神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 386

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

386 我々の冒険

 じゅげむはトルニ皇国のお金を持っていないので、市場では私が立て替えることにした。
 熱心かつ慎重に選ばれたコマを二つ購入し、付属のヒモと一緒に渡すとじゅげむは大切そうに肩掛けカバンにしまい込む。そして、大仕事をやりとげた! みたいな顔で金ちゃんの体によじのぼって行った。
 この、じゅげむが金ちゃんの肩を自分の定位置であると認識してる感。
 よく考えるとじわじわくるものがあるのだが、じゅげむはまだ小さくて見失いやすいのでむきむきでっかい金ちゃんと一緒にいてくれると迷子の心配がなくて助かる。
 箸屋に戻るとメガネがいまだにどれを買うかで悩んでて、いいのが欲しいなら店舗のほうにもっと高い取って置きの箸があるぜと屋台みたいな出店の店主にさりげないセールスを受けていた。
 ここでは結局、食堂で使うような量産品の軽いお箸を五十セットと、それよりはもう少し値の張る箸を二十セットだけ買った。
 そう決めたのはメガネだが、お箸がいっぱいごちゃっとあって選ぶのが面倒になってしまったらしい。
 ゲシュタルト崩壊を起こし掛けてた。危ないところだった。とか言いながら、個人ぞれぞれの専用箸は見送り。
 しかし店主に出店ではない店舗の場所を聞いていたので、ゲシュタルトがどうにかなればまた改めて買うのかも知れない。ゲシュタルトってなにか知らんけど。
 さらにその帰りにはトルニ皇国の豆腐に出会ったりしたが、これはものすごく固かった。
 平たく大きなレンガのようで、豆腐あんのかよと言うおどろきよりも俺の知ってる豆腐と違うと強い戸惑いが先にくる。
 しかしそれはあくまで私の感想で、たもっちゃんは料理をする者としてまた違う観点を持っていたようだ。
 皇国の料理人である食事処のオーナーが日持ちしねえぞと注意するのにヘーキヘーキと返事して、「麻婆豆腐がはかどる」などとぽいぽいいっぱい購入してた。
 運がよければラーメンを打つためのかんすいや、かんすいを作るための素材をそろえた屋台が出ていることもあるとも聞いたが今回は見付けられずに終わる。
 大体みんな数回ぶんをまとめて買うので、売るほうも毎回毎回店を出すとは限らないらしい。
 まあ、我がパーティの料理担当にラーメンの麺を打つ意欲がないのでかんすいはなくても別に困らないのだが、ジェネリックでない本場のかんすいを買って帰るとローバストのラーメン勢にモテる気がしたのでその内どこかで入手したいところだ。
 今日のところは残念だねーとか言いながら、その辺の出店からほこほこただよう白い湯気に誘われてあちらこちらで肉まんを食べ歩いて帰った。

