神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 240

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お祭り騒ぎと闘技場編

240 回収

 あー。
 そんなこともあったねと、思い出した感じのメガネによると確かに私が言ったのだそうだ。レイニーっつうか女の子は大体、勇者に近付いてはいけないと。
 ただし、言ったのは去年の夏頃だそうだ。
 いやいや、去年て。一年前の言動なんか、さすがに私も覚えてねえわ。さすがと言うか、おとといの夕飯も思い出せるか怪しいが。
 しかしそう言われるとうっすらと、ハーレム構成の一行と初めて遭遇した時になんかそんな会話をしたような。そんな気がしなくもないような。覚えがあるようなないような。
 しかし自分のセリフだったかと思うと、女の子がハーレム主人公に近付いちゃいけませんと言うのもひとしおの至言感がある。さすが私だ。いいことを言う。
 ほぼほぼなんにも思い出してないながら、さすわたと自画自賛だけはしてたら早々に周りから放置され、たもっちゃんとヨアヒムは屋台をてきぱき片付けた。
 混沌をかもし出す客たちと入れ替わり戻ったレイニーや子供も作業を手伝い、同じく二人と一緒に戻り天井の低いトンネルでヤンキーのように屈み込んだ金ちゃんはせわしなく働く者どもを見守りながらに夕食のプレッシャーを与える係だ。
 誰も構ってくれない自画自賛はそこそこに私も片付けに合流し、開いた屋台がぱたぱた閉じて車輪の付いたなんらかの箱のようになって行くのをちょこちょこと手伝う。
 少しして、ヨアヒムが引きメガネが押した屋台にくっ付きみんなそろってトンネルを出た。そこもまたゆるやかにラウンドした外回りの通路で、位置としては観客席の裏側に当たる。
 客席は階段状だから、円形の闘技場は外から見ても背が高い。しかしそのほとんどは円形の闘技場をぐるぐる囲む、観客たちが出入りするためだけの何階層にも重なった通路だ。
 外に面した壁の部分はアーチ状に切られた窓が無数に連続して続き、歩きながらに街の景色がよく見えた。
 燃料ランプの揺らめく明かりがあちこちに灯り、ぬれた路面にちらちらと映る。それで、知らない間に雨があったのだと知った。
 すでに雨は上がっていたが、結構降っていたようだ。土を干して固めたような、舗装された街並みに大きな水たまりがいくつも残っているのが解る。
 そこで心配になったのが、勇者パンチで底が割られた闘技場のことだ。
 正しくは、床が抜け砂と共に地階へ落ちたネコチャンたちのことである。
「ねえこれ大丈夫? 雨降ったら地下に水が行っちゃうでしょ多分。それさ、ネコチャンびっしゃびしゃになってない?」
 そんなの嫌だ。飼い主的な存在がいるから大丈夫かも知れないが、大丈夫じゃない要素がわずかばかりでも残っているなら早急に保護しに向かわねばならない。
 そう強く訴える私に、「あっ」とメガネが動きを止める。
 アーチ窓から地上の明かりがまぎれ込み、なにも見えないほどではないがやはり暗い通路の途中。ごろごろとヨアヒムの引く閉じた屋台が先へ行き、たもっちゃんと私だけ立ち尽くして残された。
 我々が付いてこないのに気が付いて、レイニーに、低めの天井がある所では自分で歩くことにしたらしい子供、それから子供を見守る金ちゃんと、最後にヨアヒムが足を止めて振り返る。
 その全員の視線を受けて、たもっちゃんはごくりと言った。
「て言うかさ……誰か、テオの事……回収に行ってた?」
 この時の、「ああ~……」と言うほかにない気持ち。
 なんだかとても胸になじんで、また我々はすっかり忘れていたのだなあとぼんやり暗い天井を見上げた。

