神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 26

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クマの村編

26 計画通り

 憧れのエルフからすごいすごいとほめられて、たもっちゃんは調子に乗った。
 木材の圧縮技術を三日で自分のものにして、建築に耐え得る強い柱を生み出すことに成功したのだ。なんかあまりに順調で、模倣とは罪深いものだと思いました。
 ベーア族は自分たちで家を建てる習慣だ。だから、たもっちゃんがいなくてもいずれ家はできてたと思う。だが、もうすぐ雨季になる。本格的な雨の季節になる前に、急いで家を建ててしまう必要があった。
 たもっちゃんが魔法で作る土台と土壁、それにその辺の木を加工した柱は時間短縮に大いに貢献したらしい。
「美味しい!」
 さくさくに揚がったヤジスフライを一口食べて、ルディ=ケビンは白皙の頬をほんのりと桃色に染めた。
 錬金術師とは、研究者のことらしい。ルディがこの村を訪れたのも、研究のためだった。フィンスターニスの実物は、なかなかお目に掛かれないレア物だそうだ。
 くさいし、ジャマだし、ぶよぶよが服に付くと毎回レイニーに浄化されそうになる。
 村の人や私にすればさっさと売り切ってもらいたかったが、調査は時間との闘いになった。山のような死骸ではあるが、毎日がつがつ削られて売り払われて行くからだ。
 ルディは、寝食を忘れて怪物の死骸をつつき回した。魔法や薬品で実験もしていたようだが、よく解らない。だが多分、大事なことだったのだろう。
 自分の書き散らした実験メモの中にうもれて、気絶するように眠るエルフが発見されたのは今朝のことだ。
「フライ料理は王都にもありますが、こんなのは初めてです。本当に美味しい。あの固いパンに、こんな使い道があったとは」
 少し興奮気味のルディにほめられ、たもっちゃんは厨房でもじもじと体をよじってよろこんだ。なんかもう、ダメだこいつ。
 ルディはあわてて運ばれた宿のベッドで昼すぎまで眠り、よろよろと起き出してきたばかりだった。起きてくるなりお腹が空いたと言う彼に、たもっちゃんが張り切って料理を作ったのである。
 そう、彼に。
 すらりとした体躯に、ミルクにハチミツをほんの少し溶かしたようなプラチナブロンドの長い髪。腰まで真っ直ぐ伸びた髪から、つんと飛び出たとがった両耳。
 ルディ=ケビンは間違いなくエルフで、そして男だった。
 しかし、たもっちゃんは気にしなかった。エルフならなんでもいいとばかりに、実在するだけでありがてえとあがめている。
「あの、これ。これも、よかったら」
 もじもじと、たもっちゃんがルディの前に皿を出す。
「これは?」
「あの、フレンチトーストって言って、それで、固いパンも柔らかく食べられる料理で」
 たもっちゃんは皿をテーブルに置くと同時に、びゅっと厨房に隠れてしまった。そしてそこから、あの、えっと、と恥ずかしそうに説明する。なぜなの。なにをどうこじらせたら、こんなメガネになると言うの。
「甘い! パンをミルクやスープに浸した料理はありますが、これはまるでデザートのようですね。卵を使っているのですか? 焼き目がさくさくしていて美味しいです。なのに中はしっとりとしていて、とてもあの固いパンとは思えません!」
 私が遠い所をみていると、聡明なエルフはめちゃくちゃ饒舌に食レポした。
 思わずと言うふうに口の中の感動を熱っぽい言葉に変換し、その衝動が去ると同時にはっと我に返ったようだ。ルディは気まずそうな顔をして、イスの上で体を縮める。
「あっ……すいません。感激してしまって。ずっとパンは苦手だったのですが、これは本当に美味しいです。妹にも食べさせたいくらいです」
「妹さんが……」
 その単語を聞き逃さず、たもっちゃんが厨房の中でメガネを光らせた。ルディ、逃げて。妹連れて、超逃げて。
 だけど、待って。それより。今、とても気になる言葉があった。
「パン、苦手なんですか?」
「えぇ、元々エルフにはパンを食べる習慣がないのですが……あの固さがどうも口に合わなくて」
 ほう。これはもしや、絶好の機会が巡ってきたのではないだろうか。
 私は、神の意思と言うものを感じた。
「やわらかいパンがあったら、いいですよね。クッションみたいにふわふわなパン。いいと思いませんか? ふやかさずに食べてもおいしくて、しかも固くないんですよ。いいでしょう? いいですよね!」
