神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 56

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王都脱出編

56 恐怖の実
(※つぶつぶ注意)

 勇者である。
 たもっちゃんは、怒れる勇者のこぶしによって吹っ飛ばされてしまったのだ。
「出て行くだって? この街を! 今? 何で! これから……これからこの街を立て直すんじゃないか! それを! 見捨てて行くって言うのか?」
 うちのメガネをおもっくそ殴っておきながら、彼は自分こそが傷付いているとばかりに悲しみに表情をゆがませた。
 勇者、マジ。
 悲しみと失望で元気いっぱいに殴り飛ばされ、うちのメガネはずばばばばっと土煙を上げながら地面をスライド移動した。
 大丈夫? たもっちゃん、息してる?
 さすがに私も心配したら、うちのメガネは倒れ伏した地面からなんか普通にひょこりと起きた。
「いやー、俺らにもちょっと事情があるって言うか」
 黒ぶちメガネを押さえながらに困った顔で、地面にあぐらを組んで言う。
 この明らかにノーダメージな様子に、勇者の連れの美少女たちが信じられないと目を見開いた。
「そんな!」
「魔力を載せていないとはいえ、勇者様の攻撃を受けて無傷だなんて……!」
「え、待って。そんななの? 勇者、そんな殺人パンチをうちの子に出したの?」
 うちの子って言うか、たもっちゃんだが。
「何でだよ! 困ってる人達がいるのに、何で見捨てて行けるんだ!」
 くっ! と勇者は目を閉じ、顔をそむける。
「あんたは……あんた達はほかのやつ等とは違うかと期待したのに……!」
「勇者様、こんな人達の力なんていりません! 私達だけで充分です!」
 どうしてなんだと苦しむ勇者に、より添う女子がメガネを責めた。
 私はその騒ぎからちょっと距離を取りながら、スラムの子供たちを振り返る。
「な?」
 せっかく勇者の実物がいるのだ。暴走している姿を指して、「こう言うとこだ」とちゃんと説明しておいた。

