神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 224

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お祭り騒ぎと闘技場編

224 事業計画

 見た目ばかりは優しげな、しかしその実際はチンピラの香りしかしないラスが。
「仲間を取り戻すのは諦めて、ここに定住するつもりかい?」
 あきれたように、不審げに。
 そう声を掛けてきたのは六ノ月も二十五日のことだった。
 我々がシュピレンの街に到着したのが六ノ月の十九日。街のギルドで爆笑ハニートラップに遭遇したのはその翌日で、この日は聖人めいたホームレスのおっさんとも出会う。
 さらに翌日は罰則ノルマの清掃依頼と買い物に費やし、それから今日まで二、三日、特になんの進展もなくだらだらとすごした。
 あ、でもTシャツはできた。それから、ぱんつも。私は今ほとんど全身で、伸縮する布のポテンシャルを噛みしめている。
 あとはTシャツにプリントできたりしないか、ぱんつは色付きの糸で編めないか、そして色付きの太めの糸でジャージを作ってくれないか、その辺を追加で発注し試行錯誤してもらっているところだ。
 金になるならやるけどよ、と。全然乗り気ではないが仕事だからやると言う、イタチの仕立て屋のドライさが今では逆に頼もしい。
 ただ我々の発注はプリント以外ほとんどが生地に対するものなので、負担は馬車馬のように生地を編むペンギンと配下のクモたちに集中しているような気がする。今度いい生魚でもあったら、差し入れしようかと思う。
 そんな経緯でとりあえずできた、少しクリーム掛かった白Tとズボンの中には伸縮性のぱんつを秘めて。
 我々は、ああでもないこうでもないと出店予定の屋台の計画を練っていた。場所はブーゼ一家の本部の屋敷、建物と門に囲まれた前庭でのことである。
 定住する気になったかとラスが不審がったのは、どう見ても我々が利益を出す気まんまんで商売の準備をしているせいだ。
 でも違う。この商売は、我々が小金を稼ぐためではなかった。
 たもっちゃんはぽいぽい出した木材を手に、屈んだ格好でラスを見上げながら言う。
「この街で知り合った人に仕事紹介したいんですけど、俺らそう言うツテとかないし、その人も体調に波があるみたいで。屋台なら比較的自由が効くかと思って」
 知り合いと言うか、正確には先日のハニトラ騒動のあとに我々のすさんだ心をほろほろと癒したホームレスのおっさんのことだ。
 なんかこう、あれ。あの心優しきおっさんが雨をしのぐ場所もなく路上で生活してるとか、やなの。余計なお世話かも知れないが、どうにかしてうまいこと収入源を提供したい。
 私もメガネと同様に庭先で屈み、腕組みと頬杖を融合させた格好で悩ましい心情を吐き出した。
「そもそも、あのおっさん最初の仕事でしたケガがまだ悪いみたいで。それも朝が一番しんどくて、ほかの仕事もそれでいっぱい遅刻したからクビになったらしいんですね。なんかそれ、やだなーって。私もね、草むしりたくてもむしれないっつったらものすごく困ると思うんですよ。まあ、今まさにそうだって話なんですけどこれ」
 シュピレンの街は全方位砂漠に囲まれた不毛の地。とにかくむしって構わない草がない。
 街の中とか周辺に生えている草もあるにはあるが、そう言うものは大体誰かが水やりなどして育てているので勝手にむしると怒られてしまう。たもっちゃんが頼むぞマジでと、そこそこ真剣に注意してきたので私もちゃんと自重しているのだ。
 そんなこんなで砂漠ってホント草なくてやだよねと。
 おっさんへの同情が途中から自分の不安にすり替わり私の顔面はぐにゃぐにゃになったが、最終的には草の話になってたせいか説明を求めるかのように声を掛けたラスですらその辺は全然聞いてなかった。
 ではすぐに興味をなくしてどっかへ行ったかと言うと、そうでもなくてすでに別の話をしているメガネとテオの男子らを興味深げに眺めるなどしていた。
「こっちの屋台ってどんな感じなの?」
「簡単な軽食か甘味だな。と言っても、甘味は黒糖も殆ど使わない素朴なものだが」
 木片を手の中で遊ばせながらメガネが問うと、自分のアゴをなでて考えテオが言う。
 そうして話し合う男子たちの前には、小さく古びた移動式の屋台があった。
 屋台は大体横に一メートルと少しで、奥行きはその半分ほどだ。外側の客から見える部分には腰の高さに板を打ち付け壁にして、内部には天板が作業台になる棚がある。
