそっとしておいて、こちらはこちらで積極的に逃げよう。
 エアコンの効いた空間でまあまあ大きめの火を燃やすエネルギー効率の悪すぎる暴挙に及びつつ、たもっちゃんは鍋をかきまぜながらキリッとそんなことを語った。

つづく