神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 107

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エルフと歳暮と孤児たちと編

107 全面戦争

 正確な時期は解らない。
 それでも助けたエルフの女性からメガネが聞いた話では、里から何人もの女子供がさらわれたのは少なくとも五十年以上は前らしい。
「しかし、エルフは非常に長命だ。時間感覚が随分違うし、もっと昔の事かも知れないね」
 話を聞いていた公爵が、難しい顔をしてイスの上で足を組む。
「エルフの誘拐も売買も、王の名において明確に禁じられていると言うのに。全く、ふざけた事をしてくれる」
 そう言って公爵は、これからもエルフを探し出して救うなら、もちろん協力はおしまない。と、趣味でエルフを救出してきたうちの変態にあと押しっぽいものをした。
 この話をしている間も、美しき公爵は台所の入り口から動かなかった。そして追加の保湿クリームをぐつぐつ煮る我々に、まざりたそうにこちらを見ていた。
 彼が座っているイスは、動かない主人を見かねた執事がしぶしぶ運んできたものだ。内容にそぐわずあまり深刻な感じがしなかったのは、全部公爵のせいだと思う。
 ずっと昔はこの国も、エルフをさらって売り買いしていた時代があった。とのことだ。
 しかしそれがなくなったのは、人族がエルフの人権にある日気付いた。とかでは全くなくて、仲間を奪われ怒り狂ったエルフたちが団結し、人族の国に攻め込んできたためだ。
 そうなると、エルフと奴隷商だけの問題ではない。国として、応戦するしかなかった。
 王に近しい立場から、当時を想像してだろう。アーダルベルト公爵は苦いような疲れたような表情を、整った顔面ににじませた。
「エルフは魔力の素養が高いからね。人族は、それはもう苦戦したそうだよ」
 その被害は甚大で、これはたまったものではないと各国の王が申し合わせてエルフの略取と売買を全面的に禁じた。今日まで続くその協定は、二百年近く前に定められたものだ。
 人間には昔のことだが、エルフには最近のことなのかも知れない。
「エルフは何より同族を慈しむ。それでなくても、恨みは絶対に忘れない。恩も忘れないと聞くけどね。それに長く生きるから、良い事も悪い事もまるで昨日あった出来事のように語る」
 だからエルフは一般的に、今でも人族を信じない。たまに人族と共に暮らすエルフもいるが、それは同族の里を追い出されたか相当な変わり者の可能性が高いとのことだ。
 それを聞き前に知り合ったエルフの錬金術師を思い出したが、よく解らない。
 研究に没頭しすぎてやらかして里を追い出されただとか、世界の真理を見付けたいんだとか言ってあと先考えず里を飛び出しできただとか。
 あのルディ=ケビンの感じだと、どっちのパターンもあるような気がする。
 そんなふうにエルフの里から離れた者も、しかし同族になにかがあれば武器を取って戦う。どんな状況にあるにせよ、エルフがエルフを愛することは変らないらしい。
 つまりエルフの誘拐は、それ自体が罪である、と言うほかにもう一つ。種族間の全面戦争を引き起こしかねない犯罪だった。
 それなのに、どこのバカだと。
「エルフに手を出すなんて、保護を約束した王の権威に泥を塗るのと同じ事。見逃してはいけないね。関わった者の名は、残らず私に教えなさい。手を抜かずに処理しよう」
 公爵は、それはそれは美しい凄味すら感じる笑顔を浮かべて見せた。お怒りである。
 少し、不思議に思ったことがある。
 割とケンカっぱやい感のあるエルフが、五十年以上も前に仲間をさらわれ今まで静かにしていたのはなぜか。
 自分たちで探そうとはしていたようだが、少なくとも人族の国にそれは伝わっていない。
「なんか、単純にどこ攻めればいいか解んなかったみたい」
 カバンにほどほどのポーションや固形の万能薬を詰め込みながら、たもっちゃんは私の疑問にあっさりと答えた。
 保湿クリームをこれでもかと作り終え、公爵家の客室に引き揚げたあとのことだ。
 以前滞在した時は一人一人に個室があてがわれたが、それからこのお屋敷はきっちり半分ほどが壊れた。今は客室がたりなくて、我々は二人と三人に別れての相部屋だ。三人のほうにはトロールを含む。
 私がレイニーと金ちゃんを連れて、当然のように押し入ったのは男子たちの部屋だった。そこで人を泥のように眠らせる高級なベッドの上ににぼよんぼよんと腰掛けて、ねえねえなんでとメガネに話を聞いていた。
