神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 310

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空飛ぶ船と砂漠の迷子編

310 ボロ船
(※事故の描写があります。ご注意ください。)

 空飛ぶ船がめきめきに大破し、空中に放り出される私たち。
「だから! だからあれほど! 全員のシートベルト着用を確認してから発進しろと!」
「言われてないし! 一回も言われた事ないし! 障壁はシートベルトとは違いますぅ!」
 空を舞いつつ私が叫び、たもっちゃんが同じく空を舞いながらに言い返す。
 その様に「争っている場合かー!」と、叫ぶテオの声が遠ざかり、砕けたボロ船がバラバラと砂漠の砂へと落ちて行く。
 なにがあったか簡単に言うと、原因は完全に運転するメガネの前方不注意だ。

 砂漠からボロ船をあやつり飛び立って、――いや、魔法で船を上昇させつつ同時に少し前進させて、メガネは斜め後ろを振り返って手を振った。
「ツィリル、またね! あっ、そうだ。次くる時に何か欲しい物とか――」
 あったら買ってくるけどと言い掛けて、そんな会話は出発前に済ませておけと言いたくなるレベルで一人暮らしの子供の家に微妙な救援物資を送り付けてくる実家の親みたいな気遣いを、メガネが見せたその時だった。
 たもっちゃんが魔法で浮かび上がらせて、でもまだ低空飛行のボロ船が、ピラミッドの頭にメキメキと当たった。
 つまりアクシデントと言うか、普通に衝突事故である。
 その、ほとんどノリだけで砂漠に作ったピラミッドは三つ。
 最も大きなピラミッドは上から通信魔道具の基地局であり、ツィリルや双子の住居であり、下のほうはただの余ったスペースである。
 この余剰スペースは少しずつ人工ダンジョン化しているが、それは今は横に置く。
 対して、一番小さなピラミッドはほとんど花壇だ。魔法で固めた砂の土台に、同じく砂を固めた枠組みで下のほうだけが囲まれている。
 それでも外からみると三角形のピラミッド状に見えるのは、魔法で視覚をごまかしているお陰だ。ただ、ごまかすのは視覚だけなので実在する枠組みの上から非実在の壁面を突き破り、中から砂漠の植物がうねうねもっさり飛び出している。
 ピラミッド花壇に入っているのはそこら辺にいくらでもある砂漠の砂だが、砂漠はただの砂だけに見えてそこら中に植物の種がまざっているらしい。だから水をやるだけで、もさもさとなにかしらの植物が生える。
 なにそれすごいとメガネがはしゃぎ、一番小さいピラミッドを砂漠の家庭菜園としたのだ。草はいいよな。解るよ、その気持ち。
 毎日の水やりは魔族たちが引き受けてくれて、律儀にしっかりたっぷりやってくれているようだ。それは見ただけでも解る。花壇となった小さなピラミッドの中だけでなく、その外回りにも砂から植物が発芽してそこだけ緑地化しているからだ。砂漠とは。
 どれだけ水をやってくれているのか知らないが、多分魔法でやっているので前にチラッと聞いていた魔族の魔法がダイナミックすぎる疑惑がまたさらに深くなってくる。
 で、これからが本題になるのだが、大きなピラミッドと小さなピラミッドにはさまれた位置も大きさも真ん中ほどのピラミッド。
 これには特に用途がなくて、たもっちゃんがなんとなく作った。仕方ない。これも痛いほどに気持ちが解る。ピラミッドをどうせ作るなら、大中小とそろえたい。解る。
 そして我々が、と言うかメガネが運転を誤り、ボロ船で衝突したのがこの真ん中のピラミッドだった。
 なぜなのか。
 そこにあるの解っとったやろ。お前自分で作ったんやないかい。
 そう思いはするのだが、そもそも運転しているメガネが前を見ていなかったのでそんな常識的なツッコミでは足りない。前を見ろ。前を。
 また、悪いことに、ピラミッドに船がぶつかった時はまだ障壁を展開していなかった。
 地上を離れたばかりだし、高度も低く、走行風が強くなるほどの速度が出ていなかったからだ。何度となく船を飛ばしてきたことによる、慣れや慢心と言わざると得ない。
 そのためボロ船に乗っていた我々は、衝突によりびっくりするほどバラッと壊れた船から放り出されることになる。
 なにやってんだとメガネに叫び、それから私は気が付いた。
 これはまずいと。
 たもっちゃんと私はまだいい。鉄壁だし、健康ってなんだっけと思いはするが、強靭なのでケガの心配はあんまりなかった。レイニーも、自力で勝手になんとかするだろう。
