神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 378

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ラーメンの国、思った感じと違う編

378 黒めの策士

 わずかな明かりだけが頼りの地下牢で、やだー、とやいやい騒ぐ私やメガネのごねごねとしたブーイングに対し、これが初対面のはずの役人は本当に話を聞かないんだなあと変にしみじみ噛みしめて呟く。
 いっそ感心したような、その声に思う。
 兵士の掲げたカンテラが後ろから作る逆光にうまいこと隠されているだけで、もしかすると役人は遠い所を見るようなめんどくさげな顔でもしているのかも知れないと。て言うか多分してただろお前。
 その人はなめらかな生地で仕立てたガウンのような、ゆったりした服を何枚も重ねて三国志っぽく身に着けている男性だった。
 ゆるりと束ねた長い髪。その根元では銀のかんざしがほのかに光り、彼が官吏の身分にあることを示す。
 そしてこの男性官吏その人が、我々が地下牢に放り込まれている間にご詮議によって判明したらしき、ガイドが主犯のマッチポンプ計画を大体全部説明してくれた人物である。
 どうもそのご詮議の中でここ数日を我々と共にすごしたガイドたちから色々聞き出していたらしく、顔を合わせるのは初めてなのに基本人の話を聞いたつもりで聞いてはおらず、すぐにふらっと迷子になって特に反省したふうもない我々のどうしようもない性質をほぼほぼ全て把握しているようだった。
 なぜだろう。こっちは全然知らん人なのに、向こうにはまあまあ知られてるこの感じ。お前が赤ん坊の頃おむつを替えてやった的な話を延々してくる親戚に会ったみたいな感覚がある。恥ずかしい。
 ちなみに、テオは我々の房の向かい側の牢にいて、なんとも言えない表情でこのやり取りの全てを見ていた。
 はっきりと根拠がある訳ではないのだが、役人の仕事も大変だなとこの男性のほうへ同情を向けているように思われてならない。
 まあ、しかしそれはいい。
 なんと言うか、ただの事実だ。
 我々はこの男性官吏が用意した牢から出るために必要らしいなんらかの書類に署名して、まあまあすぐに放免となった。
 ただ、それで終わりと言うことでもない。
 鉄格子の鍵を開け、通路に出された私たちの先に立ち暗くせまい地下通路を歩きながらに男性は、今回の件に関する細かい話をそれからもつらつら語り続ける。
「わたしが同じ国の民と言うのも勿論あるのだろうけれど、彼等にも同情すべき部分がある様に思われてね。聞けば、帝都に着くまでも苦労したそうじゃないか。彼等は案内人として、来訪者に付き従う仕事を国から頂いている。それを度々見失ったとあっては、面目が立たないのも解る。少しばかり痛い目を見て、自分達の注意を聞いて欲しかったそうだ。人を雇って脅すのはどうあっても許される事ではないけれど、大人しくなって欲しかったと言われたらねぇ……。そうしなくてはならないまでに追い詰められていたのかと、勘ぐってしまう。――身に覚えは?」
 つ、と彼はここで足を止め、問い掛けながらに我々のほうを振り返る。
 つまり、話をまとめるとこうだ。
 チンピラたちと打ち合わせの上で我々をはめようとしたガイドらは、あまりに我々がアレなので辛抱たまらず血迷ってしまったと言うことらしい。
 危ないところをいい感じで助けて、わあすごいとなったところで恩に着せ我々をお行儀よくさせたかっただけ。みたいな。
 いや、なんでなんだろうね。
 そう言われたらさあ。そんなふうに言われたらさあ。我々もね、根が素直なもんだから。身に覚えしかないみたいなものが、ものすごく顔に出てしまう。
 こちらを振り返った男性は、我々のそんな様子に口元だけでにこりと笑う。
「――自覚はある様だ。では、どうか、少しばかり寛容になって貰えれば有難い」
 返事がなくてもその顔で、欲しい答えはもう見付けたと言うふうに。
 男性は我々に向けてそう告げて、背中を見せつつ進行方向へと向き直る。そして銀のかんざしをさし、ゆるく束ねた長髪を揺らして男がすぐ目の前の木戸を叩いた。
 それが合図だったのか、戸は向こうから勝手に開く。それを見て、やっとここが地下通路の突き当りだったのだと解った。
 やっとじめじめ暗い地下の牢から抜け出せそうでほっとしたとか、いや、そもそもやっぱりなんでこんなことになったのかなと色々ぐちゃぐちゃ思いはするが、とりあえず。
 私はこの時点でもうダメだった。
 いくつもランプの灯された比較的明るい所で見ると、男性官吏は二十代後半と言った様子で品のよさそうな人物に思えた。