「エルフは寿命が長いけど、人間に比べたら数がずっと少ないみたいでさ。さらわれた仲間がいる場所に大体見当付けてから攻め込もうとしてたんじゃないかなぁ。まぁ、その前に助ける側が別の業者に捕まったりしたみたいだけど」
「別の業者に」
 そんな何個もあるのかよ、違法エルフを扱う業者が。
 人間もロクなもんじゃねえななどと思っていると、たもっちゃんは荷物を詰めたカバンを閉めてこれからについての話題に触れた。
「だからさ、散らばってるエルフ集めながら捕まってるエルフ助けて最終的にはさらわれたエルフも助けたいんだよね」
「唐突なエルフのインフレ」
 でも、言いたいことは解った。
「私も手伝う?」
「やめておけ」
 エルフを助けるので忙しそうだし、あちらこちらを飛び回るみたいだ。だったら一緒に行ったほうがいいのかと、一応聞いた。
 そうしたら、嫌そうな顔で止められた。目の前にいるメガネではなく、隣のベッドに腰掛けたテオに。
「今日もそうだが、現場は荒れる。お前の様にぼやぼやした女がうろついていたら、こちらが落ち着かなくて迷惑だ」
 ジャマでしかないからおとなしくしてろ。
 と、率直に言わなかったのはテオの優しさだったかも知れない。超伝わってきたけども。
 こうして男子たちとは別行動と言うことになり、私とレイニーと金ちゃんは公爵家でのんびりすごすことになった。
 しかしまあ、のんびりと言ってもなにもしていなかった訳じゃない。
 お歳暮代わりの保湿クリームは当初、メイドたちをターゲットにしていた。しかし素材のよさと強靭な健康スキルのゴリ押しでなかなかの品質になったこともあり、自分たちも欲しいと一部の男性陣から声が上がった。
 考えてみれば、手荒れに悩む男性だっているだろう。それに自分で使わないにしても、家族とか恋人とか飲み屋の職業婦人とかにプレゼントしたら別の意味で役に立つのかも知れない。がんばるのよと言う気持ちで配る。
 あとは公爵に呼び出され、庭で茨に巻いたまま放置していた魔獣の片付けなどもした。
 これは前に滞在した時に、襲撃してきた例の魔獣たちだった。完全に忘れてた。
 今も庭に残っている魔獣は全て、私のスキルでありながら私の意思に関係ない感じで全自動で展開する茨が巻き付いている状態だ。
 この茨に巻かれると、動きも止まるし時間も止まる。しかも茨を解かない限り、外部からは傷を付けることもできない。だから危険はないがどうにもできず、公爵家でも困っていたらしい。
「早く言ってくれたらいいのに」
「君達は王都にいない筈なのに?」
 公爵に言われ、思い出す。たもっちゃんのドアのスキルでちょいちょい顔を出していたから忘れていたが、我々は逃亡者だったのだ。
 なるほどなあ。私も王都にいないはずなのに、私しか解除できないっぽい茨のスキルが解除されたら確かに変だ。
 では、よかったのだろうか。我々は今回、王都の正面から入ったぞ。逃亡者なのに。
「正直なんにも考えてなかったんですけど、私たち、戻ってきて大丈夫でした?」
「構わないさ。根回しは殆ど済ませたからね」
 公爵が大人の話をする時の顔で言ったので、なんか知らんけどじゃあいいのだろう。
 そんな話をしながらに魔獣の転がる庭に出て、公爵家の騎士や私兵がさあこいとスタンバイする前で魔獣に巻き付く茨をちぎる。
 すると、青々としていた茨があっと言う間に朽ち果てて、なにも残さずちりとなって消えた。ちぎったのは一ヶ所だけだったのに、そこから腐食が一気に広がり茨全体が枯れたのだ。多分、私が一番びっくりしてた。
 自由になって暴れる魔獣をわあわあ言ってさくさく仕留め、次の魔獣に取り掛かる。
 魔獣はどれも二ヶ月も茨に巻かれて転がっていたとは思えないほどの元気さで、仕留めるのは苦労した。兵とかが。しかしそれも最初だけのことだ。
 何度かくり返して解ったが、巻かれていた魔獣は茨をほどいた数秒間はぼんやりして動かない。その現象に気付いてからは、暴れる前に急所を一突きと言うえげつない方法で作業効率が各段に上がった。革命である。
 そうして処理された魔獣の中には、結構めずらしいものもまざっていたらしい。その辺は、素材の引き取り先も決まっているそうだ。
「そう言えば、あれ、どうなりました?」
 私がお屋敷を指しながら問うと、それで公爵には通じたようだ。
「あぁ、フィンスターニスは真っ先に錬金術師の組合が喜々として引き取って行ったよ」
「喜々として」
「茨付きだと動かないけど、生きた状態に近いから観察するのに都合が良いらしい」
 集団でよろこぶマニアの姿が目に浮かぶ。

つづく