 多少、ものすごく、強引であったことは認める。私は必死だった。パンはやわらかいほうがいい。その熱意が伝わったのか、聡明なエルフは空気を読んだ。
「それは、良いですね」
 真っ直ぐなプラチナブロンドをさらさら揺らし、ルディがうなずくのと同時だった。厨房にある裏口がバタンと開き、たもっちゃんが弾丸のように飛び出して行った。
 たもっちゃんは、それ切り数日姿を消した。
 この不在は、しかしなんの支障もきたさなかった。建築の土台と土壁はできていたし、必要な木材の加工も済んでいたからだ。
 床や屋根を張るのは、ベーア族のお父さんたちの担当だった。とは言っても、たもっちゃんが建てる家は二階立てで一番大きい。
「だからよォ、こうやんだよ。こう」
「やってるやってる。できてるって」
「できてねェよ。どいてろ」
 釘と金づちを取り上げられて、部屋の外に追い出される。クマは私が打った釘を抜き、床板をせっせと張り直した。
 少しは手伝おうと現場にきたら、ものすごくジャマなだけだったようだ。解せぬ。しかし、追い出されては仕方ない。
 別の部屋で作業するレイニーの様子を見に行くと、とっくに離脱したあとだった。
 台所でリディアばあちゃんとお茶を飲む天使に代わり、額に汗して床板を張るのは制服姿の騎士たちだ。隊長であるセルジオの姿もあったので、色々と察した。
 床張り作業中の二階から、階段を下りてすぐがリビングをかねた台所だ。玄関の扉もここにある。まだ食器などの日用品もそろっていないが、机とイスだけはムダにあった。
 いきなり家の柱を作るのは、さすがに心配だったらしい。圧縮木材の強度を見るため、たもっちゃんは最初に家具を作った。
 圧縮には魔法で固めた土の型を使用するが、型を一度作ってしまえば同じものが量産できる。そのため、同一規格のシンプルな机やイスがこれでもかと作り出されることになった。
 同一規格の机は、高さも全て均一だ。だからたくさん並べると、大きな机のように広く使えると言う利点がある。昼休みの教室みたいな雰囲気はあるが。
 台所に並べた机の上には、ごちゃごちゃと書類が散らばっていた。お茶を飲むレイニーとリディアのほかに、男が二人テーブルで書き物をしているためだろう。
 ふと、その一人が顔を上げる。
「休憩ですか?」
「いや、追い出されました」
 正直に答えると、ピンターは「それはそれは」とおもしろそうに笑う。
 彼は中年の文官で、私ともめたあの若い文官の後任として村にきた。食えない事務長の部下らしく、なにを考えているかよく解らない。でもベーア族とは結構うまくやっているようで、特に不満の声は聞かなかった。
 ピンターの近くに座り、一緒に書類仕事をしていたのはルディだ。
「あ、リコさん。木材の圧縮加工技術について申請書を書いてみたんですが、これでどうでしょう?」
 翡翠色の瞳にやりがいをみなぎらせ、ルディが書類をこちらに回す。本業で忙しそうなのに、どうやら本当に知的所有権の申請をしてくれるようだ。
 気持ちはありがたいのだが、「面倒な話はうちのメガネとお願いします」とその紙に目を通すことなく押し返した。そっけないが、仕方ない。私、異世界の字は読めないので。
 最初から、話すのも聞くのも不自由はなかった。明らかに神の力っぽいのだが、これは本当に助かった。でも、読み書きはダメだ。
 文字は全く理解できず、割と困る。冒険者ギルドに貼り出してある依頼書も選べないし、本とかさあ。読みたいじゃん。
「タモツさん、いつ頃お戻りでしょうか」
 私が関係ないことで険しい顔をしていると、プラチナブロンドをさらりと揺らしてエルフが困ったように首をかしげた。同調するのはピンターだ。
「こちらとしても、早急に条件を詰めたいところですね。圧縮加工は、ローバストの新しい産業になるかも知れませんから」
「あっ、そんなことになってましたか」
 それで、一緒に申請書を作成していたのか。ピンターが一枚噛むと言うことは、事務長、ひいては領主も関わると言う意味だろう。
 思ったより大ごとになりそうで、なんかこう、申し訳ない。あの技術は、正直パクリだ。

 たもっちゃんが戻ったのは、姿を消して十日ほど経ってのことだった。どこにいたのかすっかりやつれてドロドロだったが、しっかりとパンに使える酵母菌を持ち帰った。
 全て計画通りである。

つづく