神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 312

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空飛ぶ船と砂漠の迷子編

312 中くらい

 太陽はいくらか傾いてはいたが、砂漠の砂はまだ熱いくらいに焼けている。
 その砂に体を折り曲げがばりと伏せて、なんかこういう競技でもあるのかなと一瞬思いかねない勢いでびしりと土下座する商人の姿は確かに異様なものだろう。
 たもっちゃんは帰るなりいきなり目にしたその光景に、ちょっとした感心さえにじませる。
「この世界にも土下座の文化とかあるんだね」
「いや、たもっちゃん。これ多分我々の土下座とは違う。不始末を詫びてんじゃないの。無理を承知でお願いしてるやつ」
 私が首を振りつつ説明すると、怒られないためなら土下座も辞さないタイプのメガネは「あー、そっちねー」と、ムダにスペシャリストめいた態度で腕組みしながらうなずいて見せた。
 めちゃくちゃ困惑して立ち尽くす隠匿魔法強めのツィリルの足元で、見事な土下座を見せている男をエミールと言う。
 一度シュピレンの街で会い、のちに砂漠の集落を行商に回る途中で護衛の冒険者たちに裏切られ、やばかったところをハイスペックすぎる魔族によってギリギリ救われた商人である。
 草を見たらとりあえずむしる私の作業を手伝って、せっせと草を整えていた彼がこうなっているのは一応ながらに理由があった。
 だが、とりあえず。
 土下座し続けている人間を、ちょっと心の距離を置きながら囲んで眺めるこの状況はあかん。
 全体的な状態がこうなってから戻ったためか、なんか一番冷静だったメガネの主導で我々は這いつくばる商人を地面から起こして場所を移した。
 商人を両側から支えて座らせるメガネとテオに、ティーセットのカップとポットを両手に持って付いてくるレイニー。
 のそのそと昼寝から起き出してきた金ちゃんと、その肩に担ぎ上げられたじゅげむ。
 ただでさえ人族との距離感を図りかねているのにいきなり足元に貼り付くように土下座され、やだもう恐いと言わんばかりになぜか私を盾にしようとびくびく背後に隠れるツィリル。
 背の高さからして違うので全然隠れられてないのだが、とにかくそうしてみんなで落ち着いたのはピラミッド近くにメガネが作った建物の中だ。
「あれさー、あるじゃん。たもっちゃんがさっき壊したピラミッド」
「うーん、リコ。俺もね、壊そうとして壊したんじゃないからその言いかた凄い引っ掛かるけどとりあえず続けて?」
 レイニーが魔法でひんやりとエアコンを利かせる室内で、その建物と同様に固めた砂で作られたテーブルとイスに腰掛けて私はぽいぽいお茶を配りながらに簡単ながらに説明を始めた。
「あのね、あの真ん中にある中くらいのピラミッド。長いのでこれを仮に中ミッドと呼ぶものとする」
「いきなりどうした」
「でね、あの中ミッド壊れちゃったね。でも上のほうちょっとだけだし、中ミッド使ってなかったしね。たもっちゃんも戻ってきたら中ミッドすぐ直すと思うって話をみんなでしてたのね。そしたらね」
「ねぇ、中ミッドは絶対言いたいの?」
「うん。そしたらね。チリルがね。中ミッド空いてたから勝手に使ってたけど、いけなかったのかってそわそわし始めてね」
「……ツィリルが?」
「そう、チリルが」
「ツィリル」
「チリル」
「ツィリル……」
「チリル」
 話の途中ではあるのだが、たもっちゃんがやたらとツィリルの名前をくり返すので私も何度かそれに付き合う。
 すると黒ぶちメガネの向こうの両目をぎゅっとして、たもっちゃんは腕組みしながら「うーん」とうめいて天を仰いだ。
「リコは逆にそのままでいて」
「なにが」
 なにが逆にと食い付く私にメガネは答えず、「それで?」と先をうながした。
 話の腰を折ったのは絶対確実にあっちだが、まあいい。ここは私が大人になろう。
「いや、なんかね。チリルたちも砂漠で狩りとかしてたみたいで、そのお肉、って言うか魔獣そのままを中ミッドで冷やして保管してたんだって。それでね、中見せてもらって出てきたら、エミールさんが土下座を」
「ねぇ、リコ。多分一番大事なところが一番雑な説明ってなんなの?」