 恐怖の実。
 この世界ではお米のことをそう呼ぶらしい。
 なんでかなーって思っていたが、そんな疑問は実物を見て吹っ飛んだ。
「うわぁ……」
「うわあ……」
 たもっちゃんと私は、思わずそんな声をこぼした。
 恐怖の実は、つるりと丸く硬い殻に守られて育つ。地球のお米とずいぶん違うが、そもそもイネ科ですらないようだ。
 銀杏を両手でないと持てないくらいに大きくしたようなその殻を、ぱかりと割れば中にびっしりお米が見えた。
 半分に割られた球体の、内側の丸みにそってびっしりと。
 全部のお米がこちらを向いて、つぶつぶと整列しているのである。
 その光景に、若干ふっと気が遠くなる。
 無数にぶつぶつ並んだものが、全ての先端でこちらを見詰めてくる感じ。規則的でありながら、どこかいびつな数の暴力。
 私は思った。これはダメだと。
「たもっちゃん」
「うん」
「私、ギブ」
「うん……」
 陰った瞳でそんな会話をしていると、恐怖の実を見慣れたらしい獣族の、イヌ顔の農夫がしょうがねえなと吹き出して笑った。
 我々がいるのは、だだっ広い牧草地の真ん中。ぽつりと建った一軒の家と、家畜を休める納屋のような建物があるだけの場所。
 ここならお米を分けてくれると思うと、旅の途中の獣族たちが教えてくれた農家さんのお宅だ。
 ごめんよ、力になれなくて。
 私たちには、えらい人にチクるくらいしかできないんだ。
 そんなことを心の中で詫びながら、我々が選民の街をあとにしたのは朝の内のことだ。
 たもっちゃんはその前に、謝礼として獣族の大人たちにも燻製肉を渡した。
 夜の間に魔獣の解体を手伝ってもらっていたそうで、農家の場所はそのついでに聞いていたらしい。
 我々にも一応、自覚はあった。
 私たちの行動は、困っている人を見捨てて行くようなものだ。少なくとも、周りにはそう見えるのだろうと。
 理解を求めるなら、事情を話すべきだった。でも、そうしなかったのはこちらのほうだ。
 でもさ、なんかムリじゃない?
 面倒なことになってるっぽいので、王都から逃げてます。とか、どう言えばおたずね者感を出さずに説明できるのか解らない。
 それに多分、話したら話したで面倒が増える。勇者、我々を探して旅してるっぽいので。
 最初っからクライマックスの暴走ぶりはどうかと思うが、なにも勇者ばかりが悪い訳ではなかった。
 いや、誰が悪いと言うのではない。世間が悪いのだ。世間って言うか、めんどくさいことやらかした選民の街が。腐敗だよ、腐敗。
 まあ、それはそれとして。
 我々も、黙って汚名をかぶる趣味はない。
「多分、悪い子じゃないとは思うんだけどね。ちょっと話を聞かない子たちなんだよね」
 出発前にそんなことを言いながら、さりげない印象誘導で大体の非を勇者とその一行に押し付けるなどはした。慈悲はない。
 私はその時、なぜだかちょうど子供たちに水あめの草をあげていた。なぜだかちょうど。
 スラムで暮らす人族の孤児も、旅する獣族の子供たちも。同じように目を輝かせ、与えた草と割り箸をにぎりふんふんとうなずく。
 買収は成功と見ていいだろう。
 いや、違う。偶然だ。なぜだか解らないのだが、タイミングがそうなっただけ。なぜだかさっぱり解らないのだが。
 でも水あめは白くなるまでよく練って欲しいし、勇者もなんとかして欲しい。あと、我々をそんなに悪く思わないでくれるとありがたい。そんな気持ちが正直あるだけ。
 それから、午前中はノラのドラゴン馬車を爆走させて距離を稼いだ。
 私たちは馬車の中で寝ていただけだが。たもっちゃんは特に、保存食作りの夜ふかしが響いてまるで泥のようだった。
 途中でお昼の休憩を取って、じりじり焼き付く日差しの中をさらに移動。たどり着いた農場の主は、耳の垂れたイヌだった。
 私たちが恐怖の実を欲しがると、金に困ってるって感じじゃねえのに、変な人族だなー。とか言いながら、巨大な銀杏みたいな恐怖の実をいくつかかかえて持ってきた。
 ついでに全部の実を割って、ざらざら中身を取り出してくれる。密集したお米の凶悪な絵面に、我々が完全にひるんでいたからだ。
 本当にありがとうございます。
 無数の凶悪なつぶつぶも、整列さえしていなければなんと言うことはない。
「よォ、いるのは恐怖の実だけかい? 一応、ウチはミルクとチーズ作ってんだけどよ」
 むしろ、そちらがメインなのだろう。お米を渡す垂れ耳の農夫が、畜産物を買って欲しそうにこちらを見ている。
 せっかくだからその辺もくれと頼んでみると、彼は尻尾を振って張り切った。
「チーズもな、固ェのはウチで買え。柔らけェのは二軒隣のババアが上手く作りやがる。生クリームは西側のジジイの所で、バターはその娘婿がちょっと行った所に――」
 農場によって、得意な畜産物が違うのだろう。気軽にほかの農場も紹介されたが、どこもお隣は二キロ先みたいな立地だ。行くけど。
 もさもさの謎家畜がいる牧草地の横を通って丘を越え、小さな森を抜けながら何軒かの農家を回っていると一日が終わった。
 ちなみに紹介された農場は、みんな獣族が営んでいた。これはやはり、畜産農家は体力勝負だからなのだろう。
 異世界の生き物はパワフルだ。家畜といえどもそれは同じで、がっぷり四つに組むために獣族の体力が必要なのに違いない。
 チーズやバターは日持ちがするから在庫があったが、ミルクや生クリームは明日までに用意すると言われて待つことになった。
「て言うかさー、たもっちゃん。勇者に殴られた時、なんであんな平気だったの?」
 私がそれを聞いたのは、夜になってからだった。農場から少し離れた森の近くで、たき火を囲んで野営的なことをしている時。ふと、思い出したついでにたずねた。
 最初に恐怖の実を譲ってくれた垂れ耳の農夫は納屋にでも泊めてやると言ってくれたが、遠慮した。家畜がドラゴンに怯えてか、ぼえぼえ騒いでやかましいので。
 たもっちゃんは私の問いに、自分の顔のメガネをつつく。
「いや、これこれ。鉄壁のメガネ」
 それは最初の黒い怪物に出くわした時、詫び石でもらった新しいメガネだ。なにやらこれには名前の通り、鉄壁の防御機能が付いているらしい。勇者に殴られても大丈夫。
「何かさー、掛けてると俺まで守られるみたい。自分で外さない限りずれもしないし」
「よかったわね、たもっちゃん。これで戦闘中に落とす心配がなくなったわね」
 村でメガネをなくした時は、完全なる自爆でしかなかったものね。
 さすが天界が用意したメガネだと、我々は今さらの感心にうなずき合った。

つづく