神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 394

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なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

394 えらい人が無礼講
(※血なまぐさい過去について触れる描写があります。ご注意ください。)

 まあ、えらい人が無礼講と言っても、最低限の礼儀が必要なこともありますよね多分。
 例えば街で偶然出会った子供が実はその国の皇帝で、うっかりその正体をしっかり知ってしまった時とか。
 忠義者の臣下たる少年ルップの護衛らは気にするなと言われてすぐさまじゃあそうさせてもらうとばかりに適応した我々に、そうは言っても節度があるぞと苦言をていした。
 えらい人が自ら言い出したことでも、あんまり雑に扱われると自分たちが大事にしている皇帝をもうちょっと大事にしてくれと、そう言う気持ちが出てきてしまうものらしい。
 これにはなぜかテオが胃の辺りをキリキリさせて、なんか解らんけどとにかくごめんと批判を一身に受け止めていた。
 我がパーティの常識人は、他国ながらに元貴族の家に生まれた者として皇帝付きの護衛らの気苦労と無礼講に適応しすぎる我々に戸惑う気持ちが痛いほど解って同情が禁じ得なかった。と、のちに浴びるように酒を飲みながら語った。
 なんとなくそうさせてしまった責任を感じ、私も思わず二日酔い防止の体にいいお茶などをなんかごめんと謝りながらにそっと差し出したりすることになる。

 その少年、ルップは皇帝でありながら、周りを優秀なエリート護衛がぎっちぎちに固めていたり、たまに身分の片鱗が見えてお金のことなどに無頓着だったり、決して認められている訳ではないが街ではよくある理不尽や不正を権力と言う名の力業で解決したりするほかは、まあまあ普通の子供に近かった。
 だから我々もすぐに慣れ、街で偶然会ったりした時は普通に「おっ、元気?」とか言って、食べておいしかった甘味や料理の店などを教え合ったりする仲となる。ルップは味覚の趣味がいい。
 しかし、それはあくまで表面上のことだ。
 どうしたって彼が皇帝であるのは変わらない事実で、そして彼が皇帝の位に着いたのは七年前の改革がきっかけである。
 ……いや、革命と呼ぶべきだろうか。
 だって新しい王を生み出すために、当時、どれだけの血が流れたか解らない。

