神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 235

noteで一話から読む。↓
https://note.com/mikumo_note/n/n8ca30b95c212

小説家になろうで全話読む。↓
https://ncode.syosetu.com/n5885ef/


お祭り騒ぎと闘技場編

235 ナワバリコロシアム

 ゼルマ的に三十皿は、遠慮深い数字だそうだ。
「あんまりいっぺんに買い占めて、商売の妨げになっちゃいけませんからねえ」
 などと、おっとりと言う。
 お客がさっぱりいない今、その気づかいは少々空回りしていた。あと、たもっちゃんが材料をどれだけ仕込んでいるかにもよる。
 でも、別の意味で非常に助かる。
 売れる見込みもないままに焼き続けていた球体は、六つ一皿の計算で約十皿ほどの量がある。まだあたたかい状態なので、これはこのまま渡せるだろう。
 残る注文はあと二十。急いで焼いてもそれなりに時間が必要だ。
「とりあえず、あるだけお渡ししますね。あとは焼けたら届けましょうか」
 たもっちゃんが提案すると、ゼルマは妙に表情を引きしめて肉に埋まった首を振る。
「ここで待たせてもらいますよお」
 そっかあ。待つかあ。
 接客に不慣れな我々のミスの誘発を防ごうとしてか、単にプレッシャーがあれだったのか。ゼルマを一旦帰そうと、がんばったメガネは普通に敗れた。
 そうしてここに、タコ焼きどれだか早く焼けるかな強制タイムトライアルが始まる。
 ゼルマはトンネルのすぐ外に、大きめのイスを運ばせてどっかりと座った。
 彼は数人の連れの若者にタコ焼きの皿を両手に持たせて並ばせて、こちらで付けた植物性の串的なもので端から順にひょいひょいと吸い込むように小さな球体を口の中に消す。
 そして見る。
 その球体を噛むごとにじゅわじゅわしみ出す旨味のスープを味わいながら、こんがりとしたタコ焼きが熱い鉄板の上で転がり今まさに生まれようとせんとする屋台をゼルマはうっとりと熱っぽく見ていた。
 これはやり難い。
 ゼルマは多分ハプズフト一家の幹部的なあれで有名だったし、見た感じも目立つ。それに連れはいかつい獣族だ。いや、獣族なのはいい。どうでも。とにかくいかついチンピラが、すぐそこで待ち構えているのがやばい。
 そんなのにじっくり見られていたら、普段はしない失敗をぼろぼろやらかしても仕方ない。
 さすがに心配になってきて屋台の様子をうかがうと、その内側ではヨアヒムが最後は畳の上がよかったみたいな顔をして逆に静かに鉄板の上の球体を転がしていた。
 あれは落ち着いているように見えるが実際は、ビビリがすぎてテンションが下がりに下がってしまい逆にリアクションが薄い時のやつだと思う。あと異世界に畳は多分ないので、私が勝手にそう思っているだけだ。
 しかし、とにかく手が動いているのはいい兆候だ。タコ焼きが順調に焼けさえすれば、変な覚悟をしなくてもいい。
 しかしながら閑散としていたトンネルが、タコ焼き待ちのいかついお客の存在で緊張感あふれる現場となっているのは事実だ。
 たもっちゃんもこれはダメだと耐えかねて、屋台の隣に背もたれのないイスをどんどんと並べて台とした。そこへ先日買った箱型の三口コンロを設置して、自家用にと余分に作って隠し持っていたタコ焼き専用の鉄板を二つ置いてあたためる。
 ぽこぽことくぼみを持った鉄板に、油を敷いて昨日の夜に仕込んだ生地を注ぎ込む。前もってサイコロ状に切って焼いた肉汁のすごいお肉をその真ん中に忍ばせて、アイスピックのような金串で完璧な球体に整えながらにぐるんぐるんと回転させた。
 役に立たねば。しかしジャマになってはならぬ。みたいな感じで神妙に、ぎゅっとなにかを噛みしめたような顔付きで子供が差し出す植物の皿へタコ焼きを載せ、レイニーと運ぶ。金ちゃんは子供の後ろにいかつく屈み、なにやってんだと見ているばかりだ。
 焼き上がる端からせっせとゼルマにタコ焼きを運んでいると、なんか普通にバイトでもしてるみたいな気分だ。でも違う。そんなマトモなものではなかった。
 そのことを思い出したのは、おうおう楽しそうじゃねえかとヤンキーがわらわら増殖してきたからだ。
 やはりいかつい部下を連れ、姿を見せたのはラスだった。
 日除けのためか頭に掛けた薄布を、肩に落としてにっこりとほほ笑む。
「これはこれは! ご立派な肉塊がいるかと思えば、ハプズフト一家のゼルマさんでは? 随分と、うちの屋台がお気に召したご様子で」
 あっ、ごめん。違ったわ。
 これ、ほほ笑みとかじゃなかったわ。ラスの顔に浮かんでいるのは、さげすむような、勝ち誇ったような、暗黒微笑のほうだった。
 なんだよめっちゃ煽るじゃんと思っていたら、また別の声が横から入る。
「おいおい仲間外れはイタダケねえなあ? ブーゼとハプズフトが集まって、楽しいオハナシでもしてんだろ?」
 きゃんきゃんと若い声を響かせて、訳の解らないことを言うのはハリネズミみたいな髪をした浅黒い肌の少年だ。
 自分の半分以上もありそうな盾を小柄な体でしっかり背負い、クレメルはくっきりとした大きな瞳を輝かす。
 その目がケンカでも始めるんだろと期待にわくわくしていなければ、なかなか無邪気なファラオのようだ。
 こうしてついさっきまで全然お客のなかった屋台の周り、と言うかトンネルの入り口はハプズフトに始まってブーゼにシュタルクのチンピラなどがわさわさ加わりスーパーヤンキーのたまり場と化した。
 なぜなのか、もうなにも解らない。
 トンネルの出入りを監視する警備係のおっさんが、ヤンキーたちの片隅で人知れず泣きそうになっているのだけが解る。

