神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 281

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洋館の密室謎解き旅情名探偵編

281 ナマズの夫婦

 蛇足のような気もするが、ローバスト伯やアレクサンドルなどの招待客が会食からなかなか帰ってこなかったのは、本人たちの判断でもあったと付け足しておく。
 もちろん、宝石がほとんど目の前で消えてすぐ――結果として、魔道具を用いた偽装工作ではあったが。屋敷はナマズ夫婦の配下によって封鎖されていた。恐らくはまだ中にいると思われた、犯人や宝石を外に出さないと言う名目で。
 しかし、招待客が連れているのはローバストや王都の騎士である。
 旅先で数が少ないとは言え、こんな所にいられるか! ワシは先に帰らせてもらう! と、死亡フラグみたいなセリフと騎士を全面に押し出しごりごり行けば帰れないこともなかったらしい。
 しかし貴重な宝石がなくなって、まだ手口も犯人も解らない。
 そんな中、帰りたいと言っただけでも事件への関与が疑われそうで嫌だなと、貴族的な勘が働きおとなしくしていたとのことだ。
 そう言われると、そうなのかなとも思う。
 が、我々はもの悲しい同情を禁じ得ずそっと一部の騎士を見た。
 会食に行ったきり待てども待てども帰ってこずに連絡も取れなくなった一行の身を心配し、助けを求めて砂漠のピラミッドまでやってきた留守番組の騎士である。
 囚われた主や上司を救い出さんとヴァルター卿を引き込んで悪しきナマズ屋敷に乗り込んだ彼らは、全てが解明された今となっては実はそんな危機でもなかったのではと気が付いてめっちゃくちゃに落ち込んでいた。
 自分たちが大騒ぎしたせいで、ことを荒立ててしまったのではないかと貴族的なあれやこれやを危惧しているのもあるようだ。
「いや、でもほら。そんなの解んなかったじゃん! 心配するのは当然って言うか!」
「そうそう、あとからならなんとでも言えるんだよ。その時ちゃんと行動できるだけでもえらいと思うんだ。ねっ、ねっ」
「そうですね。タモツさんが最初から犯行を見抜いていれば、こんな混乱はなかった訳ですし」
「レイニー……」
 なんとなく一生懸命フォローしていたメガネと私に、横で見ていただけのうちの天使が毒液のような真実を吐く。そうだけど。そうだけどさあ。
 落ち込んでいる一部の騎士にこう言う時は甘いものだとむりやりおやつを渡したり、レイニーを追加のおやつで黙らせる。
 リビングの片隅で我々がそうして暗躍する一方、いくつものソファやサイドテーブルが配された部屋の真ん中辺りでは自給自足の宝石盗難計画の首謀者であるナマズの夫婦を囲む会が始まっていた。
 私はすっかりナマズナマズと言ってるが、ナマズみたいなヒゲを生やした痩せぎすの夫とそのふくよかな妻である。
 二人は罪人らしくびくびくと、ソファの上で体を小さく縮こまらせていた。その悪事をすべて暴露され、すっかり毒気を抜かれてしまったかのように。
 そして近くに腰掛けたローバスト伯、ヴァルター卿、アレクサンドルに、近くに立った状態で控える事務長や何人もの騎士たちにギッチギチに取り囲まれていた。
「さて、どうしましょうかね」
 と、自分の白い口ヒゲを親指で軽くさりさりとなで、呟くように静かに言うのは老紳士たるヴァルター卿だ。
 なぜだろう。困った様子でありながら、なぜだか楽しそうにも見える。
 そのどちらかと言えばおだやかな声に、ナマズの夫婦はビクリとおののきそろって体を震わせた。
 気持ちは解らなくはない。
 声やセリフは普通でも、言うのがヴァルター・ザイフェルトなのだ。言われてしまった本人たちは、きっとこれから生きたまま三枚におろされる心持ちだろう。
 そんな、まな板のコイかヘビににらまれたカエルみたいなナマズの夫婦に、助けの手を差し伸べたのはどう言う訳かローバスト領主、イゴール・フォン・シュトラウス伯だ。
 彼は凡庸を3D化したような地味でのんびりとした外見に、人のよさそうなほほ笑みと一定の理解を浮かべながらに言った。
「今回の件、褒められた事ではないのは承知だが、同情もしているのです。子を持つ親として、できる限りの事をしてやりたいのは当然。もしも差し支えがないのなら、宝石をこちらでお預かりして必要な資金を用立ててもよいと考えています。無論、キリック卿さえ構わなければ」