 皇帝である少年ルップがお忍びで、我々を訪ねてやってきたのは四ノ月、そのなかば頃のことである。
 数人の護衛だけを連れ、彼は夜に現れた。
 静かに話したいと言うから、私たちが宿泊している部屋へと通す。
 この部屋は高級宿でも特に豪華なほうらしく、寝室をいくつも備えた上に居間のような役割を果たす空間もある。
 その広めの空間で使うたび細かい傷が付いたりしないか恐いくらいにぴかぴかとした、黒塗りの螺鈿テーブルをルップと共に囲んで席に着く。
 顔ぶれはメガネとテオにレイニーや私。じゅげむと金ちゃんは個室で寝ている。
 そうして、やっぱりいつか見たようにどこかすでにあきらめたみたいな。寂しいような悲しいような顔をして、語らう少年を間近から見て私はやっと解った気がした。
「もしかしたら私らは、君と仲よくなってはいけなかったのかも知れないね」
 気付いた時にはそんな言葉が自分の口からぽろりとこぼれ、そのことに、はっとルップが息を飲む。けれども、言った私もおどろいていた。
 今はルップが一言一言を噛みしめながら、なにかしらの覚悟を思わせる様子で話をしている最中だったのだ。
 とても口をはさめる雰囲気ではないと言うのに、うっかり口をはさんでしまう。この、ダメだと頭で解ってるのに、ついやってしまういつもの感じ。自分の人間性になんらかの重大なバグを疑う。
「ごめん。忘れて」
 少年の背後に立って控えた数人の護衛やテオなどに、じっと目を向けられて私は素直に謝った。
 しかし少年は、ルップは、どこかわびしげにほほ笑んで目を伏せながら首を振る。
「あやまらないでほしい。それに、わたしにとってこの出会いは僥倖だった。そう思う」
 そして、「別れなくてはいけないことが、やはりさびしくはあるけれど」と、静かにこぼして話を続けた。
 まず、ルップと我々の街での出会いは偶然だった。
 そのことを彼ははっきりと言った。
「けれど、そのあとは違う。先の皇帝の姪、エレオノーラ様に縁のある者らしいと知ってどうしても自分で確かめたくなってしまった。エレオノーラ様がご無事なのか、どうしておられるか。それに今、皇国に使いをよこした目的を」
 そもそも、まだ少年である皇帝がお忍び好きでちょくちょく街に出没してるとは言っても、元々は月に一度や二度のことだったらしい。
 けれども我々は今月に入って出会ってからすでに、ちょっと親しくなる程度には何度も顔を合わせているのだ。
 これはどうやら皇帝が、我々がエレの縁者と知って偶然を装い会うためにお忍びの頻度を極端に上げていたためだったようだ。
 確かに国を追われた王族が、数年経って手の者を故国に送り込んだとしたらなにが目的かと警戒するのも仕方ない。
 ただ振り返って考えてみると、国を追われたのがだいぶん前でエレはあんま覚えてないっぽいし、この国にくるとも伝えてなかった気がするだけで。
 たもっちゃんと私はそれぞれ自分で自分を抱きしめるように腕を組み、格子状に区切られて細かい透かし彫りがはめ込んである宿屋の天井をわあきれいと見上げた。
 我々はこれから、当初はエレの国からエレのためエレに会いたいかエレと一緒にいたい人々をスカウトしてくると言う目的をぶち上げたものの、なんか色々とそう言う感じでもなくなってうっすらその目的を忘れつつ普通にラーメン食べ歩いてたと言うことを恐らくは全部説明しなくてはならないのだろう。
 それまでの、ちょっとした逃避行動である。現実がしんどい。
 それとこれは自分でもびっくりしているのだが、本当になにしにきたのか割と普通に忘れてた。ごめんな。
 少しして、同じく普通に目的忘れてて多分びっくりしているメガネがそのびっくりを噛みしめながら、思い切り上にそらした視線と頭をルップへと向けて気まずげに問う。
「俺、この国へきてから食材探しとラーメン食べ歩きの記憶くらいしかないんですけど。何でそんな疑われたの?」
「あっ、ほんまや」
 なんかすげーバレてんじゃんと思っていたが、今はまだ「そうらしい」と言った話だ。
 あちらに確証があるとは限らないのだし、ならばこちらもうっかり認めないように気を付けるべき段階と言えた。手遅れのような気もするし、なんか正直とてもめんどい。
 しかしルップはこの件で、駆け引きめいた会話をするつもりはないようだ。あっさりと、疑った根拠を明かしてくれた。
「この宿の主とエレオノーラ様の父君は、懇意な間柄だったとか。記録によれば、エレオノーラ様がゆくえ知れずになった時にも国外逃亡の手引きをした容疑をかけられている。その罪は結局立証できず、しかし嫌疑を晴らす物証もなく今もその身は監獄に」
「えっ、おかみ毎日いますけど」
 私は宿の主人を完全におかみだと思い込んでいたので普通にいるじゃんとおどろいたのだが、これはちょっとした勘違いだった。
 形式上はおかみの夫が宿屋の持ち主となっていて、おかみはその妻と言う立場であるらしい。
 元々宿屋のことは大体全部おかみが取り仕切っており、夫が収監され続けている今もそんなになんの影響もなく営業できてしまっていても書類の上ではそうなのだ。
「確か御夫君は貴族の出だから、エレオノーラ様の父君とつながりがあるならそちらだと目されたようだ」
「この宿……そうなんですか。知りませんでした」
 いやマジで。と、たもっちゃんが普通におどろいた感じで言うのを聞きながら、私は大体のイメージで思った。
「貴族出身で実務に関わってない名目上の社長ってすごいふらふらしてる感じしかしないけど、そう言う人でも国外逃亡の手引きとかってできるんですかね」
 そして、思ったことが全部口からぼろぼろと出た。いやーだってさー。仕事できなさそうな感じするじゃん。名義だけの社長って。
 そんな人に本当に、命まであやういエレたちをうまいこと逃がしたりできたのかしら。
 あと、じゃあもしかして宿屋のおかみが我々にやたらとぐいぐいくるのはその関連かとも少し納得し掛けたが、だとしたらおかみも我々がエレと無関係ではないと解っていたことになる。なんでや。
 しかも、よく考えたらおかみはぐいぐいきた結果、別になにか助けてくれる訳でもなくこの料金高めのスイート的な客室を割り当ててきたりしただけだったわ。それとトルニ皇国の貨幣の換金。
 旧王族の支援者としてその商魂にどんな意味があるのか、そもそも意味なんでなにもないのか。私にはよく解らない。
 けれどもめずらしく暗い色味の衣服に身を包み憂鬱そうな少年にはそれらが、ほとんど確信のように思われるようだ。

つづく