田舎から出てきた極々平凡な大学生の1年をつづるだけの話なのになぜかめちゃくちゃ心に染み渡る小説『横道世之介』

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 最近よく「あ、俺ってもう学生じゃねーんだ」ってことに気がついて悲しくなることがあります。道を歩いているとき、仕事をしているとき、寝る前、家を出るとき。なぜか一瞬「講義行きてえな」と現役の頃だった微塵も思わないようなことが頭をかすめていくのです。もう卒業してから3年近く経っているのに。

 未だに大学の最寄り駅に降り立つと言いようのないむなしさと物悲しさに襲われて、行き交う学生の背中を見つめてしまいます。たぶんモラトリアムから抜け出せていないのかなと思っております。

 そんなときにはこの小説を読みます。

 『横道世之介』

 今日紹介する小説です。

 主人公は長崎から上京してきたばかりの大学1年生・横道世之介。何かに優れているということもなく、特にこれといった特徴もない、むしろどこか抜けているところのある18歳の青年です。物語は、1980年代という、自分が経験したわけでもないのになぜか懐かしくなる時代を舞台に、世之介の1年間を描いています。前述したとおり世之介は秀でた能力があるわけでもない平凡な男子大学生です。ですから彼の1年間は衝撃的な出来事も起きず、ちょっとした山谷があるくらいの平凡な時間が流れていきます。免許を取ったり、小悪魔的な女性に惚れたり、帰省したり、バイトをしたり、デートをしたり。本当に何気ない日々です。しかしその何気ない日々の中に、読者は自分の過去の欠片を見つけることができます。世之介の1年間は読者の懐かしさを刺激し、忘れかけていた青春時代の1ページを思い出させてくれるのです。そして漏れなく死にたくなります。社会人になってしまったという現実を再認識させられ、辛くなるのです。心に染み入りつつも深く抉ってくる、そんななんともニクい小説です。

 また、ストーリーの合間には大学時代に世之介と関わった人たちの現在が描かれ、それが物語に大きな捻りを加えています。世之介の大学生活は多少の山谷こそあれ平凡平坦なものですが、過去と現在が交差する構成により、小説そのものは非常に読み応えのある内容となっているのです。

 この小説は2013年に高良健吾主演で映画化もされています。

 CGで再現された1980年代の街並みは圧巻です。原作の緩やかな空気感とノスタルジックな雰囲気が見事に再現されており、小説を読むのに抵抗がある人はまずは映画から入ってみるのもいいかもしれません。映画を観て気に入ったら小説も読む、といった感じで。

 最後に、物語の中で世之介と出会った同級生がこう言います。

 あいつのことを知っているとなんだか少し得をしたような気分になる。

 世之介の1年間は激動でもなければ波瀾万丈もない普通の、平和で平凡な、ただの男子大学生の日常です。それでも読み終わった後には少し得したような気分になれる、そんな小説なのです。

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