 だが、じゅげむに金ちゃんにテオ。
 そして万能薬でケガなどは回復したが、砂漠の暑さで体力を削られている商人はダメだ。
 と言うか大体の類人猿は、高い所から放り出されるとなすすべもなくあとは落ちるしかないのだ。
 これはあかん、とさすがにメガネも思ったらしい。それで自分のことはあとにして、彼らに向かってなにか魔法を放とうとした。
 が、実際にはなにもしなかった。その必要がなかったからだ。
 みんながヤバイとメガネが気付いてなんとか魔法で手を打つ前に、そして彼らが地面に落ちてしまうより前に。
 めちゃくちゃ渋い顔のレイニーが、翼を持たず飛ぶことのできない矮小なる人族とトロールをなにかの魔法でふわっと受け止めてくれていたのだ。
 そして、じゅげむやテオや金ちゃんや若い商人は、手厚くソフトな魔法によって砂漠の上へとおろされた。
 ケガもなく、しかし目を大きく見開きながら口をぎゅっと噛みしめて、彼らは砂漠の砂に手を突いて地面のありがたみを再確認したり、我々のほうをギッと見てなにしてくれてんだと表情豊かに訴えかけてきたりした。
 そんな様子に我々は、元気そうでよかったなと思う。
 一方、レイニー先生とその庇護から当然のようにスルーされたメガネと私は、砂漠の砂を巻き上げながらどかどかと地上へ普通に落ちていた。
 我々にも優しくしてくれてもいいのよと思うが、それは望みすぎかも知れない。
 だって、ほら。レイニーだから。
 割となんでもできるのになんにもしない普段を思うと、じゅげむたちを助けてくれたってだけでも空から槍が降ってきかねない。
 落下した砂の中から這い出して、メガネと私がマジごめんとみんなのほうへと走って行くと、ちょうど我らがレイニー先生が世界の苦悩を一身に受けたみたいな顔でブツブツと自分で自分に言い聞かせているとこだった。
「自分が助かるついでだから大丈夫……自分が助かるついでに周りの人間が勝手に助かっただけだからこれは大丈夫……」
「あっ」
「あっ……」
 たもっちゃんと私は、この暗澹としたレイニーの姿に思い出す。
 諸事情あって、と言うか私の件で地上に左遷されているレイニーは、仮にも天使たる立場からあまりに逸脱しすぎた行動を取ると天界の上司さんに怒られるのだ。
 例えば、人の生き死にに関わるなどの。
 うちの天使が背負いし業を段々と思い出してきて、我々はこの状況がレイニーがなけなしの仏心を出してくれたからこそと悟る。
「レイニー、レイニーまじ。ありがとね。あの、ほんとに。いやほんとに」
 それでメガネがあわあわしながらお礼を言うが、当人は青い目を細めてものすごく嫌そうな顔をした。
「やめて下さい」
「いや、上司さんに怒られるのに無理してくれてほんと俺……」
「わたくしは何もしていません。良いですか。わたくしが自分を助ける横で、あの者たちが勝手に助かったのです。ですから、わたくしは何も助けてはいません。良いですか? 良いですね?」
 まるでなにかを恐れるように。
 レイニーはメガネの言葉をさえぎって、ちょっと早口でごりごりと迫る。それに「アッ、ハイ」と反射的に答え、我々は察した。
 そう言うことで押し通すつもりなんだなと。
 じゅげむはレイニーのスカートにぎゅっとしがみ付いてるし、金ちゃんもどこかそわそわと二人のそばに貼り付いている。テオと若い商人はショックでぼう然としながらもやはりさり気なくレイニーの近くから離れようとはしないので、全然説得力とかはないのだが彼女はそれでもなにも助けてはいないのだ。
 レイニーもすっかり、証拠がないなら言い張った者勝ちのヴァルター卿イズムに染まってしまっていたんだな。などと変な感心をしていると、苦いような困り果てたような顔をしてツィリルが遅れて駆け付けた。
 彼は地上で船を見送っていたので、この衝突事故を最初から全部目撃していた。
 しかし、元から頑強に生まれ付いた魔族だ。
 まあ、飛べば大丈夫だろうとおっとり考え眺めたあとで、数秒遅れて普通の人族は飛べないことを思い出したらしい。
「力を貸せず済まない。だが、下手に何かするとかえって潰したりしてしまいそうで……」
 人族ってやたらともろいしと、しょんぼり語るツィリルの言葉に魔族の魔法ダイナミック問題が我々の頭に再びよぎる。
 潰しそうとも言ってるし、これはあれよね。
 なにもしない優しさってあるよねと、矮小なる我々は逆に踏みとどまる勇気に感謝した。

つづく