 たもっちゃんから苦情をもらい本題にたどり着くまでがなんか長くて話すのに飽きたとペース配分の誤りを正直に言ったものかと私は一瞬悩んだが、その必要はなかった。
 砂岩のような大きなテーブルに一緒に着いて、話を聞いていたテオがもういい黙れと代わりに説明してくれたからだ。
 なんとなくではあるけども、私には任せておけないみたいな空気を出してくる。
「今の話にもあったが、中ミッドに保管してあったのが手強い魔獣の素材ばかりでな。売ればそれなりの金になる。それで、エミールが骨や皮だけでも自分に販売の仲介をさせてくれないかと言い出したんだ」
 その商人、エミールは、護衛のはずの冒険者たちに身ぐるみはがされてしまったため、今は無一文となっている。
 最後に滞在していたと言う砂漠の民の集落で犯人は確保されているらしいが、それはメガネのガン見で解っただけで伝えていない。
 だから被害を受けた本人的にはお金も荷物も戻ってこないかも知れないと覚悟して、少しでも損を埋めたいと考えたようだ。
 そんなテオの説明を受け取るように、エミールは髪の短い砂まみれの頭をイスの上で勢いよく下げる。
「助けてくだすった上に、ずうずうしいとは承知しています! ですが、このまま戻っても元手がなくちゃ……。もちろん、仕入れの代金として利益の七……いえ、八割をお渡しいたします! 今は、その、持ち合わせがないので支払いはのちの事になってしまいますが……必ず! 必ず支払いに戻ってまいります! なので、どうか! 中ミッドの素材をわたしに預からせては頂けないでしょうか!」
 お願いします! とエミールは半ば叫ぶようにして、さらに頭を下げようとして額をテーブルにびたんとぶつけた。
 金も荷も失った若い商人の切実な懇願は伝わってくるが、その必死さを真正面から浴びせられツィリルは困り果てている。ピラミッドに魔獣を保管していたのは彼らだ。
 いや。しかし、懇願が問題なのではないかも知れない。
 我々や、我々の知人以外の人族と関わるだけで、彼には戸惑う事態なのだろう。
 だからツィリルは金と茶色の不思議にまざる魔族の瞳を、どうしよう、と訴え掛けるかのように我々へと向けた。
 それはメガネにも見えていたはずだ。
 と言うか、ツィリルは主にメガネを見ていた。
 頼りにしていると言ったら多分いいようにとらえすぎだろうが、おっさん同士でこれまでに一番気安く話す機会が多かったのがメガネだからなのかも知れない。
 なのにメガネ。ああメガネ。
「えぇー。やだー」
 と、助けを求めるツィリルのことを横に置き、当のメガネは空気を読まずぶうぶうと不満の声をまず上げた。
「ねー。中ミッド浸透しちゃってんじゃん。ねー。やだ。テオもするっと言ってたでしょ、さっき。駄目だよ、そんなテキトーな呼びかた。どうせだったらもっとかっこいい名前にしようよ。ねー」
 高い美意識と強いこだわりで、この異世界にピラミッドを作り上げたのはメガネだ。
 だから、思い入れがあるのは解る。
 解るが。
 今は絶対にそこじゃねえ。
 ああ、メガネは本当にどこまでもメガネなのだなあ。
 そんな思いでぼんやりと、テオと私は腕組みで、レイニーはティーカップを手にしながらに、誰からともなく無力な気持ちで砂漠の建物の天井を見上げた。

 脱線に次ぐ脱線でもうなにも訳が解らなくなってしまったが、文なし商人エミールがツィリルから魔獣の素材を預かり街で売る件はメガネの「まーいいんじゃない?」と言うゆるい賛成で前向きにまとまることになる。
「それでさ、定期的にきてもらってさ、ツィリルの取り分をお金じゃなくて街でしか買えない品物で届けてもらえばいいじゃん。何か、そう言うルートも確保するといいじゃん。……俺たち、気が利かないところがあるし」
 最後の部分を若干暗く悲しい目をして吐露したメガネに、意外にも、慎重派のイメージが根強いテオが同意を示す。
「おれも、この厳しい砂漠で生きるのに命綱がお前達だけでは心許ないと思っていた」
 そんな率直にすぎる本音をこぼし、おどろきの説得力でメガネと私の悲しみを深めた。
 エミールにも素材の出どころは秘匿してもらうが、貴重な素材を手に入れようと勝手に人がこられないように対策を練ろうと話し合ってこの日は終わった。
 で、新しい乗り物はどうしたと。
 やっと思い出したのは翌朝である。

つづく