神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 396

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なにしにきたのか大事な用まですぐ忘れるのやめたい編

396 身辺調査
(※血なまぐさい過去について、また、現行で収監されている描写があります。ご注意ください。)

 ルップは九歳の少年ながら、現役の皇帝であるので身辺は強固に守られている。
 街で偶然出会った相手もしっかり調べられ、問題があれば遠ざけられて二度と会えないものらしい。
 で、我々も、しっかりその調査に引っ掛かっていたようだ。
 まあ、帝都に着いた初日からいきなり牢獄とかもされてますしね。素行もね。よくはないよね。
 だから本来ならばルップには出会ったきりで二度と関われないはずが、少し周囲を探っただけでもどうやらそれどころではなくきなくさい。
 あんまりにも得体がアレすぎて、どうして入国させてしまったんだとざわつきながら調べて行くと我々の陰にチラつくエレの気配が浮かび上がった。
 七年前の革命で両親を奪われ、本人の消息すらも解らなかったエレオノーラの存在を、ルップは我々についての報告の中で初めて知ったとのことだ。
 当時二歳だった少年に、血なまぐさい改革の歴史を教える者はいなかったのだろう。
 けれども、誰かが話しているのを聞いたのか、どこかでなにかを目にしたのだろうか。
 本人ももう覚えてはいないが、革命が綺麗なものでなかったことは子供のルップも知っていた。
 だが、それが薄皮一枚隔てただけの身近で、それもほんの数年前に。自分が置かれる皇帝の位を争って、多くの人間の命運をねじ曲げながらになされたと言うこと。
 そうして全てを奪われた人が今もこの世界のどこかにはいて、一人一人名前を持った、自分と同じただの人間であること。
 頭では知っていたはずのそれらのことが、急に重たい現実として彼に実感をもたらした。
 そのことが、少年にはきっとショックだったのだ。
 だからルップはどうしても、王族として生まれながらに全てを失った、そして自分が全てを奪ったエレオノーラのことだけは自ら確かめたいと強硬に願った。そうせずにはいられなかったから。
 そのため横槍を入れられないように革命当時に指揮を取り、現在の政治を掌握している宰相に我々のことは秘密にさせていた。
 けれども、どこからか情報がもれて知られてしまったと言うことが解った。
 エレオノーラと縁のある者が、今になってわざわざ国を訪れた事実に、宰相がどうするのかはルップにもちょっと予測ができない。
 たが多分、きっとものすごくまずいと思う。

