神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 277

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魔族ビフォーアフター編

277 常識人の忠告

「よく考えたら、お前達の非常識さは今さらだった」
 気持ちの上で疲れ切った様子を見せて、テオは自分の顔を大きな片手で隠すような格好で割と大きめの声で言う。
 小声の呟きとかでないことになにやら根深いものを感じなくもないが、まあいいや。
 このやっぱり非常識らしきメガネと私のアイテムボックスの共有については、とりあえず隠せとの常識人の忠告にしたがいできるだけ秘匿する方針となった。
 たもっちゃんはそのために簡易的な転移魔法陣をひねり出し、短距離ならば比較的軽率に物体を転移できる魔道具を製作。
 あっちで消えてこっちで出てくる謎のイリュージョン現象を、「これ使ってました」とムリヤリごまかすことにした。
 ――が、この完成度がひどかった。
「ねー、たもっちゃん。これあれじゃない? 超絶調子悪いファックスで受信した白黒写真みたいになっちゃってない? あれね。ロールタイプの感熱紙の時代の」
「いや、俺はあれだな。夜の十一時台に電話回線でダウンロードしようとしたけど上手く行かなかった画像ファイルみたいだと思うな」
 我々がお互いにしか伝わらない細かい例えで表現するのは、目の前に広がる砂漠の上にごろごろと横たわる巨大ブロックのしかばねのことだ。
 しかばねと言うか、たもっちゃんが砂を素材にせっせと固めた人より大きく横に長いブロックは最初から生命を持ってはいない。
 しかし簡易的に物体を転移させる魔道具を使い試しに転送してみると、ブロックたちはかわいそうなくらいにねじくれていた。
 大半はまあまあ無事に転送できたが、つぎはぎと言うか、一回細切りにしたものを寝ぼけてくっ付け直したみたいにズレた状態で転移されるものもある。中には全部転送できなくて、あっちとこっちで上半身と下半身に分割されてしまった失敗例も見られた。
 砂でできた長方形のブロックに上半身も下半身もない気もするが、とにかく失敗の仕方がひどい。
 あと、立体物の例えとしては失敗した3Dプリンタとかのほうがよかったかも知れない。使ったことないから知らんけど。
 まあとにかくなんにしろ、こうして言い訳でしかない簡易的転移魔道具の実演を見せ付けられた目撃者たち――老紳士や騎士などからなる監視団の面々は、悲しいクリーチャーでも見たような顔でドン引きだった。
「これは……生きたものや大切な品物などには特に、使用せぬほうが宜しいでしょうな」
 精一杯やんわりとしたヴァルター卿のコメントに、各保護者から派遣された騎士たちもざわめくようにさわさわとうなずく。
 よく考えたら魔道具を使っても魔力の光は発生するのだが、監視団がアイテムボックスを乱用する我々を見たのはかなり離れた場所からだった。
 今回は転送する対象物が巨大だったこともあり、単に隠れて見えなかったのだろうと勝手に納得してくれたようだ。助かる。
 テオがあれはなんだと確かめた会話も、レイニーを監視団から離れた場所へ連れて行っての上だとのことで、抜かりなどないのだ。
 こうして目撃者をごまかすためだけに雑に作られた、びっくりするほどの精度の低さに実験を重ねることで判明した転移の距離が開けば開くほどエラーがびどくなるなる脆弱性をかね備えたこの悲しみの魔道具は、本当に目撃者をごまかしただけで役目を終えてこのまま封印されることになる。
 えー、せっかく作ったのに。と、残念そうにおしむメガネに「当たり前だ!」とテオが強めにリアクションしていた。
 そんな茶番をくり広げつつピラミッドの建造をなる早で、でも決してムリはせずそこそこの作業スピードで進め、食事時にはブルーメのお客を収容するために前に作って残してあった大きめの建物でごはんを食べるなどする。
 グラタンを期待する私は失念していたが、よく考えたら完成度が高いほうの石窯二号はシュピレンのブーゼ一家に置いてきていた。
 たもっちゃんが最初に作りまだ未使用の一号はアイテムボックスの中にあったが、改良型の二号を生み出したあとではその性能に不満が出てくる。
 生産者の顔をしたメガネはそんなこだわりをキリッと語り、料理よりもまず先に三つめとなる石窯を作った。
 しかしこの石窯三号も結局は我々の手元には残らず、砂漠に置いて行くことになる。