 屋台の上半分も閉じれば壁になる板があったが、これは外向きにはね上げて簡易的な屋根にもなった。
 その簡素でコンパクトな小屋の下には木製の車輪が組み込まれ、横の部分に取り付けられた上から見るとコの字型に組まれた棒を引っ張って人力車のように移動する。
 私がイメージする屋台と言うと祭りの夜店か車の移動式店舗のことだが、それを思うとかなり小ぢんまりとした規模だ。でもシュピレンの街に限っては、屋台と言うとほぼほぼこの大きさのことらしい。
 その統一規格はなんなのかと思ったら、シュピレンの屋台はそれぞれのナワバリを仕切る一家にガッチリ管理されていた。
 まず屋台で商売するために一家から許可を得ないといけないし、一家から借りられる屋台はこの一種類だけになる。
 余裕があれば自分で作って屋台を所有する場合もあるが、それも基本規格から外れるとなかなか商売の許可が出ないのだそうだ。
 なんかそれ、なんとなくだけど。相談料とかの名目で多めにお金をお包みすると、ハイスピードで解決しそうな予感はしてる。
 まあそれはいい。
 うまく許可を取り付けたとしてもそこからまた登録料と言うか、場所代と言うか。屋台を借りる場合にはそのレンタル料を加算して、ある一定の金額を一家に納めることになるのだが、それはいいのだ。
 正直あんまりよくないような気持ちもあるが、みんな仲よく一家の傘下に入っておくとちょっといいこともあるらしい。
 具体的には同業者間のいざこざや、屋台を出す場所を巡るもめごと、仕事帰りに襲撃されて売り上げを奪われるなどのトラブルから守ってもらえるとのことだ。
 なるほどね。
 別にいいことじゃないなこれ。
 ただ想定のトラブルが修羅すぎて、逆に無所属で商売するのがムリゲーすぎる気はしてしまう。これはおとなしく上納金払う。
 今回はヤタイ、ヨク、ワカラナイ。と商売原人と化した我々がその辺でヒマそうにしているブーゼ一家の若い奴を捕まえて、なぜなにどうしてと問い詰めた流れで古めの屋台を借り受けて改造していいことになっていた。
 当然レンタル料は取られるし、改造以前に屋台は補修が必要な状態だ。若い奴もさすがはラスの部下だけあって、親切なようでいながらによく考えるとそうでもなかった。
 補修ついでに屋台をどーんと大きくしようかと、そんな話も一瞬出たがすぐ消えた。
 屋台をどうにかうまいこと任せる予定のおっさんに、不安要素しかないのだ。最初の内は小規模で、様子を見たほうがいいかも。と、なにやらちゃんとしてそうなことをうちのメガネが言っていた。
 いまだメニューも決まらないままに、とんてんかんてんめきめきと直しているのか壊しているのか解らないような音を立て屋台をどうにかこうにかしながら話す。
「回転率を考えるとねぇ。食べ歩きできる料理がいいかなって思うんだけど」
「串焼きはどうだ? よく見るぞ」
「よく見るやつは競合が多いからなー」
「たもっちゃん、やっぱ屋台はラーメンじゃない?」
「だから食べ歩きだっつってんでしょ。ラーメンは食べ歩けないでしょ。……ねぇ、リコ。やめて。その板とかまだ使うから。よく解らない前衛アート作るのやめて」
「なんでよ。どう見てもみんな大好きうさちゃんでしょうが。ここ耳。ここ耳ね。て言うかさ、たもっちゃん。この世界に地球のラーメンを広めるために我々は二度目の生をだな」
「その使命、絶対リコが勝手に作ったやつだよね」
「では焼きそばにしましょう。パンに挟めば持ち歩けますし」
「うん、まあ。レイニーもさぁ……そうね。持ち運べるよね、焼きそばパンは。ただね、シュピレンだと麺が安定して手に入んないからさ……」
 やはりラーメンと使う麺がほとんど同じの焼きそばも、メニューとしては難しい。
 そんなマジレスばかりでおもしろみをどこかに忘れてきたメガネに、焼きそばを提案したレイニーとラーメンをゴリ押しするばかりの私はじゃーラーメン職人誘致してこいやとブーイングで対抗などした。
 こんな感じで全くまとまらない意見と進まない事業計画を、庭を通り掛かったラスがなんだこれはと眺めていた訳だが。
 腕組みしながら優しい顔をあきれさせ、同時に意地悪くからかうように彼は言う。
「良いのかい? 闘技会は四日後だけど」
「とうぎかい?」
 なんだそれ。と、屈んだ姿勢で我々がぼけっとラスを見上げると、屋台に板を打ち付けるテオが作業の手を止めうなずいた。
「おれの事は忘れてくれと確かに言ったが、毎日顔を合わせているのにこうもあっさり忘れられると流石に複雑に思うものだなぁ」

つづく