 それなりの時間を掛けてゼルマの大量注文をどうにかこなし、やっと一息つけるかと思えば全然そんなことはなかった。
 家事に厳しい姑のようにあらあらどれほどのものかしらみたいな空気を出してきたラスと、お肉の気配を感じるとすんかすんか鼻を鳴らすクレメルが試しに食ってやろうとばかりに上から注文してきたためだ。
 その注文は双方の連れのぶんを合わせても十皿ほどで収まるが、彼らはそれをこの場に留まり普通に立って食べていた。
 わっちゃわちゃして動かないヤンキーたちの集団に、席に戻らねえのかよ……、と暗い顔をしまくった警備係のおっさんにそっとタコ焼きを差し入れておく。
 ぜひ屋台ごとハプズフト一家にと勧誘するゼルマ。
 それならシュタルクでもいいだろと、とりあえず参加するクレメル。
 屋台に関して特になにも思い入れはないが、お前らが欲しがってるなら絶対に渡す訳がないと嫌がらせに余念なくなぜか暗黒微笑で勝ち誇るラス。
 彼ら三人とその部下たちはへらへらと、しかしいきなり殴り合いを初めても不思議ではない雰囲気でにらみ合っていた。
 そうして顔を突き合わせ、飽きもせずバチバチしていた最中に、ふと。
「おっと、そろそろか」
 ラスはそう呟くと、通路になったトンネルの向こう。階段状の客席に、ぐるりと囲まれたグラウンドを見下ろした。
 屋台を手伝っている内に、思うより時間が経っていたらしい。
 その間にも小さな試合がいくつか終わり、何度か入れ替わった客席がまたいっぱいに埋め尽くされて最高潮に盛り上がる。
 いよいよ、今日のメインイベントが始まろうとしているからだ。
 つまり、ブーゼ、シュタルク、ハプズフト一家それぞれの、名前を背負った戦士がぶつかるナワバリコロシアム本戦である。
 客席の最前列のテラスの端は腰にも届かない壁があり、その向こうには巨大な深いプールのような円形のグラウンドが広がっている。
 おっ、始まるか。とか言って、どやどや見に行くヤンキーたちに引っ張られ一緒に付いて出てしまったが、ここはもう客席だ。正直テオの試合は見たい。でも怒られるのは嫌だ。
 警備のおっさんを振り返って見ると、ばっと首を後ろにねじ曲げて必死に視線をそらされた。どうやら見逃すつもりのようだ。タコ焼きの賄賂が効いたのか、三つの一家の幹部が周りでおらおらしているからかは解らない。
 助かるが多分全然大丈夫ではないので、お金だけでもあとでどっかに納めようと思う。
 熱気に包まれた会場の、最前列に位置する壁に両手を載せて膝を突き、メガネと私は同じ体勢を取っていた。気分は解説席である。
「さー、いよいよこの日がやってきてしまいました! 各選手気合は充分に見えますが、どうでしょうか解説のタモツさん!」
「そうですね! ハプズフト一家が手堅くパワータイプの獣族を投入してきたのは予想通りと言えますが、獣族は巨体でもスピードを兼ね備えているのが定石です! 油断はできないと言うところですね! シュタルク一家の選手についてはマントとフードでほぼほぼ何にも解りませんが、あれはタチが悪くて油断できないタイプです! ゲームとかで見た! あとブーゼ一家のテオ選手については怪我なく楽しんでもらいたいと思います!」
 なるほど! と相づちを打ったところでやかましいと怒られて、メガネと私の異種格闘技解説ごっこは終了となる。いや、なんか。やらずにいられなかったって言うか。

つづく