 この石窯三号により生み出されしピザやグラタンに、魔族の双子が静かに顔をぴかぴかさせてよろこんで、それに気付いた姪ファーストを体現するツィリルが石窯三号を譲って欲しいと熱望したためだ。
 素材の砂は周囲の砂漠にいくらでもあるし、石窯作りにも慣れてきたメガネによって改良に改良を重ねた四号がすぐに製作される。
 だから我々は別にいいのだが、石窯三号が欲しいと言った本人は図々しい頼みだと思ったようだ。
 代価には自分のツノを片方折って渡すなどと言い出して、みんなでめちゃくちゃあわてて止めた。あれは恐かった。魔族の双子の少女らも、叔父の愛に引いていた。
 我々はそれからも数日にわたり昼間はピラミッドの建造に従事したり遊んだりごはんを食べたり、夜にはブルーメの国内を旅をする本隊と合流して草をむしったり寝泊まりしたりごはんを食べたりしてすごした。基本、ごはんはよく食べる。
 ピラミッドが着々とできて行く間には、どうやら魔族の双子らは我々とは一緒に行かずここに叔父と暮らすとじわじわ理解したらしいじゅげむがもじもじしながらルツィアとルツィエの手を引っ張って屈ませて、「おじさんとくらせるの、よかったね」と内緒のように恥ずかしそうにちっちゃくささやくなどし、こっそり聞き耳を立てていた我々や騎士を溶かしたりもした。
 自分は訳の解らない我々と旅をするはめになっていると言うのに、誰かの幸運をよかったと言えるその心。優しい。百万点あげよう。このポイントは十点ごとにメガネのおやつと交換できるので、ぜひ活用して欲しい。
 我々と共に砂漠に通い勤勉に役目を務めた監視団の存在もあり、なる早で進められたピラミッドの建造はその巨大さを思えば意外に短期間で形になった。
 と言っても訳の解らないスケール感で砂漠にそびえる三角形の外観と、その最上階に作った部屋に通信魔道具を収納したくらいだが。
 たもっちゃん製作のピラミッド内部は本物と違い、三角形の箱の中身をだだっ広いフロアで分けただけの構造になった。薄暗い回廊や大階段でつながれた、王の部屋や王妃の部屋は存在しない。ロマンなどないのだ。
 叔父と姪と姪たちの住居部分はおいおい本人たちと相談しながら、この三角形の上のほうから必要なぶんだけ部屋にして家具を入れる予定だそうだ。
 それでもこの異世界ピラミッドの巨大さからすると、相当なスペースが余る。
 その完全に持て余す予定の下のほうのスペースについても、たもっちゃんにはプランがあった。
「壁一面のよく解らない像とかどこにも通じないよく解らない階段とかよく解らない階段を定められた手順を踏まずに上がろうとすると転がり落ちてくる訳の解らない巨大な玉とかを仕込むんだ!」
「人んちにダンジョンみたいなギミック仕込むのやめてあげなさいよ」
 生き生きと語るメガネに対し、一緒に楽しんであげられなかった私はそんなに悪くはなかったと思う。
 ピラミッドの最上階に置くための、複数の通信魔道具を一括管理する魔道具をああだこうだとこねくり回して開発、テスト、テスト結果を受けての修正、またテスト。そしてどうにか実用レベルに精度を上げて、設置する。
 通常ならば数ヶ月は掛かるこの工程を、たもっちゃんはガン見を駆使して二日ほどでやりとげた。
 完全にカンニングのゴリ押しなので私としてはフーンと思うくらいだったが、テオを始めとして老紳士や騎士、話を聞いた事務長までもがメガネを引くほどほめていた。
 複数の通信魔道具を一括管理できると言うのは、かなり画期的らしい。そのせいで、レイニーや私はリアクションが冷たすぎると人でなしのように言われてしまう。
 でもあいつカンニングなんすよとばらしてやろうかとも思ったが、その前にメガネが夜中のラーメンで買収してきたので今回ばかりは情けを掛けた。ラーメンは仕方ない。
 そんな感じでわあわあと通信魔道具の部屋をなる早で作るのを見守ると言う、監視団の任務は無事に終わった。
 それからは魔族たちが仮住まいの小屋からピラミッドの内部に移り、でもベッドなどはまだだから壁に引っ掛けられる所を作ってハンモックを吊るしたり、匠の技により砂を固めた壁に直接作られた棚にシュピレンでメガネが売り付けられた食器などからよさそうなのを選んでもらって収めるなどの、細々とした作業に追われることになる。
 ブルーメで常識的に帰途に着いているはずの、ローバスト領主夫妻が面倒なことになっていると知らされたのはそんな頃。
 ピラミッドの固くぶ厚い壁の一部を人が一人入れる程度のくぼみに削り、その奥に切った窓を示して「俺頑張った」とうるさいメガネに「なんと言うことでしょう」などと付き合っている場合ではなかった。

つづく