 ローバストのシュトラウス夫妻と共に会食の招待を受け、事件に巻き込まれたのはアレクサンドルも同じだ。だからこその問い掛けに、彼は静かに頭をうなずかせて答えた。
 これは反対する理由がなかったと言うより、ローバスト伯の考えを図りかね任せるほかになかったと考えるべきかも知れない。
 そのやり取りをヴァルター卿は、白い眉を持ち上げて今度こそおもしろがるようにひっそり笑んで見守っていた。
 この唐突な申し出をナマズの夫婦は不審がったが、しかしほどなく受け入れた。
 悪だくみは全て暴かれて、夫人はすでに自供している。言い逃れは難しかったし、それに、ローバスト伯は約束したのだ。
 今回の犯行の中心となった宝石とお金の取り引きが成立すれば、この不名誉な騒動はここだけの話にすることを。
 まさか、本当に子供のためではないだろう。きっと、宝石が欲しくなったのだ。
 ナマズの夫婦は先祖伝来の宝石に全幅の信頼をよせて、そう理解したようだった。
 宝石を持ちだしたナマズの乳母は、落ち合う手はずの粉ひき小屋で夫婦を待っていると言う。そちらにはナマズの使用人を案内に、ローバストの騎士を迎えに行かせた。
 この辺で話が長くなると察して、推理のくだりで満足しもはや用済みの名探偵メガネがテオやじゅげむや金ちゃんと騎士を何人か連れてお屋敷の厨房へと消えた。
 しばらくして乳母の手から宝石が戻り、ローバストの奥方様が間違いないと鑑定を行う。
 さすがに持ち合わせの現金だけでは援助の額に足りないが、ローバスト伯は事務長が手際よく準備した書状にサインの上で領主の指輪を蝋に押して手形を出した。
 これは例えあとからローバスト伯が知らないと言っても、手形を持って王城にでも駆け込めば額面通りの支払いが王命により保証されるレベルのものらしい。
 宝石を保護する魔道具からはナマズの夫婦、そして乳母の登録が消され、代わりにローバスト伯が登録されて手形と引き換えに受け渡される。
 取り引きが完全に成立し、ナマズの夫人は胸のつかえが取れたように言う。
「最初からこうしておけばよかった! ローバスト伯も宝石に興味がおありだなんて」
 手形を大切に受け取って、すっかりほっとした様子の夫人にローバスト伯が首を振る。
「いいえ、宝石は少しも解りません。妻に贈ろうとしても、見る目がないからと断られてしまう」
「え? では、どうして……」
「そうだ。申し上げるのを失念していました。少しお願いしたい事があったのです。何、大した事ではありません。最近、ズユスグロブ侯爵に興味がありましてね。確か、夫君はズユスグロブ侯とご懇意だとか」
「い……いいええ、そんな。とんでもない。少しご縁が……ねえ? あるだけで」
 ふくよかな顔を引きつらせ、同意を求める自分の妻にゾンビみたいな顔色でナマズの夫が首をタテに振ればいいのかヨコに振ればいいのか解らなくなっておろおろとしていた。
 ズユスグロブって言うと、あれだな。聞いた気がする。お砂糖関連の話とかの時に。
 私はリビングの片隅で、おやつ片手にぼんやりとそんなことを思い出していた。
 外見ばかりはどこまでも地味で、どこにでもいそうな中年男性であるローバスト伯。彼はその凡庸な顔面に、逆に底知れないようなほほ笑みを載せてナマズたちに告げる。
「縁がおありならよかった。簡単な事です。お仲間内で話題になったズユスグロブ侯爵の話を、仔細洩らさずこちらに伝えて下されば宜しい」
 死亡宣告かと疑うこのタイミングでメガネが戻り、「えー、何? どうしたの?」と能天気に言いながらリビングに大きなテーブルを運び込み勝手に料理を並べ始めた。
 この別荘には別にちゃんと食堂もあるが、そんなのは関係ないらしい。
 こうしてメガネと一緒に料理を運びリビングに戻ったテオやじゅげむ、そして素早く合流したレイニーがテーブルに食器やイスを並べたり、じゅげむに付いて回るだけの金ちゃんに油断した騎士やナマズ屋敷の使用人がなぎ倒されたりしながらにわっちゃわっちゃと夕食へとなだれ込む。
 アイテムボックスに備蓄していた焼き立てのパンや、ほこほこと湯気を立てる野菜のスープ。絶妙な焼き目の付いた野性味あふれるステーキを、ソースと一緒に頬張ると平和だなって感じがするがそれは完全に気のせいだ。
 私はつい今しがた、なんだか訳が解らない内に人間が内通者に仕立て上げられる様を目撃してしまったばかりだ。
 ソファのほうで食事にしているローバスト伯が近くに座ったヴァルター卿から「なかなか、おやりになりますな」などとほめられるのが聞こえてくるが、どうだろう。この老紳士に感心されちゃダメだと思うの。人として。

つづく