神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 25

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クマの村編

25 忘れてた

「あっ」
 と、唐突に。そのことを思い出した。
 宿の裏手で、薬草茶になると言うその辺の草を干している時だ。近くで一緒に作業していたレイニーが、どうしました? と巻き毛を揺らして首をかしげる。
「やばい。忘れてた。三日ルール」
 ちょっとショックで、語彙力が下がる。
 そもそも、私たちはローバストを目指して移動しているところだった。この村に立ちよったのは、道に迷った上に雨が降ってきたからだ。
 前の町からローバストまで、普通なら三日も掛からない。だから油断して、ペナルティの日数なんか考えてなかった。
 ではどうしてローバストを目指していたのかと言えば、近郊で一番大きな冒険者ギルドがあるからだ。
 いい加減、ダンジョンのドロップアイテムを売り切ってしまいたかった。売ったお金をテオに配分しなきゃいけないし、ほとんど押し売られたアイテム袋の代金も払わなくてはならない。
 金貨十枚は大金だったが、あんな大口を叩いておいて踏み倒す訳にも行かないだろう。
 って言う、これも。正直すっかり忘れてた。
 色々あったからな。私、マルチタスクは向いてないんだよな。
「たもっちゃーん!」
 あわてて村の中を探し回ると、わりとすぐに見付かった。たもっちゃんがいたのは、壊れた家の跡地だった。
 数日前まで山から村に怪物の死骸が迫っていたが、それも今ではずいぶんと距離ができてきた。どんどん端から切り崩し、売り払っているからだ。
 一気に売りさばいてしまうつもりだろう。大量の素材を切り出すために、領主の城からは兵が五十人ほど増員された。
 黒いぶよぶよを求める客や、荷物を運ぶたくさんの人夫。護衛に雇われた冒険者。それにローバストの兵や騎士が加わって、とにかく村は騒がしい。
 忙しそうに走り回る人たちを避け、たもっちゃんのところへと急ぐ。
「リコ? 何? どしたの?」
 たもっちゃんは話を中断し、きょとんとした顔でこちらを見た。なんかのんきで、イラっとした。
 新しい家をどうするか、相談しているところだったようだ。たもっちゃんとベーア族の男たちが集まる場所はすでに更地で、地面には柱や土壁の跡が残るだけになっている。
 ジャマして悪いが、こちらはちょっと緊急だ。私は、やべーよ忘れてた。と、三日ルールのことを急いで伝えた。
「え、今更? いやいや、こないだローバスト行った時点でペナルティ発生してたよ」
 たもっちゃんは話を聞くと、そう言ってあきれた。
「あん時、ギルド泊まったじゃん。そしたら、窓口で猶予日数過ぎてますよーって言われてさ。しょうがないからテキトーにノルマ受けといたよ」
 聞いてねえよ。と、正直思った。
 しかしよくよく考えてみると、あの日の私は一緒に窓口にさえ行ってない。
 ローバストには交渉で行った。交渉自体はうまく行ったが、報奨金の支払いには時間が掛かった。それから街を歩き回って、すっかり疲れてしまっていたのである。
 買い物を済ませてギルドに着くと、手続きは全部任せて部屋でさっさと寝てしまった。ような気がする。多分そうだ。
 たもっちゃんはその時に、宿泊の手続きだけでなくノルマのことまで対処していたようだった。マジかよわりーな。
「で、どんな依頼受けたの?」
「採集。毒蛇の牙を五セット」
「それ、持ってるけど」
「だから受けたんだよ」
 毒牙は、ダンジョンのアイテムにあった。売却するのをすっかり忘れて、まだかなり残っている。右の牙と左の牙。毒牙五セットで計十本なら、まあ余裕だ。
「なんか納得行かないけど、たもっちゃんえらいな」
「俺も自分でそう思う」
 罰則ノルマではあるが、今はパーティで依頼を受けた状態だ。仕事中に三日ルールはカウントされない。まだこの村にいるつもりなら、逆に好都合と言えなくもなかった。
 ほうれんそうさえしてくれていたら、完璧だった。
「よォ、もういいかい?」
「あ、ごめんね。もう大丈夫」
 話が終わるのを待ってくれていたらしい。ヒマそうにしていたベーア族の男たちが、たもっちゃんをまじえて相談を再開した。