 でもダメ。もはやすっかり話の長い、めんどくさい親戚のおっさんとしか思えない。もうダメだ。めっちゃ話が長い。見た感じ年がそんな行ってなくてもダメ。
 しかも、地下通路の端にある出入り口の戸を抜けて、階段を上がり警備の兵士が何人も詰めた地上の建物に出てから解った。
 さっき牢から出る前に必要書類だと言われ、軽率にぺぺっと署名したのがやらかしてくれたガイドらの免責についての書類だと。
「きったねぇー!」
「牢から出るのにいる書類や言うたやん!」
 それが実は違ったと、判明したのは地上でその辺にいた下っ端の兵士に男性官吏が我々の署名入りの書類を渡し、「免責が成立した。あちらも解放する様に」と、しれっと指示していたからだ。
 彼は、ゆったりとした袖の中から指先だけを覗かせて、手にした扇をばさりと開くと笑いながらに口元を隠す。
「嘘ではないよ。彼等の事を片付けないと、貴方達を牢から出す訳には行かないからね」
「え、こわ」
 三国志じゃん。
 三国志の腹が黒めの策士じゃん。完全に見た感じだけで言ってるけども。
 マジかよ官吏。しかも改めて書類を見ると、なめらかで真っ直ぐピンとした結構よさそうな皮の紙を使ってやがる。明らかにごまかしようのない強い計画性を感じる。
 なお、いやお前スキルで字が読めるんだから署名前にきっちり読んどいたらよかったんちゃうんかとメガネからいつもと逆の感じで突っ込まれたが、暗かったしなんか長くて面倒だったとごにょごにょ白状しながらにでもそれを言うたらお前もガン見しとったらよかったやんけと言い返したところ、たもっちゃんからは一応見たけど長いしよく解んなかったから面倒になったと妙にキリッと返事があった。どっちもどっちだった。
 同じくテオも署名はしていたのだが、ブルーメの言語とは明らかに違うトルニ皇国の文字は読めない上に、すでに収監されているから完全にあちらの立場が強すぎて署名するしかなかったと。
 我々の甘い予想を超えた、そしてめちゃくちゃドライな判断があったとのちに語った。マジかよ。
 こうして地下牢から地上へ出ても思いもよらぬ騒動――と言うか、すっかりやられていたことがここでやっと判明し、メガネと私がぎゃいぎゃい抗議するもののやり口が策士の官吏にうまいことあしらわれ、全然勝負にならないなどのわあわあとした騒ぎがあったが、それも一応ながらに落ち着いて。
 そこでやっと、はたと気付いた。
 そう言えば、地下牢から引き上げてきた中にレイニーやじゅげむや金ちゃんがいない。
 しかし、それであわてたのは私だけだった。
「いや、最初からいないぞ」
 と、テオはあきれた感じで落ち着いていたし、たもっちゃんは「ほーん」と言う顔でどうやらなにかをガン見していた。
 そこで、「あぁ」と。
 男性官吏が扇で口元を隠していても解るくらいにぐんにゃり苦く表情をゆがめ、いくらか顔をそむけるようにうつむくと頭が痛いみたいな感じで「それもあった」と呟いた。
 結論を言うと、レイニーたちは無事だった。
 と言うか、むしろちやほやされていた。
 うんざりしたような官吏の男性に案内されて、通されたのは地下牢のある建物とそう離れていない場所である。すっかり暗い夜の中、一度中庭のような外に出て開け放たれた木戸を入るとほわりとあたたかな厨房だった。
 兵や役人、囚人の食事を世話するための設備なのだろう。簡素ながらにかまどや調理器具があり、食材の積み上げられた空間の、真ん中に大きな調理台らしきテーブルがある。
 そしてそのテーブルを囲み、イスに腰掛けたレイニーやじゅげむやトルニ皇国の衣服にエプロンを付けた丸っこくふくよかなご婦人が、なにやらミントブルーの団子状の物体をせっせと丸めるお仕事をしていた。
 じゅげむのそばの床の上には金ちゃんがどっかりと座り、手近の食材をすきあらば口に放り込もうとするのを周りの兵が止めている。
 それは別に構わない。ちょっと団子を丸めてる意味が解らないし金ちゃんもよそ様の食材を勝手に食べるのはやめて欲しいが、まあなんかみんな元気そうでよかった。
 ただ妙に兵士が多く、そいつらがちらちらレイニーを気にしすぎてて、冷えてもないお茶を入れ直してはレイニーの前にそわそわ置いたり、小さな団子を一つ丸め終わるたび濡れたふきんを用意してレイニーの手を清めようとしたり、急いで買ってきたらしき決して高価ではないけれど愛らしい飾りのついたかんざしをなぜか偶然持っていたのだが使い道もないのでと言い張ってレイニーに贈ろうとしていた者さえもいて、なんか。
 めんどくさげな空気がすごいってだけで。

つづく