 ――と、言うようなことを。
 ルップは特には語らなかった。
 別れ際、バレたから逃げろと雑な爆弾を落としただけで、部屋の外で蒼白に立ち尽くした宿屋のおかみに「つてはあるだろう? 力を貸してやってくれ」と端的に告げると護衛を連れてあっさり帰ってしまったからだ。
 かつてエレの支援者だったおかみの助力を仰ぐため、ルップは護衛に扉を開かせて最後の部分をわざと聞かせたようだった。
 いや普通に説明しろやと思わなくはないが、今夜の彼の訪問は時間的には結構短くあわただしいものだった。もしかすると宰相に色々バレた関係で、彼にもなにか影響があるのかも知れない。
 しかし、これはあまりにもひどい。説明不足で訳が解らないと言う意味で。
 それでもうちょっとなんか言うことあるやろと、たもっちゃんがガン見してなかなかごちゃごちゃどろどろとしたルップの事情を把握するにいたったのである。
「反乱分子を炙り出す罠と言う事はないか?」
 部屋の隅に集まってお若いのに大変ですねみたいな感じでルップのことを話していると、テオがそんな気掛かりをこぼした。
 またまたそんな。めっちゃ不穏なことをおっしゃる。
 額を突き合わすようにして、あいつマジなんも説明せずに帰ったな。とルップのことを気遣うついでに軽くディスっていたメガネや私やレイニーは、その疑い深い、それかひどく慎重なテオの意見にはっとした。
 確かに、そう言う可能性もある。
 血なまぐさい革命の歴史を自ら背負った憂えげなルップの空気とおみやげのお菓子に懐柔されて、我々がすっかり疑うことを忘れすぎていただけだ。
「テオ……いつもありがとね……」
「我が家の常識と最後の良心って感じがすごいする……ありがとねテオ……」
 この心配はすぐにメガネがガン見して、ルップがほんとに宰相の手が届く前に逃がそうと知らせにきてくれただけだと確認される。
 しかしそれはそれとしてテオに対していつもいてくれてありがとうと言う気持ちがわき起こりメガネと私は日頃の感謝を伝えたし、レイニーもまたいたわるようにその背中をそっと叩いた。
 本人は「何だそれは」とものすごく引き気味に戸惑っていたが、テオって、あれじゃん。
 なんかこう、暴走列車のブレーキみたいなところがあるじゃん。
 誰が暴走列車かっつうとメガネと私にほかならないが、それを思うと色々と反省と感謝でいっぱいって言うか。
 我々はこの、こそこそとした話し合いと日頃の感謝をルップが去って行ったあとおかみを部屋に招き入れた状態でしていた。
 エレの支援者と言う属性を隠し持ったおかみと、これからのことを話さねばならない。
 しかし実際話し合うには、まだいくらか時間が必要なようだ。
 客室の居間のような空間の、その隅っこで大きな声では聞かせられないガン見の話を内輪で終えて、我々は黒い螺鈿のテーブルがある辺りを振り返る。
 そこには絵巻から抜け出した天女のようにあでやかなおかみがいたが、しかしその表情は真っ青で今にも泣き崩れてしまいそうなほどに思われた。
 けれども、本当に泣いてはいない。
 思い詰めた雰囲気ではあったが、決して涙はこぼさないのだと強く決めているかのように赤い唇をぎゅっと引き結んでいる。
 ひらひら薄い衣服の袖からほっそり覗く白く細い両手の指を、組み合わせるようにきつくにぎりしめながらおかみは震える声で呟く。
「報いだわ。エレオノーラ様を利用しようなんて考えたから、これは報いよ」
「おっかさん、気を落とさないで」
 その、なよやかでありながら凛とした、おかみのかたわらに優しくより添うふくよかで小柄な人影があった。
 彼女は先ほどおかみが蒼白な様子で部屋の外に立っていた時から一緒で、どうやらおかみの娘とのことだ。
 娘がいるとか一言も聞いたことはなかったが、おかみと我々はプライベートな話をする仲とは言いがたい。だからまあ、こちらが知らないと言うだけで成人済みの娘がいるってこともあるだろう。
 ただちょっと訳が解らないのは、その娘と言う人が帝都初日に収監された我々に、お役所で親切にしてくれた厨房のご婦人だったと言うことだ。
 年は当年二十三。高級宿屋の京風おかみを母に持ち、父は貴族上がりの入り婿で、本人も十六で婿を取る。
 しかし結婚したその年に例の革命が起こり、夫とは死別。父は囚われ今日まで顔を見ることすらもかなわない。
 そう言った、かなり激動の人生を若くして背負った人だった。普通にしんどい。
 どうにかこれからガンガン幸せになってくれよなと言う気持ちだが、そう言えば。
 このご婦人は監獄付きのお役所で、最初から我々に優しくしてくれてたと思い出す。
 あれは、我々の背後にうっすらエレの存在を感じた上での善意だったのだろうか。
 そんな勘ぐりが心の中に芽生えてしまうが、タイミング的には我々がエレと関係ありそうであると知る前だったようだ。普通にいい人ってだけだった。
 このご婦人の父でありおかみの夫である人は、今も監獄の中である。
 ご婦人が監獄付きのお役所の、厨房で働いているのも少しでも父の近くにとの思いがあってのことらしい。
 それは、牢に囚われた本人だけでなく、恐らく家族にも過酷な状況に思われる。
 しかも、よくよく考えてみるとルップも言っていたのだが収監される根拠となったエレを国外に逃がした罪は立証できていないはず。
 それを思い、私は震えた。ムリすぎて。
「ねえ、疑わしいって言うだけで七年も収監されてんのやばくない?」
 なんか、それ。あれじゃん。戦時下の特高警察ににらまれた思想犯みたいじゃん。あんまり詳しいことは知らんけど。
 これで前より風通しがよくなったって言われてもさあ。
 だったら昔はどんだけ理不尽だったのか。
 そんなことをひそひそと、実はこの国やばくない? みたいな感じで今さらながらにメガネと小声で言い合っていると、おかみが急に席を立ち客室の床に膝を突いた。
 そして心に伸し掛かる重石の全てを吐き出すように、美しく結い上げ絢爛なかんざしをさした頭を深々と伏せる。
「どうか、お許しを……!」
 その姿に、なんとなく。
 彼女もまた我々を、エレの使者だと誤解したままでいるらしいと解った。どうしてエレと我々が関係あると見破られたかは知らないが、ごめんな。それ、全然違う。

つづく