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戒厳令下のTV

(2021/5/1の日記です)

今日の午後は実は通院日だった。私は、ちょっとためらったが結局のところ、郵便局にも用事があったので、厳重に紙マスクをして、眼鏡をかけて街へ出た。駅前は、戒厳令下のごとくにデパートも駅ビルもすべて閉まっており森閑としている。クリニックに着くと、待合室のTVでは(いつもそうなのだが、)NHKをやっていた。見ているうちに、私は待合室の椅子から立ち上がれなくなりそうになって来た。一言で言えば、NHKのニュースが「行間を読む」社会派ドラマみたいになっている。かいつまんで説明すると、今タクシー業界は非常に厳しいです、という映像を流しているのだが、客が、霞が関にしかいないから、そこに千台近くのタクシーが集まってしまい、必死で四時間も五時間も待って、客引きをしているという。中でも、一人の個人タクシーの運転手さんの姿がアップされて、「ひま暇に、先月生まれた赤ん坊の顔を見ています」と、言う。確かに、スマホの待ち受けの中で一人の可愛い赤ちゃんが笑っている。「結局、〇〇さんはこの日、一人だけ官公庁のお客さんに乗ってもらいましたが、10分で降りられてしまいました」と、アナウンサーが告げ、○○さんは「この子のために、少しでも多く稼げたら」と言いながら精一杯の笑顔で去ってゆく。その後、急に画面は各国の封鎖事情に切り替わり、「ニュージーランドの首相は、厳格な封鎖に成功していますが、彼女の言葉は『Be strong but be kind』(強く、でも優しく)です」と、アナウンサーが〆て、女性アナが「政治家が、こういう事を言うんですねぇ」とため息をつく。このニュースの心は、個人タクシーの運転手さん(たぶん、一日500円しか稼げていない)にジャシンダ首相と掛けて、日本の政治家は冷たいですよね、優しくないですよねぇ、この赤ちゃん明日は一家心中でこの世にいないかも知れませんよ。と言っている訳だ。NHKも、厳しい報道統制の中で必死になって、最後の良心とも言える番組作りをしているのだと、私は思って泣きたくなって来た。
診察が終わって、街に出るとなんと地元のサッカーチームのサポーターが集まるので有名な居酒屋では、おっさんが集まってマスクもせずに乾杯をしていた。「日本って、第二次大戦中はむしろみんな陽気で明るかったのよ」という、犬養道子さんの自伝にあった言葉が、ふと身に強く沁みた。


              初出 Facebook 2021/5/1

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