「柱だけどよォ、やっぱり山の奥まで行かねえとよ」
「ここらの木じゃ駄目なの? あの辺の折れたやつとか使えない?」
「この辺の木は柔らけェんだ。薪にするならいいけどよ、柱にはなァ」
「そっかぁ。何か、もったいないね」
 クマたちと話しながら、たもっちゃんは山のほうを見た。まだそこまで手が回らないのか、怪物に折られた木々が何十本もそのままになっている。
「なんかさー、なかったっけ」
「リコ?」
 確かに、もったいない。薪にするならムダにはならないのかも知れないが、なんかに使えればそれはそれでよくないか。そう言うの、前になんかで見た気がする。
 眉間にぎゅっとシワをよせ、おでこをぐりぐり押しながらかすかな記憶をたぐりよせる。
「こう、あれ。やわらかくて建材とかにならない木を、こう……圧縮? して、密度高くしたら強度上がるー。みたいな」
「そんな技術があるのですか?」
 私もテレビで見ただけなので、詳しいことは……。と、言い掛けてはっとした。
 テレビって言っても通じないよな。うっすらした記憶を追い掛けてたら、つい、ぽろっと出そうになった。
「リコさん」
 レイニーが袖を引く。振り返ると、しかしその青い目はこちらを向いていなかった。
 と言うかむしろ、私から見えるのは金色の後頭部だけだった。そして、その向こうで。
「そのお話、是非お聞かせ願えないでしょうか」
 翡翠色の澄んだ瞳を輝かせ、美しいエルフは好奇心いっぱいに声を弾ませた。
 異世界にきて、エルフを見るのはこれが初めてのことだった。ローバストの大きな街でも、冒険者ギルドでも見なかった。
 思えば私はもっと早く、その不自然さを怪しんでしかるべきだったのだ。
「これは凄い事です。今まで見向きもされなかった木が加工できれば、建築に革命が起きますよ。素晴らしい。その発想はどこから?」
 私は日本のテレビから。
 とはさすがに言えないので、聞きかじっただけで覚えてないですとすっとぼけた。しかしすっかり興奮しているエルフは、別にそんなの気にしなかった。
「できれば加工するところを見せて頂けないでしょうか。いえ、新しい技術に興味があるんです。秘密は守るとお約束しますから。それとも、技術を盗まれない様に知的所有権を王に申請するお手伝いをしましょうか?」
「いや、あの、うちの技術じゃないんで……」
 日本の業者さんの技術なので。
 て言うか、あるのか。この世界にも知的所有権と言う概念が。
 そのことにおどろくと、エルフは肩をすくめて困ったみたいな笑顔を浮かべた。
「一般的には余り大事にされなくて、盗んだ者勝ちになる事も多い様です。でも、錬金術師は発明が命ですからね。それはもう、知的所有権はうるさく主張します」
「錬金術師?」
「あぁ、すいません。申し遅れました。ワタシはルディ=ケビン。王都の錬金術師です」
 私たちのイメージとは違い、この世界のエルフはほとんど冒険者にならないそうだ。
 戦いを好まず、魔獣を狩るのも最低限。自分たちに必要時、必要なだけにとどめるのがエルフの掟だからだ。
 これは確かに、冒険者には向かない。草しか刈らない私が言うのもどうかと思うが。
 だから森を出たエルフは、薬師か錬金術師になる。そもそも、森を出るエルフも少ないようだ。今までエルフを見なかったのは、事情を知れば当然のことだった。
 しかしここは剣と魔法の、モンスターが跋扈する異世界である。こんな世界で、エルフの存在を期待しないはずがない。
 たもっちゃんは、エルフ厨だ。ちょっと理解できないレベルで存在を愛し、エルフこそ至高と声高に叫んではばからない。
 そんな男が、今日までエルフについて一言も触れることさえもなかったのだ。不自然すぎると、私は気付くべきだった。
 たもっちゃんは、のちに語る。
 いなかったらどうしようかと思った。存在しない可能性を考えると、とても恐くて探せなかった。非実在を確かめるくらいなら、どこかで存在していると信じたかった。
 シュレーディンガーのエルフである。
「エルフは……エルフは実在したんや……存在するだけでありがてぇ……」
 たもっちゃんは、ベーア族の大きな体の後ろに隠れて呟いた。そしてエルフのルディに向かって、そっと両手を合わせていた。
 私はそこで、やっと気付いた。このメガネ、思ってたよりだいぶキモいと。

つづく