 言い訳は、一応あった。
 闘技会が終わってすぐに勇者一行が屋台までどやどや押し掛けて現場が混沌としたことと、さらには一行の胃袋のおもむくままにタコ焼きを大量に注文されてこっちも忙しかったのだ。
 心をなくすと書いて忙しいと読むらしい。
 私に教養がないせいか忙しいって字の左の部分が心なんだと言われても、見た感じあんまりしっくりこないがそれはいい。
 忙殺されると心に余裕がなくなって、大事なことが頭からすっぽ抜ける場合だってあるのではないかと言うことだ。多分。あるはずだと思う。
 だが、順序。
 思い出すの、ネコチャンが先。その順序。
 絶対テオには黙っててくれよなと懇願しながら通路をくだり、人がいないのをいいことにずんずん進むとすり鉢状の会場の底。闘技場のグラウンドに行き着いた。ちなみに屋台はここまで入れず、途中でヨアヒムと置いてきた。
 試合が行われた昼間、焼けるような熱気であふれた会場は打って変わって暗く静かだ。
 雨上がりのにおいと湿度が少し重たく肌をなで、石のようなぶ厚い床が鋭利に割れて傾きめくれ上がっている。
 その光景を浮かび上がらせているのは、レイニーの練った光の魔法だ。
 もちろんこうなっているのは知ってたが、上から見るのと同じ高さに立つのは違う。しかも夜。レイニーの魔法はあるが昼に比べれば光源がとぼしく、濃い影がはびこる範囲が圧倒的に多かった。
 斜めになったガレキの先は一層暗い地下へと消えて、そこまでは光の魔法も届かない。
 底の見えない黒い影はまるで地底まで続いているかのようで、風船を持った殺人ピエロでも飛び出してきそうな雰囲気があった。それかチェーンソーを手にした覆面姿の殺人鬼とか、髪の長い日本女性が井戸から這い出してくるのでも構わない。
 構わないと言うか別に出てこなくていいのだが、昼間人であふれた場所が夜になり無人になると妙に不気味な感じがあった。
 やだー、夏ねえ。みたいな話をしながらに、肝試しの様相をていしてきた中でそわそわとテオを探そうかとしている時だ。
 レイニーの魔法に、ぼやりと浮かび上がるものがある。
「おぉい」
 人だ。
 いや、まあそうだよねとは思う。
 ただその人影は光の範囲ギリギリの、薄暗い辺りに静かにぬるりと現れた。そしてちょうど顔の部分にガレキの作る影が差し、背後の闇に溶け込んでいた。ぱっと見て、完全に首がないのだと思い込むのもムリはない。
 そらね、上げますわな。悲鳴とか。
 きゃー! と人生で一番くらいに甲高い、絹を裂くような悲鳴を上げて、メガネと私はとっさにレイニーの後ろに隠れた。
 ちなみにどっちかと言うと、たもっちゃんの悲鳴のほうが若干音が高かったと言うことだけは特筆しておく。
 相手が普通に人間だと気が付いたのは、そのあとだ。
 あー、はいはい。知ってた知ってた。幽霊とか、信じてないし。見たことないし。ぬるっと現れた人影にめたくそびびってちょっと腰が抜けてるだけで。
 とっさに盾にしたレイニーからのびっくりするほど冷たい視線に背を向けて、声を掛けてきた相手を見るとそこにはマッチョなのに丸っこい上半身裸のおっさんがいた。
 なんか見たことあるなと思ったら、昼間だ。テオの試合が始まる前に、試合開始を知らせて鳴らす金属製の円盤を二人掛かりで運んでたでっぷりマッチョのおっさんの一人だ。
 その内のどちらかまでは知らないが、とにかく闘技場の関係者ではある。我々はここまで誰にも会わずにずんずん入り込んでしまったが、本当は、最初からこうして誰かに確かめるべきだったのだ。
 私は、声を掛けたらいきなり悲鳴を上げられてなんとなくショックを受けているような丸っこいマッチョのおっさんに問う。
「あの、ネコチャン。どうなりましたか? 大丈夫ですよね? みんな保護されてますよね?」
「リコ、最初はテオで行こ。せめて最初にテオの心配してあげよ。フリだけでいいから」
 不安と希望で妙に顔がキリッとしている私の肩に手を置いて、たもっちゃんはどこか悲しそうに首を振る。
 そう言えば、そうだった。ついさっきの反省がもうどこかに行ってしまった。このこともテオには絶対黙っておいて欲しいが、結論を言うとネコチャンもテオも無事らしい。
 ショックから立ち直れない丸マッチョのおっさんと我々の悲鳴を聞き付けてなんだなんだと集まった闘技場にお勤めの基本半裸のおっさんたちにこんなとこまで勝手に入り込むんじゃねえと怒られながら話を聞くと、地下へ落ちたネコチャンたちは飼い主に当たるライオン的な獣族の戦士を叩き起こして残らず回収させたとのことだ。
 途中から雨が降り出して、一匹一匹布で拭きながら回収しなければならなかったとも聞いた。呼んでくれれば。私を呼んでくれさえすれば、いくらでもお手伝いしたものを。
 そんな嫉妬で心を乱され、あとの話は大体の感じで聞いてたが、テオもまた吸い尽くした魔力が切れて防具の障壁が消えたところでブーゼ一家のお迎えが雑に担いで帰ったようだ。さすがだ。助かる。お陰でまたも我々が軽く忘れてた件が、うやむやに。助かる。

つづく