 まあ、帰ったと言っても我々の冒険はまだ続く。
 ただの観光と言うべきかも知れない。
 ただしラーメンやギョーザを作るのがやたらとうまい食事処のオーナーはこれから店の仕込みがあるそうで、朝市を離れてすぐに案内の礼を言って別れた。
 ここから先の案内は、相変わらず色が目に痛い刑罰服に包まれた男女のガイド、それから今日も高級宿のおかみにおもてなし枠として付けられた四十絡みの下男だ。
 そうして歩くトルニ皇国の帝都は、なかなか大都会である。
 けれどもまだ朝の早い時間帯のためか、大きな通りにも人はそんなにいなかった。混み合っていないのは助かるが、代わりに店もほとんど開いてない。
 仕事に遅れそうなのか急ぎ足で通りすぎる人や、商家の木戸を開く店員。また別の建物の前では、黒っぽい六角形を敷き詰めたような石畳の道をはき清める者もある。
 人の姿はまばらで閑散としてるのに、忙しそうにさわさわと街は動き出していた。
 そうして帝都の一番外側にある、朱色の門をくぐって少し歩いた頃である。
 ふと、私はある通行人に目をとらわれた。
 その人は頭にふわりと布を巻き付けた女性で、背中に負った大きなカゴが重いのか体を少し前に傾けるようにして歩く。
 彼女の運ぶカゴの中身はどうやら草で、そのことが私の、やばい、最近草むしってねえ。と言う、あせりに似た気持ちをかき立てていた。
 しかしトルニ皇国はほとんどが石柱の岩盤でできていて、土の農地がかなり貴重と聞いた気がする。あの草もやはり、勝手に生えたものではなくてわざわざ育てたりしたものだろうか。
 そんなことを考える内に、女性はすぐそこにある、小さな建物の前で止まった。
 商家のようだが間口はせまく、ほとんど一坪ほどだろう。すでに防犯の戸板は取り払われて、丸太を一本転がしたみたいな敷居の向こうは影に沈んだ店内である。
 よくよく探せば店の壁をびっしり隠す棚のすき間に薬屋の看板が掲げてあるのだが、この時はまだ気付かない。
 その代わり、目に入ったのは老いた薬師が薬草をごりごり潰す姿だ。
 店の中が暗いのは、まだ早い時間だからかそれとも一日こうなのだろうか。扱っているのが薬だと思えば、品質を管理するためにあえて光を嫌っているのかも知れない。
 薬や素材を保管する棚が壁面にびっしり設けられ、その手前にカウンターのような台がある。
 客とのやり取りを行うための台なのだろう。
 店の中には老人が二人。その片方が草を持って訪れた女性と、その台をはさんで話をしていた。
 そしてそのカウンターと壁面の棚との間に、平たく長いベンチのようなものがある。
 店内にもう一人いる老人はその端にまたがり、訪問者に軽く、それも不愛想に会釈しただけで自分の前に置いた道具でごりごりと草を潰す作業に戻った。
 その道具。
 大きな五円玉めいた円盤の、中央からハンドル的な棒が付き出すローラーを細長い皿の上を往復させてごりごり薬草を潰すやつ。
 私は思わず、まあまあの声量ではきはきと叫んだ。
「時代劇とかで漢方医がやたらと薬草ごりごりするやつや!」
 ずっと前から欲しかったやつ!
 そんな気持ちが炸裂した結果だが、私はこの時、薬屋の戸口からそっと顔だけ出して店内を覗き込む格好だった。
 薬屋の老人たちからはめちゃくちゃに怪しまれたし、実際怪しかったと思う。
 けれども、私は知ったのだ。
 運命の出会いはどこに転がっているか解らないと言うことを。
 ただし草をごりごりする道具に関して、ずっと欲しかったと言いながらその「ずっと」にはだいぶん忘れてた期間が長めに含まれることもご了承いただきたい。
「おじーちゃん、その道具ってどこに売ってるか教えてください」
「帰れ」
 話してみると、薬屋の老人は私に厳しい。
 と言うか、会話にもなってない。
 いきなり顔だけ出した戸口から叫び、ささーっと店に入ったかと思えば老父の座るベンチにびたっと張り付いて今まさに使用している道具の購入方法を問う。
 そんな人間は確かに、あらゆる意味で相手をしたくはないかも知れない。
 しかし、私も引く訳には行かぬ。
 よく考えたらこれまで持っていなくても困らなかった道具の話で、引けないって理由は全然なかった。
 しかしこの時はなぜかそんなテンションで、私はベンチのフチに両手を掛けて屈み込み教えてくれるまで一歩も動かぬみたいな感じで老夫に迫る。
「おじーちゃん、そこをなんとか」
「リコ、落ち着いて。一回引こう、とにかく一回初対面に適切な距離を置こう」
 それを背後から、おいやめろとはがいじめにして引きはがすのはメガネだ。
 せまい店舗に全員は入れなったのか、戸口にはなんだなんだと覗き込むレイニーやじゅげむの姿があった。
 どうやら私は草を背負った女性にふらふら引きよせられて、いつの間にか一人で薬屋にたどり着いていたらしい。
 そして、あっ、いない。と気が付いて、たもっちゃんが蛍光ガイドや宿屋のおもてなし下男と共に探してみたらこれである。
 草かあ、みたいな顔をして、たもっちゃんはうんざりして言った。
「いい年して迷子になるのやめなさいよ」
「たもっちゃんが? たもっちゃんがそれ言う?」
 帝都に着いてしょっぱなに一人でふらっといなくなりガイドの男に確保されていたのは誰だと、私が反射的に言い返すとメガネは「あれは買い物してただけですし。ちゃんと自力で合流しましたし。迷子とは違いますし」と、顔をそらして屁理屈をこねる。
「おうこらこっち向けやメガネ。自分でも言い訳苦しいの解ってんだろ」
「そんな事ないですぅ。ちょっと今は何となくあの辺の棚が見たいだけですぅ」
 このクソほどどうでもいい言い合いは、テオがその大きな手の平でメガネと私の顔面をがっちりアイアンクローでつかんで「やめろ」と言うまでまあまあ続いた。

つづく